SF短編集

飛田進

脳喰虫

脳喰虫


その虫、いや、寄生虫、とにかく不気味ななにか-の実態が判明したのは今から二年前、発端は謎の連続怪死事件である。


健康的に問題のない、年齢層も様々な人々が、突然街中、自宅、仕事先で発狂、気絶したかと思えば死んでいく。検死解剖の結果、脳の容量が低下しているのが認められ、初めは薬物乱用とも思われたが、程なく間違いであると明らかになった。

関係者への聞き込みにより、死亡者が生前、頭痛、吐き気を訴えていたことがわかり、頭部に重点を絞って調べたところ頭髪から未知の生物が発見された。

見た目は数本の髪の毛のようだが、根元に吸盤と先の尖った極細の針がついていて、人間の頭皮にへばりつき、針で頭蓋に穴を開け、そこからストローで吸うように被害者の脳を吸い取って養分にする。同時に麻酔効果のある体液を注入するため直接痛みは感じない。一回頭皮と同化してしまうと髪の毛と全く区別がつかず、酸、アルカリ、その他薬物にも強靭なため洗髪で殺すことは不可能である。成長するとフケのような卵を産み、それが他人の頭に付着すると感染するとわかった。頭痛、吐き気は脳を吸われることによるものである。

研究結果が発表された途端日本全体が大パニックに陥り、まず殆どの男性が丸刈りに、女性もショートカットにして感染を早期発見しようとしたが、これは意味がなかった。それは頭皮に一度貼り付いてしまうとまず発見できず、前述したように毒物に強いため、劇薬をぶっかけるくらいしか殺す手段がないからである。感染しているかわからないのに塩酸をぶっかける人間はいなかった。


マスコミは連日脳喰虫の恐怖を書き立て、人々は予防に躍起になり、新たに発売された「滅菌ビニール帽」を被り、効果があるとされるものは何でも飲み、食べ、身につけ、ホテル業は大打撃を被り(他人の寝た布団で寝られるか!ということである)、バスや電車で座る人はいなくなった(他人のフケがつきそうで怖い)。

現代科学が通用しないとなると、始まるのは際限なき魔女狩りである。卵とフケが見分けられないため、学校でクラスに何人かはいる「ちょっと不潔な子」は直ちに虐めの対象になり、殺されたりした。

上着の肩に白いフケが、なんていうことは最大の禁忌になったが、完全にフケを落とさないことは不可能だから、フケが目立たないように白い上着が流行、と思えば、むしろ目立たせたほうが安全、いやそれは卵を撒き散らして危険である、といった具合で世論は二転三転、その度に金持ちから貧乏人まで新しい上着を買う羽目になった。

最終的に雨合羽か防護服のようなビニールツナギが流行することで一応この問題は落ち着きをみた。

それから今迄嘲笑の対象だったハゲ、スキンヘッドが健康の象徴とされ、結婚前に頭髪を永久脱毛するのが相手方に対するマナーと言われ、「ビニール帽はもういらない!婚活前の永久脱毛!」とか、「髪の毛バイバイ!自分でできる頭髪脱毛」なんて標語が広告に載り、実際私の周りにもそうした人がかなりいた。取り除いた髪の毛の代わりに黒く刺青する人もいたようである。


と、ここまでが発見から半年間の出来事なのだが、この頃事態が急変する。

脳喰虫に対する特効薬が発明されたのである。

これは虫を殺すのではなく剥がすのに特化していて、シャンプーの要領で簡単に使用できた。シラミ薬を想像してもらうとわかりやすいと思う。剥がした虫は放っておいても養分不足で餓死するので、駆除も同時にできる優れものであった。価格も政府の援助もあり貧困層でも楽に手に入れられた。


さて、特効薬普及により明らかになったことだが、これを使ってみて、実際に虫が剥がれてきた人はほぼいなかった。つまり、殆どの人はキャリアーではなかったし、感染の拡大もヒステリーに陥るレベルでは全くなかったのである。そもそもが死者統計を見てみても、他の疫病をよっぽど心配するべき人数であった。

世間は急速に冷静になり、残ったのは大量の予防グッズ、それに若くして自ら望んだ輝くハゲだけであった。

その後多少の自殺者を出したものの、虫による直接の死者数は減少を辿り、発見から二年後にして今月ゼロを記録したため、こうして文章にした次第である。世の中はすっかり元どおり、ビニール服は見なくなり、電車の席は今朝も満席、ハゲは嘲笑われている。

私も妻がショートカットにするくらいで済んでホッとしているところである。

病気が治れば粥が不味く感じられるように、やっぱりハゲの女の子は嫌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る