第18話 王都での日常生活 後編
図書館で調べ物をしたあとは、鉄屑武具店だ。
彼(オカマ)は、何故か未使用品のナイフを、興味深そうに眺めている。今日は、更に真剣に確認をしていた。
そして、そろそろねと言ったあと、俺の方に向いた。俺は顔を反らした!
「おい、こっち向け」
そう言った、ヴェスタルはいつものオカマではない声だ。俺は焦って向き直す。
「お前は恐らくこいつの変化に気づいていないだろうが、この1週間で何故か魔力が溜まっていっている。何かは知らんが、こいつに魔力を供給しているものがあるはずだ。元々、魔素を通しやすいミスリル銀で造ったナイフだったんだが、それでも魔力付与は異常だ。それでお前に頼みたい。今日、何が起こるのかを見定めてくれ。俺の長年の研究が進展するかもしれないんだ」
「あ、ハイ」
俺はいつもと違うヴェスタフに戸惑い、いつもと一緒の返事をしてしまう。
「じゃあ、おねがいねん☆」
ヴェスタフも乗っかってきた。
鉄屑武具店をでて、普段とは違うルートを通る。ここは1週間前に1度だけ通ったルートだ。
そう、俺としては何よりも待ちに待った、ルービンの木工ギルドに依頼していた物が出来上がる約束の日だ。
以前、通った道をトレースしていく。1度通った道だけあって迷うことはない。
しばらく歩くと、木工ギルドが見えてくる。扉を開け中にはいると、何も変わっていない受付嬢がいた。
俺は約束の物(・)取りに来たと伝えると、ナツメ様ですね、少々お待ちくださいといって奥に入っていった。ルービンを呼びにいったのかも知れない。
そして少し待つと、ルービンと受付嬢が戻ってきた。ルービンの右手には依頼していた、俺の待ちに待った物が握られていた。
前に座ったテーブルに案内されて座る。俺の前にルービンも腰を落とした。
そして、差し出されたヴァイオリン。俺は無茶苦茶興奮していた。しかしルービンは苦い顔つきだ。
どうしたんだろうと尋ねると、弓と弦を擦ると確かに音は出るが、それはもう酷いということだ。
ガラスに爪を立てると出てくる音と近いので、それ以来、触れるのも怖いらしい。
ルービンにしてみれば、依頼通りに造ったものが、実は依頼主の希望に反してポンコツを造ってしまったと、そうとう凹んだらしい。
俺は、ヴァイオリンを受け取り、調弦する。1音1音丁寧に。そしてすべての音を調整し終えると、曲を弾いてみた。ルービンの仕事の情熱に感謝して、情熱○陸を選曲した。
冒頭からパッション溢れる曲調は、ちょっと凹んでいるルービンに元気を与えてくれるだろう。
中幹部でしてきたことへの賛辞、そしてまた情熱的な冒頭へ戻る。
弾き終わった俺はルービンの様子を見る。ルービンは俯いてフルフルと震えている。あれ? 俺なんか間違ったかな? そして受付を見ると、受付嬢もフルフル震えている。何かがおかしい。
そう思ったのも束の間、いきなりルービンが勢いよく顔を上げた。顔は涙の大洪水やー。
そして俺の手をとるなりブンブンと振って、口を開いた。
「ナツメ様! 俺はっ! 俺はこんなに自分の仕事に情熱を持てたのは生まれてはじめてだ! 一瞬でも自信を失ってた自分が恥ずかしいっ! うおおおおぉぉぉやるぞー、これからも最高の仕事をやってやる!」
「はいっ! ギルドマスターっ!」
涙を流してお互いを高めあう2人。
俺は怖くなり、そっと表に出て、扉を閉めた……。
木工ギルドから東に向かい、宿屋を目指すべく大通りを南に向かう。
すると、見知ったショーウィンドが目に入る。そうだ、1番最初に入った紳士服の店だ。
ここは服を買い取ってもらう為だけに寄ったお店なので、特に何も感じないが、今服をみるとまた違った見え方がするかも知れないと思い、飾られている服を見る。
んん、なんだ、目の錯覚か? コシコシと目を擦ってもう一度見る。うん、やっぱり目はおかしくないな。そうなるとこのプライスがおかしいのだ。
この前、俺が50000マルクで買い取ってもらったスーツが5000000マルクで置かれていたのだ。
(こんな値段で売れねーよ、ヴォケガ!!)
俺の怒りは止まることを知らなかった。
念願のヴァイオリンを手に入れた時、有頂天だった俺の気分は、紳士服屋で一気にブラックマンデーになっていた。トボトボと風の乙女亭に向かう。
そう風の乙女亭といえば、お姉ちゃんが隣部屋に越してきた。意味がわからん。
夕食の時に、俺の演奏を聴いて感動してくれるのはうれしいけど、酔っ払って「きゃーっ! あの子、私の弟君なんですけどー!」とか嬉しそうに喧伝するのは、恥ずかしいのでやめてほしいです。その時のティアンネさんは微笑ましい顔をしてますけどね!
風の乙女亭に着くと、ティアンネさんにヴァイオリンを見せて、今日からこれで演奏しますと伝える。ティアンネさんは物珍しそうにヴァイオリンを見ていた。
ホールをみると既にお姉ちゃんは席をとって俺を待っていた。本当に仕事は大丈夫なのだろうか?
俺が隣に座ると、ジト目になって聞いてくる。
「弟君! 今日はいつもより遅いじゃない? ひょっとしてお姉ちゃんに黙って、彼女と一緒にいてたんじゃないでしょうね?」
「待ってお姉ちゃん? これを取りに行ってたんだ」
そういって、ヴァイオリンを取り出して見せる。それを見てお姉ちゃんはビックリしていた。
「こんな楽器見たことないよ? いつも弾いてるリュート? に似ている気がするけど」
「それじゃあ一回聴いてよ、お姉ちゃん。今日はここのお客さんカップル多いから、愛の挨拶というのを弾くね」
頑張ってね、弟君と言ってもらえたのを聞いて、いつものポジションで演奏に入る。
エルガーが妻になるアリスに贈った曲で当時、身分違いの恋は難しかった。
しかし、それを成しての曲ということで、穏やかさの中に愛する人への気持ちが込められている。
今日のように、カップルが多い場所では最適だろう。
俺がヴァイオリンを弾きはじめた初音から、変化はあった。カップルの目は既に愛おしむ色をしている。中間部に入る頃には、手を握ったり、隣に座って肩を抱き合ったり、挙げ句はキスをしたりと、行動で愛を確認しあうようになっている。俺はちょっと焦り出した。
これでは食事をする場所ではなくなってしまう。普通は演奏を途中で止めることはご法度だが、こんな雰囲気になるのなら仕方がないだろう。
そして、女将さんの姿をさがすと、シェフの旦那さんとあまーい状態になっていた。こらあかん。
非常にマズイとお姉ちゃんを探す。お姉ちゃんは席に座ったままだった。よかった、さすがは鋼の意思を持つギルド職員だ。取り合えず、お姉ちゃんを安全な場所へ誘導しないといけない。
「お姉ちゃん、ちょっと雰囲気がおかしい。移動しよう」
「ヤクモ君、そんな所にいたの? こっちにいらっしゃい。ふふ」
少し上気した頬、潤んだ瞳、そして濡れた唇。俺の腕はつかまれて胸元に引っ張られた。
誰だギルド職員が鋼の意思何て言ったのは!
お姉ちゃんの俺を見る目は、普段の弟を見るそれではなく、異性を見る目だった。当然俺は、はわわとなる。
普段は弟君なので、お姉ちゃんとして見ていたが、やっぱり銀髪の君はヤバい。色気を振りまくと半端なくヤバい。触れる熱い吐息、近づく唇。これはラッキーではないかという気持ちが沸き起こってきた。
いやいや、今まで助けてもらってそれはない。
俺は揺れる想いを叱責して近づいて来る美少女に「お姉ちゃん、目を覚まして」と言った。
お姉ちゃんは、その言葉を聞くとはっとして我に返る。そして、さっきまでの状況に絶句した。
「お、弟君、こ、これは、そ、その……」
「お姉ちゃん、ごめん。俺の音楽が凄すぎたみたいで」
お姉ちゃんはその言葉にクスリと笑って、「ばか」と言って俺と腕を組みながら「最高にカッコイイ、弟君にかんぱーい」とグラスを傾ける。
俺もそれに合わせてグラスを傾けた。
それぞれの部屋に戻り、1人になった俺はシャワーを浴び、ベッドに転がる。
ヴェスタフが言っていた何かが起こるのだろうか?
そして、深夜を過ぎた頃、俺は自分が風を纏っているのに気がついた。
そういえば、ティアンネさんがこの部屋は出るって言ってたような。
その時、机の上に置いていたヴェスタフのナイフが月明かりを浴びて、怪しく光る。すると俺を包んでいた風がナイフに吸い込まれていった。
風がナイフに吸収されると、怪しい光は収束し、鈍い輝きに戻る。
もしかしたら、部屋にとどまることしか出来なかった風が、表に出ることを欲したのかもしれない。
守ることが出来なかった主人が最も守りたかった女性を守るために。
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