第28話 恐怖という病
空は黒・・・・・・
というよりも、紫色に近い暗雲に覆われている。
街の中も、紫色の霧に包まれている。
お世辞にも視界が開けているとは言い難い。
ミリルはぽかんと口を開けている。
中にリンゴを入れても気付かなさそうなぐらいボッーとしている。
みのりは、子供みたいに目を輝かして周囲を見渡している。
初めて見る世界、人々、建物、生物に対して興味津々だ。
建物が宙に浮かんでいたりしている。
空を闊歩する巨大な昆虫たちは生態ピラミッドに則って、弱肉強食の争いを繰り広げている。
人々も今まで見たことがない人種の人々ばかりだ。
ぱっと見、かなり多くの人種がいると思われる。
「ちょっと、葵くん。あれ見て! 美味しそう!」
袖をクイクイ引っ張って人差し指を指す。
その先には、ケーキ(のようなもの)がケースの中に入れられていた。
人が集まっていないけど、美味しいのか?
確かに、見た目は美味しそうだけれど、なんか怪しい。
おじいさんの言っていることが本当なら、この国に来て食事ができるのは見たところ、空を飛んでいる虫や翼竜、怪鳥のみ。
「待て。ちょっと待てミリル」
「な、何よ」
不満そうな顔でこちらを見てくる。
「まあまあ、そうそう嫌そうな顔をするな。お前は分かっているはずだぞ。ゲームで一番最初にしなければいけない事」
「情報・・・・収集・・・」
「そうだ。情報収集だ。RPGゲームの最初の段階で欠かせない要素の1つだ。ひとまず、この街の中を歩き回ってみよう」
「そうね。それが良いのかも」
ミリルは、唇に人差し指を当てて答える。
「ねぇ、みのりちゃんはどう思う?」
いきなり自分の名前を呼ばれて、みのりは肩を一瞬震わせる。
「わ、私?」
目を泳がせて、
「ご、ごめん。聞いてなかったのよ。なんか、凄くて。あちしが今まで見たことの無い世界なのよ。ワクワクしてる! 胸の鼓動が収まらないのよ!」
ゴクリと唾を飲む。
「俺もだ。俺も今ワクワクしてる! ドキドキしてる! なんか、冒険が始まるって感じがするんだ!」
これから、何が起こるのか、どんなことが俺たちの目の前に立ちはだかるのか。
「取り敢えず、行こう」
3人は、ルーシアを探検することにした。
霧で視界が狭まってはいるが、見えない事は無い。
周りで歩いている人もちゃんと見える。
俺たちがいるところは、かなり拓けていて、広場みたいなところにいるらしかった。
「取り敢えず、ここら辺周辺を歩いてみるか」
「そうね。それが良いかも」
「私も賛成なのよ」
俺たちは、広場から少し離れた所に行く事にした。
少しくらいなら、この霧の中でも分かるだろうというミリルの考えからだ。
今、俺たちがいる所からは、後ろに円錐型のオブジェ、そして、周囲に薄っすらと、かつ、ぼんやりと煉瓦造りの建物が見える。
いや、違う。
よく見ると煉瓦ではない。
どちらかというと、鎧のような、鱗のような紫色をした妖しい色と、一定の決められた形をしたものが連なっていた。
どうやら、『それ』は光に反射して光沢する作用を持っているらしい。
3人は、人と人が交差する中を歩き進んで行く。
俺の知っている家とはかなり雰囲気が違う。
家の床と地面の間から何か、触手のようなものが蠢いているのだ。
正直、気味が悪い。
この街自体が薄気味悪いという事はもちろんなんだが、街全体というマクロな視点では無く、もっとミクロな視点から見てもこの街は十分すぎるほど気味が悪い。
これこそが『都市伝説の街』と言われる所以なのかと思う。
「な、なんか、予想以上に凄いわね。この街は。なんと言うか、いるだけで気が吸い取られるって言うか、魔の気が強いっていうか・・・・・・」
「そうだな。早くどこか泊まれるところを探さないと」
まぁ、街全体がこんな感じじゃ、宿屋もどういう感じのところか大体予想はつくけど。
「あ、あれは何?」
みのりは、右側の方向に指を指す。
「あれは・・・木?」
「あれは、世界樹ユグドラシルなのよ」
ミリルがみのりの質問に答える。
この街を越えた先には、淡い緑色に光り輝く大樹がそびえ立っていた。
世界を覆い尽くすくらいの大きな木。
生命力が伝わって来た。
この気持ちは、畏怖というものだろうか。
その木の偉大さが離れていても肌身に感じることが出来る。
この世界の中心にあり、この世界のシンボルとも言える存在なのだろう。
「これが・・・世界樹ユグドラシル」
2人の目はキラキラと輝いていた。
そういえば、おじいさんが言っていた気がする。
このルーシアは世界で一番世界樹に近い国なのだと。
あれは、偽りではなかった。
俺たちの目標まであと少し。
でも、その前に・・・・・・
「仲間を早く見つけないとな」
「ええ。あの2人を見つけないと何も始まらないわ」3人は再び、街の中を探索する為に歩く。
俺たちが最優先すべきなのは、眼鏡っ娘の高崎 莉奈と男の娘のルイくんだ。
取り敢えず、2人の生死を確かめたいところだ。
それが出来るのは様々な情報が飛び交うルーシアぐらいだとミリルの勘が言っていたのだ。
存在するのかしないのかも分からない街を頼りにしていたのだ。
もし、ルーシアが存在しなかったと思うとゾッとする。
何故か、ミリルの勘というのはよく当たるのだ。
不思議なこともあるものだなと思う。
しばらく大通りを突き進んで行くと、行き違う人が心なしか増えた気がする。
それに、人の声や会話も広場にいた時よりずっと多い。
「繁華街に近づいてきたな」
「ええ、そうね」
何か重要な証拠を掴めるかもしれない。
気持ちが引き締まると同時に、鼓動が速くなる。
緊張をしているのか。俺は。
更に奥へと進んでいく。
霧も広場にいた頃よりも薄くなった気がする。
広場にいた時は、向かい合っている相手の顔に薄く霧掛かって見えるくらい濃かったのに、今はギリギリ道の端と端が見えるくらいまでに薄くなっている。
何故、そんな事が起こっているのかは全然分からないけど。
「この街にいる人たちはみんなこんな怪獣みたいな顔をしているのかな?」
「分からないのよ。あちしも篭っていたからよく知らないのよ。でも、少なくとも、あちしの読んだ本の中ではこんな人種は見たことないのよ」
「それじゃ、こいつらは全員この街で生きてきた人間だって事か?」
「多分。確信は無いのよ。でも、可能性は大いにあるとあちしは思うのよ」
「確かに。ゼロでは無いな。いや、寧ろ高い方なのかもしれない」
昆虫によく似た顔をしている人が多い。
もう少し具体的に言うと、目が大きくて、三角顔をした人が多い。
頭から触角生えてる人もいる。
そもそも、体が鱗やら何やらで覆われていて、人の皮膚とは全く違う構造をしているということがよく分かる。
見れば見る程不気味だ。
「地図とか役所の場所とか聞いてみるか」
「そうね。それが良いのかも」
少し話を聞いてみようと思うけど、いざという時に足が動かない。
何故だ。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
凶暴そうな顔をしている。
それだけで人を判断してはいけないということはもちろん分かっている。
分かってはいるのだが、どうしても体が言うことを聞かない。
「あ、あああ」
喉からは言葉にもならない嗚咽だけが漏れる。
世界が歪んで見える。
揺れて見える。
頭も全然働かなくって。
それは、自分ではどうしようもない事だった。
その時、ミリルとみのりの2人は俺のことを心配して優しく話しかけてくれた。
「あ、葵くん大丈夫?」
「ちょっと、端に寄るのよ」
俺は、二人に道の端に移動させられた。
「ミリルちゃんと葵くんはここにいて。私はそこらへんを歩いている人にこの街について聞いてくるわ」
「あ、ありがとうなのよ」
みのりはそう言って情報を集めに走って行ってしまった。
心臓の鼓動が全く収まらない。
ダメだなとどうしても感じてしまう。
「あおいにい大丈夫なのよ? 少し横になるのよ」
家の壁にもたれかかって座っていた俺の髪が、柔らかい女の子の手に触れる。
その手に力が込められる。
気力を無くして抵抗する力すら残っていない。
俺の頭が彼女の膝に乗っかる。
柔らかい感触がする。
同時に、甘い匂いがする。
甘い匂いにも色々あるが、ミリルから匂う香りはジャスミンに似た匂いだ。
「ちょっ、ちょっとミリル?」
「大丈夫なのよ。あおいにい。もっと、自信を持って」
「でも・・・」
恐怖が俺の体から抜け出さない。
体は震えるばかりで、動く事が出来ない。
「あおいにい。どうしたのよ? さっきから様子が変なのよ」
ミリルは全体を見る。
「こ、これは」
ミリルは、俺の右手を見て、驚愕の表情を浮かべる。
「こ、この紋章は・・・いや、術式? もしかして、呪いなの? で、でも」
魔術はこの世界には存在しないはず。
でも、こちらに来るまでは彼の右手にこんな紋様は無かった筈だ。
この紋様が出来たのはこちらに来てからだ。
「こ、これは大変な事になるかもしれないのよ」
その時、みのりが小走りで駆け寄ってきた。
「大体欲しい情報は集まったよ~! 情報屋はこの国には無いみたい。役場に行けば公式的な手続きの必要なものとか、表の情報は大体集まっているらしいよ!」
みのりは、走ってくるミリルの肩を掴んで前後に揺らす。
「み、みのりちゃん。大変なのよ! あおいにいが。あおいにいが!!」
ミリルの動揺の仕様にみのりが驚く。
「え、ちょっと、 ミリルちゃん落ち着いて! どうしたの?」
「あ、あおいにいの右手に変な紋様が・・・。多分、魔術。わ、私どうしたら」
手をあたふたとして、餌を食べる金魚みたいに、口をパクパクと動かしている。
みのりは、顔がすっかり青ざめてしまっている。
「取り敢えず、病院を探そうよミリルちゃん。役場に行けばなんとかなるよ」
「う、うん」
ミリルは僅かに頷いて見せる。
「葵くん。大丈夫? 立つ事出来る?」
みのりは手を差し伸べてくれた。
「あ、ああ。それなら何とか」
彼女の手を掴む。
みのりは、俺の腕を肩に回して歩き出す。
「このまま役場に行って、一番近い病院に行くわよ」
「わ、分かったのよ」
ミリルは、おどおどと動揺しているのが丸わかりなのだが、みのりは、ミリルのように動揺をしているようには俺には全く見えない。
場数の多さが違うからなのか。
修羅の道の潜り方が違うのか。
どちらにしろ、みのりは表面上は落ち着いていた。
内心でどう思っているのかは俺の知る由もない事だが。
「すまない。みのり、ミリル」
「別にいいのよ。葵くん。私達は仲間なんだから。助け合うのは当たり前でしょう?」
「・・・・」
恥ずかしさで俺は返事をする事が出来なかった。
顔を彼女から顔を背けて歩く事しか出来なかった。
まさか、自分がこんなヘマをするとは。
でも、いつだ?
いつ俺は左手に術式を組まされたんだ?
術式というものは、一瞬で構成する事が出来るものなのか?
俺が頭の中で考えを張り巡らせているうちに、役場に着いてしまったらしい。
「私の情報が正しかったら、ここで合っているはずよ」
見た目は、普通の家みたいな所だった。
一階建ての建物で白塗りをしてある。
「ここ・・・なのかな?」
どう見ても怪しすぎる。
「本当にここなのか? その人は本当に信用をして良いのか?」
「多分、大丈夫だとは思うんだけど——」
みのりは、ドアノブに手を伸ばす。
捻ってそっと開ける。
扉の向こう側は暗い世界が待ち伏せていた。
「いらっしゃい」
水が背筋を這うような感覚に襲われた。
「「う、うわぁ!」」
3人とも反射的に後ろに下がってしまった。
みのりもミリルも俺に抱き付いてきた。
2人のマシュマロのような柔らかい肌と俺の肌とが重なり合う。
「な、何なのよ。怖いのよあおいにい」
「俺だって怖い」
そう言いながらも、心持ちだけはしっかりしようと努める。
例え、今俺が呪われていようとも、誇りだけは誰にも奪われるものか。
気を張っていると、奥から1人の人影が現れてきた。
背は2メートルほどあり、体は細身だ。
身に纏っているオーラから只者では無いという気配がプンプン漂ってくる。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
太い、芯のある声だ。
しかし、ミステリアスな雰囲気のある声でもある。
「待っていたって、私達が来る事を知っていたんですか?」
「まあ、そういう事になるんですかねぇ。私は予知能力を使うことが出来ますから」
「よ、予知能力!?」
「ええ。そうですよ。この世界の中でもこの街・・・・・・。いや、この国は一風変わっているんですよ。この街のある条件を満たしている者のみ『魔法』を使う事が出来る。違いますね。許されると言った方が良いですね」
彼の言った意味深な言葉に3人とも首を傾げる。
「許される? それってどういう・・・・・・」
「『魔法』を使うことが出来るのは一部の人間のみ。それは、『智の果実』を口にした者のみ魔法を使えるらしいんだ」
「取り敢えず、中にお入り」とその人に言われたので、お邪魔になる事にした。
中に入ると、様々な形のフラスコが色んなパイプに繋がれて、中で怪しい液体がボコボコと音を立てて泡立っていた。
真っ黒いマントを羽織った男の後に3人は付いていく。
血のような真っ赤なシートの上に、星空と思うほどの透明感と輝きを持つ水晶玉が置いてあった。
男は、椅子に座ってゆったりとした姿勢で俺たちを見つめる。
「どうぞ」
俺たちは勧められた椅子に座る。
男は足を組んで再び話し始める。
「そういえば、私の自己紹介をしていませんでしたねぇ。これは申し訳ない。私の名前は、ジャック・ルーサーというものです。職業は魔法使い。特に、未来視や透視など、視覚系の魔法が得意です。貴方達の事も透視能力でこの水晶を通して視ておりました。貴方方は?」
「俺は、竹下 葵。で、右にいるのがミリルで左にいるのがみのりだ」
「葵さん、ミリルさん、みのりさんですね。畏まりました。何か、知りたいことがあったのではありませんか?」
ルーサーの質問にミリルが答える。
「はい。そうです。先程の魔法の件も勿論ですけど、実は、他に2つほど質問があります。1つ目は、私達の仲間を見つけて欲しいという事。2つ目は、この国の事を教えて欲しい。この3つです」
「それは構いませんが。無論、それに伴う代償は払って貰いますよ」
「構いません」
「ちょっと、ミリル??」ミリルの返答を俺が止める。
「もっと話し合って決めた方がいい。ミリル、君はいつもそうだ。俺や他の人の意見をろくに聞かずに自分の意見ばっかり言って周りの人を振り回す」
ミリルは、ぷくぅと可愛らしいお餅みたいな頬っぺたを膨らまして、俺を睨みつける。
「べ、別にそんなにキツイこと言わなくても良いでしょ! 私だってそんな事くらい分かってるわよ。つい口に出ちゃうんだから仕方がないでしょ! もう!」
彼女は、「ふん!」と言ってそっぽを向く。
ああ、こうなったら暫くは口を利かないんだよな。この娘。
「で、どうするのですか? 教えて欲しいのですか?」
「ちなみに、その代償というのは何ですか?」
「そうですね。情報の価値によって左右しますが、今回の場合はお金、若しくは、私の欲しい情報を頂こうとしましょうかねぇ」
ジャック・ルーサーは歯を見せてニヤリと笑う。
なんとも不気味な笑い方をする男なのだろうか。本当にこの男を信じて良いのか?
「情報とは? 一体どんなものですか?」
彼は、人差し指を立てて、ニヤつきながら言う。
「この世界以外の情報だ」
何を言っているんだ?
この男は。
「この世界の情報というと、この俺たちが今いる世界ですか?」
ルーサーは,人差指を左右に振ってみせる。
「ノンノンノン。合ってはいるが、少し違うぞ少年。私が欲しいのはぁ。そうっ! この『スピリッツ・パラレルワールド』外の世界の事! つまり! 貴方たちが肉体を無くした時のことを、貴方方の肉体が健全であった時の事を私は知りたいのですよぉ。どうです? 悪い条件では無いでしょう?」
「なるほど。俺達が生きていた時の情報をルーサーさんにあげる代わりに,ルーサーさんはこの国の事を俺達に教えると。そういうことか」
「そっ、どうです? やりますか?」
ミリルとみのりの2人に視線を送る。
2人とも頷いてみせた。
まぁ、生きていた時のことなんて今では遠い過去のお話だ。
お伽噺に過ぎない。
多少、聞かれたくない話はあるが、今俺達が知りたい情報を提供してくれるというのなら十分過ぎる程の代償だ。
「分かった。その話に乗ろう」
「良い判断ですねぇ。では、そちらから質問して良いですよう。その代わりに、そちらが諮問した回数分私も質問します。良いですかぁ」
「ああ。構わない。その方が公平だしな」
「了解です。では、始めますよ。私に何が聞きたいのですか?」
2人の顔を見て、
「俺が質問して良いか?」
「構わないわよ」
「別に良いのよ」
この時、俺たち3人とルーサーの間でチェスのコマが動き始めていた。
既に、ゲームは始まっていたのだ。
だが、俺たちはまだこの事を知る事は出来なかった。
思えば、この部屋に入った瞬間から俺たちは、この世界の闇に入り込んでいたのかもしれない。
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