第3次召喚大災害

mrtk

第1話 「直後」-6月13日 火曜日-


 その日、日本中に、3度目の『召喚』の嵐が吹き荒れた。

 今回の行方不明者は1,457名と、前の2回よりも規模が小さかったが、巻き込まれた犠牲者にとっては心休まる事実とは言えなかった・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 誰かが俺の身体を揺すっている・・・

 右肩と左胸に手の感触が有るのが分かった・・・


≪おとうちゃん、おきて・・・ おとうちゃん・・・≫


 聞き覚えが無い声も聞こえる・・・

 でも何故か心に引っ掛かる・・・


 徐々に覚醒する意識の中で自分が置かれている状況が朧気に分かって来た。

 多分、俺は仰向けに寝かされている。

 そして、誰かに揺すられている。

 右肩と左胸を押している手はそれぞれ2つだから左右から2人に揺すられているみたいだ。

 

≪みずき、もっとゆすって≫

≪そういうかえでも、もっとゆすって≫


 みずき? かえで?

 水木みずきかえでか?

 そう言えば、聞いた事が無い声だが、口調は俺の双子の娘たちに似ている気がする。

 目を開けた途端に頭痛が襲った。

 思わず呻き声が出た。目を開けるどころでは無い痛みだ。


≪あ!?≫

≪おきた!≫


 娘たち(仮)の声に驚きと喜びの色が加わった。

 揺すっていた手が一旦離れる。

 寂しいという気もしたが、まずは目を開けなければ・・・ 

 もう一度、ゆっくりと目を開ける。

 今度は激しい頭痛は襲って来なかった。なんとか耐えられる程度の痛みだ。

 焦点が合わない中で、2つの顔が俺を覗き込んでいるのが微かに分かった。


≪おとうちゃん!≫

≪よかった!≫


 俺の目に映ったのは、人間と言うか、動物と言うか、謎としか言えない生物のものだった。

 強いて言うと猫に似ている気がするが、多分目の印象が猫に似ているせいだろう。

 鼻は低いが人間の物だ。

 耳は猫耳?

 口は人間? 

 顔にも毛が生えているが、他の箇所に比べて細くて短いか? 

 頭髪は娘たちの髪型が残っている?

 顔全体の印象は猫人間? 擬人化された子猫?


 夢か・・・・・

 この時点で、もう一度夢の世界に戻ろうとした俺を2人の猫娘がまた揺すった。


≪だめ! おきて、おとうちゃん!≫

≪おきてよ、おとーちゃん!≫


 あ、このビミョーなイントネーションの違いは楓と水木だ。

 今度こそ目が覚めた。

 2人が泣きながら抱き付いて来たので、それぞれの頭を撫でてあげようとするが手が届かない。

 ん? 思わず目を手に向けたが、そこに映ったのはスーツの袖だった。

 今日の授業参観で着る為にわざわざ新しく買ったスーツだ。

 混乱した頭を振りながら、起き上がろうとする。

 だが、何かがおかしい?  


 自分の身体を見下ろして何がおかしいのかを理解した。


 娘たちと変わらないサイズに縮んでいた・・・・・・・




 『「召喚」されてしまった時に注意すべき10項目』という名の政府発行の文書を読まなかった日本人は少ないだろう。少なくとも俺は熟読した。

 なんせ、日本でだけ発生している『召喚』は、何時(いつ)、何処(どこ)で、誰が、異世界に転移させられるか予測が付かないからだ。

 規模も分からない。

 少なくとも、去年のクリスマスイブに発生した最初の『召喚』時には、17,824名もの『被災者』が発生した。

 2回目は今年の4月1日だった。

 この時の『被災者』は5,497名。

 そして、今回で3度目だ。

 巻き込まれた俺たちには、今回の規模は分からない。

 授業参観中に巻き込まれたので、あの教室に居た全員が巻き込まれた可能性が有るが、目で見える範囲には誰も居ない。

 俺たち親子だけが居る。



01:周りに危険が無いかを確認しましょう

02:周りに召喚された人が居ないかを確認しましょう

03:集合出来れば、助け合いましょう

04:自分の能力を確認しましょう

05:自衛手段を確保しましょう

06:食料を確保しましょう

07:移動圏内に接触可能な知的生命体が存在するか確認しましょう

08:接触してはいけない知的生命体から逃げましょう

09:生活圏を築きましょう

10:可能であれば「ニホン国」に移動しましょう


 この10項目にはそれぞれに補足事項が有り、更に写実的なイラストが付いた「転生が確認された種族一覧」、「危険生物一覧」、「各種族の可食・毒物一覧」、それと大まかな地図が巻末に付いている為に14ページの小冊子になっていた。

 各家庭に1冊は配布され、市や区レベル以上の役所にも持ち帰りが出来る様になっていた筈だ。

 何故、この様な冊子が作成出来たかと言えば、帰還者が居たからだ。

 1回目と2回目を合わせて300人以上だった。

 ただ、帰還者が異世界で過ごした時間はバラバラだった。

 2日間で帰還した人も居れば、10年以上を過ごした後で帰還した人も居る。

 帰還条件は未だに不明で、ある日いきなり召喚時と同じ様な霧が周りを包み、気が付いたら日本に還っていたらしい。

 帰還した時の日本での経過時間は決まっていて、17時間12分07秒だった。

 その為、最初の『召喚』に巻き込まれ、フェリーに乗っていた為に海上に落下した挙句に13時間後に漁船に遺体を回収されたという『被災者』も居たくらいだ。


 取敢えず、第1項と第2項を確認しないと、今後の方針も定まらない。

 この異世界は危険に満ちている。

 取りようによっては、最初の5項目が身を守る為の行動と言える。


 娘2人もやっと落ち着いて来たので、周辺の探索に取り掛かる事にしよう。



 くそ、なんでこんな事に巻き込まれたんだ・・・・・

 まあ、せめてもの救いは、娘たちだけ『召喚』されなかった事くらいだ。

 もし、そうなっていたら、下手すれば俺は家族全員を『召喚』で失う所だった。



 妻は、最初の「召喚」に巻き込まれて、還って来なかった・・・・・・

 


 

 俺たちが今居る場所は、足首まである草で覆われた草原の端だった。

 すぐ傍には、深く暗い森が広がっている。

 政府発行の小冊子に書かれていた様に、意外と地球の植生に近い。 

 さあて、周辺の危険性と、『召喚』に巻き込まれた日本人が居ないかを確認しないといけないが、その前にしなければならない事が有る。

 

≪かえで、みずき、いたいところはないか?≫

≪うん、かえではだいじょうぶ! それより、おとうちゃんのほうがいたそうだったよ?≫

≪わたしもだいじょうぶ。おとーちゃん、ほうんとうにだいじょうぶ?≫


 外見は猫娘に変っているし、声音も発音もおかしいが、相変わらず優しいな、俺の愛娘たちは!


≪おとうちゃんは、もうだいじょうぶだよ。でも、ふくをどうしようかな?≫


 取敢えず、自分の顔や頭、身体を手で触ってたりして調べた限り、俺も猫もどきに転生している事は分かった。

 多分、娘たちと同じくらいの年齢だろう。 

 異世界は危険な場所だと言う事は、小冊子を熟読したり、独自に調べたりで十二分に分かっている。

 未だ実感する様な経験をしていないだけで、日本と違ってここは一歩間違えれば命をあっさりと手放させられる場所だ。

 だが、それでも、文明人の日本人としては、裸でウロウロしたくない。

 娘たちの情操教育上も喜ばしくない。

 救いと言えば、娘たちが元の姿や身長と大して変わらない転生をした為に、今着ている服がそのまま着られる事くらいか?

 改めて娘たちが転生した姿をよく見ると、2人とも面影が残っていた。

 双子だから他人が見ると違いが分からないと言われるが、俺には分かる。

 楓(かえで)はどちらかと言えば強気で元気で素直だ。それはコロコロ変わる表情にも表れている。子猫の様な印象の顔に転生したが、うん、それでもやはり可愛い。

 水木(みずき)はやや拘り性で引っ込み思案だ。楓の半歩後ろを歩くが、他人には優しい性格だ。楓と同じ顔に転生したが、それでも俺を心配しているのがよく分かる。うん、やはり可愛い。

 第一、俺は猫が大好きなんだ。周りには犬派が多かったが、何と言っても猫の方が良い!


 結局、俺は、下はブリーフを履き、上は膝まで覆う白い丸首シャツ、足元は中に草を詰めた革靴、背中には畳んだスーツとズボンとカッターシャツをベルトとネクタイで括りつけると言う締まらない姿で動く事にした。 

 手には頑丈そうに見える60㌢くらいの木の棒だ。

 初代ドラク●の主人公よりマシとは言え、かなり貧弱な初期装備としか言えないな。

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