第34話 乾家の嫡子( 2 )
桜子は惣之助につられて表に出た。
午後の日差しがやわらかくそそいでいる。肩幅のある着流しから、温かみのあるかぐわしい匂いがした。桜子はよく知らない男性と手をつないでいることを強く意識して、脈が速くなっていくのを感じた。
「ずいぶん
桜子の手を握りしめたまま、惣之助は笑みを含んだ声でそうささやく。木立の合間から陽が差し込み、直線状にいくつも並んでいる。家の裏手の並木道に、人の姿はほとんど見えなかった。
桜子は曖昧に被りを振りながら、相手の真意がどこにあるのか探ろうとした。
そもそもこの人は、「水神の剣の守り手」のことを知っているんだろうか。知っていて祖父と取り引きしたのだろうか。それがはっきりしない以上、簡単に心を許すことはできなかった。それなのに、手を振りほどくことができない。
「あなたには知らされていないかもしれませんが」
惣之助は言った。
「早ければ明日にも
俺の方はそれでもかまわないが、あなたはどう考えているんですか」
「どう、とは」
突然の問いに、桜子は言葉をつまらせた。
「
どうして目の前の青年がそれを聞くのか、桜子は分からなかった。と同時に、それは桜子が求めていた問いかけでもあった。今まで桜子の気持ちを敢えて尋ねようとする者はいなかったからだ。
桜子は慎重な口ぶりでつぶやいた。
「奇特な方ですね。そんなことをわざわざ尋ねるなんて」
握った手のひらが熱を帯び始める。
少しの沈黙が降りた後、惣之助は言った。
「あなたのことは、よく見知っています。特にあなたのお母さまのことは」
その言葉に、桜子は歩みをとめた。
「何をご存知だというんですか」
「
桜子は薄く唇を噛みしめた。
知らないのは、本人だけだったのだ。
そう思うと、どこか滑稽だった。
「この話は、俺にとっては願ってもない幸運なことでした。でもあなた自身が祝言をのぞまないなら、無理強いはしたくない。今日はそれを言いに来たんです」
木漏れ日が、辺りを金色に染め始める。桜子は、不意に泣きたい気持ちになった。
——お父さんもおじいちゃんも、私の幸せを願ってくれているんだ。
その思いが、祖父の選んだこの青年を前ににじみ出るようだった。
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