2日目(5)―人類未開の地

「まだこの国にヤンキーって実在したのね? とっくに絶滅したと思ってたけど……さずが東城台。ね」


 凄む二人に対し、碧は空元気なのかにらみ返すと余計なことをぬかす。

 よく見れば、碧の手は小刻みに震えている。

 たくっ! 怖いなら、なぜ強がるんだ!!

 龍馬が内心で毒づいていると、案の定、ヤンキーが碧に怒鳴どなった。


「だとコラ~~~~! 犯すぞゴラァ〜~!」


「はぁ? 二言目には犯すって……やっぱ、原始人的発想ね。思考が縄文時代で止まってるのかしら? もしくは思考が単純直結回路ででもできてるのかしら?」

 龍馬は、その発言に天を仰ぐ。

 一方、東海林はというとすごむヤンキーを前に完全にフリーズしていた。


「おい! てめえも、なに撮ってんだゴラァ~~~~!」


 とヤンキーに自慢のミラーレス一眼を取り上げられたかと思うと、思い切り地面に叩きつけられた。カメラはきれいに木っ端微塵に砕け散った……。

 その間も、碧は眼前のヤンキーに距離を詰められつつあった。

 後方にいた龍馬は、咄嗟とっさに碧の前に歩み出てそのヤンキーと相対した。

 そして、矛先を自分に向けるべく叫んだ。


「あぁ、まったくだなー! この縄文人が!! さっさと森に帰って狩猟採集生活からやり直したらどうだ?」


「なんだてめえ? 見ねえ顔だなぁ、どこ校だぁ〜〜! このスケの男かぁ?」

 狙い通り、碧に絡んでいたヤンキーは龍馬の胸ぐらをつかんだ。

「このの男? スケって……本気で言ってるのか? この未開の地の元号は昭和で止まったままなのか? いや縄文時代だったか? さっさと森に帰って縄文式土器でも焼い――」


「――ごちゃごちゃ言ってんじゃね〜〜〜〜!」


 容赦なくヤンキーのパンチが龍馬の顔面を見舞った。

 まともに喰らい、龍馬は思わず膝を着く。

「おい、メガネ! てめえも寝とけゴラァ〜〜〜〜!」

 直後、隣のヤンキーも東海林の顔面にワンパンを見舞った。

 さほど重いパンチではなかったが、東海林のメガネはきれいな放物線を描き宙を舞い、東海林自身もきれいに大の字にノックアウトされた。

「ちょ、ちょっと! あ、あんたたち……な、なにすんのよっ!!」

 それでも強がって碧が叫ぶと、ヤンキーふたりは碧との距離をぐっと詰めた。

 そして、ほぼ同時に拳を振り上げた。

 ――マズい! 

 急いで龍馬が立ち上がろうとした刹那せつな、倒れた龍馬の背後から、ぶっとい二本の腕がものすごいスピードで現れた! そしてそのままヤンキーたちの拳を空中でガッチリとつかんだ!!


「――女に手上げてんじゃねえ」


 後方から、低く凄みのある、しかし聞き覚えのある声が響いた。

 と、拳を握られたヤンキーたちの顔がみるみる青ざめる。

「まっ、まさか、てめぇは……!」

「東城台山路の……桐生?」

 その発言に、龍馬も思わず振り返る。

 まさかと思った。

 が、そこにはあの桐生らしき男が本当に立っていた。

「ラグビー部辞めて街うろついてるって……マジだったのか!?」

「おまえらには関係ない」

 男がその腕に力を込めたのか、ヤンキーたちが悲鳴を上げる。

「「イッデデデデ――!」」

 ヤンキー達はなんとかその手を振りほどくと、脱兎だっとのごとく逃げていった。


 男は、闇に溶けていくヤンキーふたりの後姿を少し呆れた感じで眺めていた。

 龍馬は、改めてその男を見上げた。まさに、見上げる感じだった。

 身長は、ぱっと見て190近くあるだろうか。

 肩幅が広く、胸板も厚く、手足も鍛え抜かれた筋肉質そのものだ。

 その顔は彫りが深く、まるで野武士を思わせるような鋭い眼光していた……。

 

 ――この目。そう、この目だ! 


 その双眸を見て、龍馬の脳裏にあのシーンがフラッシュバックした。

 先の時間軸で龍馬が、あの桐生の目だ。


 間違いない、この男こそ桐生惟幾きりゅう これちかだ。

 

 龍馬は確信した。

「あんたら、この辺の人じゃないだろ? 地元の人間なら常識なんだが……暗くなるとこの辺はさっきみたいな馬鹿のたまり場になるんだ。今のうちに、さっさと帰った方がいいぜ」

 桐生はそれだけ言うと、すぐに背を向け立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待て。待ってくれ!」


 龍馬はさっき殴られた頬の痛みも忘れ、興奮してその場に立つと叫んだ。

 すると、桐生は怪訝けげんな表情で振り返った。

「探してたんだ! 桐生惟親、だろ?」

「なんで俺の名を? あぁ、またラグビー関係か。それなら、もう辞めたんだ。だから他をあたって――」

「――ちがう! ラグビーの話をしにきたんじゃない!」

 龍馬は、さらにまくしたてた。

「率直に言って、君の力を借りたいんだ! それは……ラグビーより意義深く、ある意味、正義を成すことなんだ!」

「……ラグビーより意義深い、正義を成す?」

 再び怪訝な表情を浮かべる、桐生。

 それでも龍馬は、ひるまず続けた。


「あぁ、そうだ! なぁ、桐生! 俺たちと救ってみないか?」


 龍馬は、真剣そのもので叫んだ。

 が、桐生は龍馬が一体なにを言ったのか、しばらく理解できなかった。

 色々と端折り過ぎた龍馬の言葉は、桐生にはまったく意味不明なものに感じられたのだった。

 ただでさえ寂しい東城台駅前に、さらに冷たい一陣の風が流れた。

 やがて桐生は、ようやく自分が発すべき言葉を見つけた。


「……はっ?」

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