　しばらく、拍手は鳴り止まなかった。

　龍馬は小さく手を上げ、その拍手に爽やかな笑みで応える。が、演説は始めない。拍手が完全に止み、聴衆が自分に集中するのを待っているのだ。約一世紀前、かの独裁者も使ったお馴染みの演説手法だ。龍馬は人々を魅了する心理的な術（すべ）は何であれ貪欲に学び、会得し、実践した。圧倒的な支持率の正体も、かなりの部分がこの地道な努力の賜物（たまもの）だった。それは、地盤も支持母体もない龍馬が、大衆の支持のみを後ろ盾に、永田町でのし上がるために不可欠なことだった。しかし、当の龍馬自身はそんな自分を密かに卑下し、ごくごく身内だけにこう漏らしていた。

「俺は、煽動政治家（デマゴーグ）だ」

　拍手が止み、静寂が興奮から緊張感に変わった頃。

　龍馬は、静かに語り始めた。

「――かつて若者の活気に満ちていたここ渋谷を、こんな姿にしたのは誰か？」

　ボリュームは絞りながらも、芯のある声音だった。

「いや、渋谷だけじゃない。日本中の街から、若者の居場所を、笑顔を、奪ったのは誰か？」　

　いつもなら爽やかな笑みで騒がしい老婆たちにもやさしく応え、愛想のいいアイドルのような立ち振舞だった龍馬が、これまでのどの演説でも見せたことのないシリアスかつ冷徹な表情で語り始めたため、聴衆とりわけ龍馬ファンの老婆らは面食らった。しかし、そんな空気など顧（かえり）みることなく、龍馬はそのままのトーンで続けた。

「華やかだった、あの２０２０年の東京オリンピック。以来、わが国は坂道を転げ落ちるように衰退の一途を辿った。政治家たちは『緩やかな縮小』などとお茶を濁したが、その実、衰退以外のなにものでもなかった。あのオリンピックの年、じつはすでにわが国の女性の２人に１人は50歳以上になっていた。そう、あのお祭り騒ぎの裏側で『終わりの始まり』はすでに始まっていたんだ。その後、２０２４年には、国民の３割が65歳以上に。２０２５年には、ここ首都東京ですら４人に１人が高齢者になった――」

　相変わらず、いつになくシリアスに続ける龍馬に対し、うちわを持った老婆たちも戸惑い始めていた。だが、むしろより一層、重々しいトーンで龍馬は続けた。

「――地方はもっと深刻だった。２０３０年代に入ると、地方からデパートが消えた。銀行が消えた。スーパーが消えた。ついには、コンビニさえ撤退した。深刻な人手不足で警察さえ満足に人員を割くことができず、地方ほど治安は悪化、犯罪の温床（おんしょう）となった。さらに、電気、水道、ガスといった公共インフラも、人手不足で維持整備できなくなった。実に国土の約７割以上が、生活すること自体が困難な、いわゆる『生活困難地域』に変わり果てた。そして、国土の多くに人が住んでいないこの状況は、わが国の国防も著（いちじる）しく衰退させた。不審船程度で騒いでいた２０１０年代が懐かしい。現在では、日本海側の海岸線をわが物顔で闊歩する某国の軍服姿が、頻繁（ひんぱん）に目撃されるまでに至った！」

　龍馬は、ここで言葉を区切った。

　最後の言葉は明らかに怒気（どき）を孕（はら）んでいたため、ついには老女たちも沈黙した。