繰り返される虐待
kulnete
繰り返される虐待
お父さんに殴られた。
それはもちろん今回が最初ではないし、最近始まった訳でもない。むしろうちでは当たり前のようなことだったし、最近まで俺は誰でも、誰の家でもあるようなことだと思っていた。
真実を聞いたのは、中学に一人しかいない友達(?)からだった。そいつの名前なんて覚えてないがその言葉は、はっきりと覚えている。
「え? 普通親は子供の事を殴らないよ」
確か、何かの弾みで俺が少し気を許して、そいつに最近家であったことなんて話をしてしまった時だった気がする。
確か俺はそいつに、「あー最近かぁ。あ、最近はお父さんに殴られる回数が増えたなぁ。あの人、暇があったら殴って来る感じだしそろそろ平手打ちとか他の叩き方も覚えてほしいもんだぜ」とか冗談混じりにいったんだ。
そうしたらあんな反応をされたんだ。俺は衝撃だった。生まれてからここまでほとんど毎日殴られていたし、それが親として当たり前の『教育』の部類だと思っていた。でもそれはどうやら違ったらしい。
あいつの話から察するにどうやら普通は『親はよっぽどの事がないと子供を殴らない、というか殴っちゃいけない』らしい。
それを聞いてからの日々は正直辛かった、今まで自分が普通だと思っていた事が普通ではない、所謂「異常」なものだと受け止めるのはとても苦しかった。
毎日当たり前に感じていた「痛み」は酷く、より一層苦しいと感じられるようになった。
大体あいつからその話を聞いてから一週間がたった頃だろうか、突然家からお父さんが居なくなったのだ。突然の失踪。
俺は心なしか嬉しかった、しかしそれは当然と言えば当然の事だった。俺に苦しみを与えるその根源が消滅したのだ、嬉しいに決まっている。
しかし、良いことがあると悪いことが起こるのが自然の摂理であるらしい。
俺のお父さんが家から居なくなったその日から家には夜な夜な不審者が侵入してくるようになった。
不審者と言っても空き巣のように何かするわけでもないし、次の日に家から物が盗まれるなんて事もなく、無くなったとしても、未成年の俺には全く関係のない日本酒とかだ。
築五十年超えの所謂ボロ家、そんな家に不審者が入ってくるのは容易だろうなとは以前から思っていた為、対して気にはしていなかったものの、数日たった頃その不審者は俺の事を殴って来た。
俺は憤慨した。
不審者は当然のように、俺を殴ってきたのだ。
きっと俺は今までの暴力から解放され、暫く暴力と言う概念から離れていた為、そのリバウンドのような感じで「痛み」から疎くなっていたのだろう。
そんな俺が、殴られた。
久しぶりに感じた痛みはどこか懐かしく、体の芯に深く浸透した。
故に俺は、憤慨した。
普段暴力的な事をされて怒ることも、感情さえ揺れることのない俺が、キレた。
朝の淡い日光が室内に降り注ぐ。俺はその光線の間を掻い潜りキッチンに向い、すぐさま錆びた包丁を右手に握り締め、振り向き、追ってきた不審者へと放り下ろした。
昔、野球をしていたせいだろうか右手に持った包丁は、意図も簡単に不審者の左肩を抉り、地面に不審者らしくない綺麗な真っ赤な鮮血が滴る。
その不審者は、絶叫した。
そして、俺を殴ろうとしたのだろうか、まだ傷を受けていない右手を振り上げた。左肩から滴る鮮血を止めることもせず。振り上げた。
だから。
心臓が、がら空きだった。
憎い相手の心臓が。
そこで何を血迷ったのか俺は、正当防衛と称して。そこに一閃、突き刺した。
腕が折れるかと思った。
不審者の胸部は硬く、錆びた包丁と、か弱い高校生の腕では、まるで、歯が立たなかった。
しかし、ダメージは入っていたらしく不審者はまるで人間のように、重く、苦しそうな声を上げ、呻き、倒れ込んだ。
カーテンがなびき、唐突に不審者の体に光が射した。暗がりに、一筋の光が落ちた。
「あ――」
俺は少しだけ、驚いた。
夜な夜なうちにやって来る不審者。今、肩と胸を押さえ、うずくまっている不審者の正体は、紛れもないお父さん。だったのだから。
◇◇◇
暫くして、俺はお父さんになった。
それなりに美しく、優しい妻に可愛らしい娘。そんな家庭を持つ、一家の大黒柱になった。
「もーお父さん! 今日こそはお酒、飲んでこないでね!」
「わかってるって」
「本当にわかってる? お父さんこの前もそんなこと言って私の事を殴ってきたんだよ」
娘の言葉に俺は絶句した。が、思いの外理解するのは早かった。
嗚呼、そうか。俺は殴る以外の子供の育てかた、知らないんだっけ。殴って殴って殴って。そうしていくうちに成長していくのが子供だと思ってたんだっけ。
そうか、残念ながら、歴史は繰り返すらしい。
俺はどうやら、娘に殺されるらしい。
繰り返される虐待 kulnete @Kulnete
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