第38話 水神の剣( 2 )


 昇ったばかりの朝日が少しずつ、その光の色を増してゆく。それとともに建物のなかも明るくなり、隅にとどこおる闇を払ってゆく。


 ——と、


 大きく虚空を切り開いた際、剣の内から生じるものがあった。初めは気づかないほどかすかだったが、技をたどるうち、桜子はそのきざしを見過ごすことができなくなっていることに気がついた。


 まるで、清流の飛沫ひまつが川下にあふれるように。


 ——何かが私に流れ込んでくる。流れ込んで、すべてを変えてしまう。


 分かっていても、体はとまらなかった。


 ——これは、私が剣を振ったことで、内側から作用する力なんだ。



 今では桜子も、母と同じ血筋であることを認めないでいることはできなかった。桜子のなかには「水神の剣」と呼応するものがあり、それは水脈みおを通じて予知をする力にまで及ぶのだ。



 「剣の守り手になる」ということの真意を、桜子はこの時初めて自覚した。守り手、というのは「うつわ」なのだ。


 その身に剣の神威を宿すなら、長く生きられないのも道理だった。



 ——お母さんは正式な守り手として、この力を高めていったんだ。体にとてつもない負担がかかると知っていたのに。



 と同時に、無自覚なままでいさせようとする祖父の気持ちも分かるような気がした。桜子が剣に対して、また母から受け継いだ血筋に対して知らないままでいれば、今も表面上は平穏でいられたかもしれないのだ。



 ——でも、それでは同じことの繰り返しになる。

お母さんはそれをとめたくて、すべての願いを薫にたくしたんだ。私のことを守るように言って。



 涙がひと筋、頰をつたっていった。


 すべてのなばりの型をやり終えると、自然と剣の刃先を下げていた。


 桜子は、剣に渦巻くものをハッキリ感じたのだ。

 それだけで充分だった。


 桜子は剣を元の御樋代みひしろに収めると、きびすを返して足早に宝物殿のなかから立ち去った。

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