第84話 大蛇( 2 )
大蛇はふたたび口を開き、桜子に告げた。
『吾は
「……どういうこと」
かろうじて
口のなかがカラカラに乾いている。
大蛇は
『あの男は吾の棲まう場所にいる。お前が吾を斬れば、深い水脈へと続く道は閉ざされ、もう二度とこの地を踏むことはできぬ』
——水脈筋へ続く道が閉ざされる。
それは薫が望んだことだった。
そうすることで、薫はこの地に災厄を呼びこむまいとしたのだ。その脅威は、目前に迫っている。
大蛇は双眸を細めたまま言った。
『こういうのはどうだ。お前が吾に命を捧げるのだ。代わりに男は助けると約束しよう』
桜子は動けないまま、大蛇の語る言葉に耳をかたむけた。大蛇の言うことが本当なら、ここで『水神の剣』を呼べるはずもない。
しびれたような体を抱えたまま、桜子はひとつわずかにうなずいた。赤い舌がしゅるしゅる音をたて、あざ笑うような大蛇の声がした。
『いずれ吾は、
大蛇が口を開け、鋭い牙をむきだした瞬間、桜子は死を覚悟して目をつむった。
最初の動揺を乗り越えてさえしまえば、不思議なほど桜子は冷静だった。それで薫が——薫さえ助かるなら、それですべてを終わりにできるなら、それでもかまわないと思ったのだ。
赤い鮮血が散る。
目を閉じた一瞬に、桜子の前に現れた人影があった。その人は、牙を
「屈してはいけません。何のためにここまで来たのですか」
桜子は両手を口に添え、
切断した箇所から血が溢れ出し、あっという間に地面は赤く染まる。今まであったはずの肘から上の部位は大蛇に喰われたのか、もうどこにも残っていなかった。
「桂木さん——」
桜子は蒼白になり、小さくつぶやくことしかできなかった。
雨の音が、不意によみがえる。
「里の方に行ったんじゃなかったの」
血を流し続ける上腕から、目をそらせなかった。
桂木は歯をくいしばったまま、それでも気丈に桜子にほほ笑んだ。
「心配になって戻ってきたのです。やはり戻ってよかった」
『小賢しい真似を。人の分際で』
大蛇は炎のような舌をふき、
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