第3話 スピリッツ・パラレルワールド

「へ~、それじゃ、葵くんはこの世界のこと全然知らないんだね」

俺とミリルは街の中を歩いていた。

「うん。そうなんだよ。だから、情報を何か掴めないかなって思ってその人に教えて貰った情報屋の所に行こうとしたら」

「男二人組に襲われている私を見つけて、危ないと思ったから私を助けてくれたんだよね」

「あ、ああ」

微笑むミリルの笑顔が可愛らしい。


「それじゃあ、お礼にこの世界のことを私が教えてあげる。『スピリッツ・パラレルワールド』の事を」

俺とミリルは並んで街の中を歩いた。

ミリルは頭だけ出して、それ以外の部分は全て黒いローブでその身を包んでいた。

「さっきから、スピリッツ・パラレルワールドって言っているけどそのスピリッツ・パラレルワールドってなんなの?」

「本当に知らないんだ。まあ、良いけれど。スピリッツ・パラレルワールドは、死んだ人が作り出す世界。そして、世界を自らの手で生み出し、自分の好きなように暮らすことの出来る場所。全てのものが自由な場所、自由に出来る場所。魂の桃源郷。それが、スピリッツ・パラレルワールドよ」


全てのものが自由な場所、自由に出来る場所、魂の桃源郷。


「なんで、何故、俺はここにいるんだ?何のために俺はここにいるんだ?」

「そんなの私にも分からないわ。でも、このスピリッツ・パラレルワールドは、意図的に作られた、人工的に作られた世界なのよ」

「人工的に作られた世界?そりゃ、この建物とか、車とか服とかは人の手で作られたものなんだろうけど」

ミリルは首を横に振って、

「違うわ。そうじゃないの。この世界が、この世界自体が人の手によって作られたものなの。違うわね。そうじゃないわ。もっと正しく言うなら、スーパーコンピュータを使って人が作り出した大規模な仮想現実世界。VRの世界なのよ。ここは」

「んな、阿呆な・・・」

葵は開いた口が塞がらなかった。


そんなことが有り得るだろうか?

この世界が作り物だって?

そんな事を実現した人間がこの世に、いや、現実世界にいたというのか!?


「だって、そんなのあり得ない!だって、ここに俺の体があるし、ものに触る感触も、視覚も、聴覚も、何もかも全部、前の世界のままだ!なんだってそんな事が・・・」

「ルイギアよ」

「え!?ルイギアってあの産まれて六ヶ月以内に付けないといけないって国で義務化されているあれがどうしたんだ?」

「あれって、一生付けていないといけないでしょ?」

「うん」

「それで、ルイギアは、微弱な電磁波を付けている人の体に当てて、私達の行動とか思考とか、感情とか何もかもデータ化されているっていうことは知っているわよね」

「ああ、知っているよ。そのデータを使って行動心理学や行動経済学、社会学とかの分野が飛躍的に進歩したんだよな。確か、国がそれらのデータを使って国内や国外の市場経済をコントロールしているとか」

ミリルは、途中の道で買ったクレープを食べながら、

「ええ、そうよ。六割方は合ってる。でも、ルイギアの使い方はそれだけでは無いのよ。いや、寧ろこっちの使い方の方が本命だったのかも知れない」

話すミリルの言葉に一気に重みが増した。

重りを付けて水の中にいるくらいに重く、息苦しさを感じる。

「さっきも言ったように、ルイギアは付けている人の体に微弱な電磁波を当ててその人のあらゆるデータを集めている。そして、そのデータを使えば、その人の将来考えること、取る行動、その人の成長過程を推測することが出来るわけ。それがどういうことか分かる?」

「どういうことって言われても・・・・・・」

暫く考えてみる。

いや、そんなの分かるわけがない。

「俺はそんなに頭が良いわけじゃ無いんだ。教えてくれよ」

「しょうがないなぁ、つまりね、私達が死んだ後もそれまで蓄積してきたデータを使えば、「自分」が復元することが出来るわけ。そして、それをVR世界で実現させたのがこの・・・」

「スピリッツ・パラレルワールドってことか」


ミリルは黙って頷く。

俺は既に死んでいる。



その事実は、俺にとっては衝撃的だった。

自分はもう既に死んでいる?


自分の体は確かに触覚も、視覚も、味覚も、聴覚も、嗅覚も、全ての感覚が本物で、前の自分の感覚とは一切違和感が無い。

俺も、仮想世界の一部になってしまったのか?

「俺は本当に死んだのか?」

「ええ、あなたは死んだわ。今、貴方が感じているもの全てはルイギアで得たデータを元にして作られたのよ」

そんなの、そんなのあり得ない!

「それじゃ、俺の、俺の意思はどうなるんだよ!俺が感じているこの味覚も、感触も、聴覚も、視覚も嗅覚も全部そのデータを元にして作られているっていうことか?」

「ええ、そうよ」

ミリルは、それがさぞ当たり前かのように、少しの表情も崩さずに言った。

「私達が感じている五感は全て本物よ。でも、それはデータによって作られたもの。そういう意味では私達が感じているものは偽物と言うことが出来るかもしれないわね。でも、そんなの現実世界にいたときとそんなに変わらないわ。だから、みんな自分がデータから作られた者だって知っていても知らない振りをしているのよ。その方が幸せだから。世の中には知らない方が良いことがあるって言う事ね」


葵はぎりりと唇を噛み締める。

「そんなの、そんなのただ現実から逃げているだけじゃないか!」

「ええ、そうね。でも、この世界は少なくとも私達がいた現実世界よりはまともな世界なのよ。だから、みんな都合の悪いところには目を瞑っているわけ。でもね、私は嫌なのよ。そんなのは。私はこんな、人をデータを使ってコントロールするような場所は嫌。あなたと同じよ。だから、私はこの世界の神様に逆らうの。そのせいで私が永遠に消されたとしても絶対に後悔はしないわ」

そう真剣に語るミリルの横顔を葵は横目で見る。

ミリルの目は、先程の柔らかい彼女の表情とは違い、憎悪と復讐に満ちた瞳をしていた。


ああ、こいつは本気だ。

本気でこいつは「世界の神様」とやらに逆らおうとしてる。

何がこいつを堕天使のような反逆者たらしめているのだろうか?

恐らく、それは後々分かることだろう。

だから、今はこの世界のことをもっと知らなくてはいけない。

敵を知らなくては。


雰囲気が重苦しかったので話を変えてみることにした。

「ところでさ、ミリル」

「ん?なあに?」

「俺達は一体何処に向かっているんだ?」

ミリルは、ああ、と少し冷静さを取り戻したようで、

「一言で言えば、ゲームの世界。現実世界で言うRPGだとか恋愛ゲームだとかを自分の体で実際に体験できるっていうことよ。まあ、実際に体験してみるのが一番だから。着いたわ。ここよ」

ミリルが立ち止まった。

目の前には普通の民家が建っていた。

「ミリル、ここは只の民家だぞ。なんだってこんな所に」

ミリルは葵の言葉を手で制した。

「まあ、黙ってついて来て。実際に体験してみないと分からないから」


建物の中は神殿のように神秘的な所だった。

廊下が続いていた。

床、壁などが青白く光り、幻想的な雰囲気を作り出していた。

「ここは安全区域なの」

「安全区域?」

「ええ。ここでは、人を傷付けたり殺したりすることが出来ない。そういうシステムなの。まあ、死んでもまた生き返る事が出来るからね。私達は、只のデータだし。死んでも幾らでも生き返る事が出来る。でも、ちゃんと痛みはあるからねえ。死ぬのは嫌なのよ。やっぱりね。まあ、そんなことはどうでもいいのよ。あそこにある広間に行こう」


長い廊下を抜けると広間に出た。

そこは、人が最大五人の人間が入れそうな所だった。

部屋の真ん中には長方形の形のキーボードが置いてあった。

「これは?」

「これは、別の世界に行くための機械よ。『サブ・ワールド』って私達は呼んでる」

「サブ・ワールド」

「うん。ねえ、葵はさ、ゾンビを殺すゲームとか好き?」

ミリルは、いきなり変なことを聞いてくる。


「まあ、嫌いでは無いけど。でも、ゲームは得意な方かな?何?ゲームをするの?」

ミリルは、ポチポチとキーボードを押す。

すると、目の前に画面が現われる。

大きな映像と共に右側に文字が表示された。


パンデミック・ショット。

HP制。あらゆる武器を使ってゾンビを倒していく。ここで得た報酬はメイン・ワールドでなどなどと長ったらしく、左側に映っている映像の説明文が長ったらしく書かれてあった。

そして、その説明文の下には「このゲームを始めますか? YES/NO 」と書かれていた。

「まあ、やってみれば分かるよ。一番右下にあるYESっていうところを押して」

「ああ」

葵は、「YES」のボタンを押した。

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