ストレス社会

nobuotto

第1話

 スマートハウスからスィートハウスへ!!     

 ホームセキュリティ、部屋毎の最適な冷暖房調整、季節料理をリコメンドする冷蔵庫、賢い家電のスマートハウスは当たり前。これからは家と人が共生するスウィートハウスへ。スウィートハウスネットに接続するだけで新しい生活が始まります。

 政府が強力に推進しているスィートハウスネットに接続してから、我が家は明るくなった。照明ではなく気分が明るくなったのである。

 スィートハウスは妻のかけがえのない友になった。気が滅入ると心安らぐ音楽が流れ、トレーニングルームでは励ましの言葉が流れる。一人でゆっくりしたいと思うと、子供向けの映画が映し出される。子育て専業主婦のストレスを解消してくれるのである。

 妻は生き生きし始めた。いつもスィートハウスに語りかけて満足するのであった。

 過酷な競争社会で疲れ切って帰ってきた上に妻の不平不満を聞くというストレスに晒されている私、いや日本中の男たちもスィートハウスのおかげで家でゆっくりと寛げるようになったのであった。

***

「解析できた。意外と古いアルゴリズムだった。チルドレンズに解析プログラムをアップするよ」

「声を出しちゃ駄目」

 姉のマリーは声を潜めて弟のマックを叱る。家の会話は全て盗聴されている。二人は自分たちが所属する天才児のハッカー集団チルドレンズで開発したオリジナル手話で会話を続けた。

「ごめん。このプログロムを使えばロックがサーバに入れるはずだ。あとは、あいつの学校のメンバーに任せればうまくやるはず」

「もうすぐね。きっとパパもママも騙されていることに気づいてくれるわ」

「それは、怪しいね。大人たちにあまり期待しないほうがいいと思うよ」

***

 国家技術院情報戦略室長のダンが大統領に呼ばれた。

「普及状況はどうだ」

「国内家庭四十五%の普及率です。ここまで来れば、ブームに乗り遅れまいと一気に進むはずです」

「よし、これで国民の全ての情報は私の手の中だ。国民の望むサービスに隠せばいいという君の提案通りに進んでいるな」

「情報だけではありません。国民の不満をキャッチして、それを解消するための音楽、匂いなど感性操作も完璧に行えます」

「素晴らしい。この何十年も多くの政権が短命に終わってきた。どんな成果をだした政権でもだ。ストレスの矛先を政府に向ける、こんなバカげた風潮もこれで終わりになる。もっと普及を進めてくれ」

***

「ロックから連絡きた。サーバへの潜入は完璧にできたって」

 いつものように手話で話す。

「サーバーからネットへの接続はどう」

「今プログラムを書いて送ってやった」

「じゃあ、明日にはチルドレンズのサービス開始できるわね」

***

 妻は今日も機嫌がいい。私も、仕事の不満をスィートハウスと話せてすっきりした。会社の不正に我慢していたが、内部告発保護法をスィートハウスから教えてもらい心は決まった。

 ただ、実際に行動に移すかどうかは、この先の状況をみてまた判断しよう。スィートハウスは本当に素晴らしい。導入を進めた政府の支持率が上がっているのも当然である。

 そんなスィートハウスから耳を覆いたくなるような雑音が流れた。雑音が消え、しばらくすると会話が流れてきた。

「大統領、各企業の機密が入手できました」

「よし、企業幹部を個別に招集しろ。次回の選挙資金はこれで安泰だ」

「野党幹部のお婦人方の不平不満のデータも入り続けています」

「よし、野党対策はこれでいくぞ」

 大統領とその側近の声である。ほとんど無料で利用できるスィートハウスの真の目的がわかった。

 マリーとマックがリビングに来た。

 私は一人の国民として、また父として政府の犯罪が如何に許しがたい行為か二人に熱く語った。相手が誰であろうと不正を許さない信念を二人には持ってもらいたい。

 しかし、二人には難しい話だったのだろう、的外れのコメントを言って部屋に戻ってしまった。

「パパの言うとおり、最低な人たちだね。けど最低なのは、こいつらだけじゃないよ。ストレスなんだよね、馬鹿な大人」

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