響都イメジェン

黒幕横丁

第1話 響都イメジェン



 これは、『創る物語』ではない、『創らされた物語』である。


 点滅するカーソルがここ一時間ずっと黒く染まった目で私はずっと眺めていた。

 下手の横好きで小説などを書いているか、最近になってはソレすらも苦痛になってきている。

 周りは才能に溢れている、賞を受賞する者、小説で仕事を貰う者、はたまた人気が出て書籍化する者。

 私にはそんな奇跡は全く起こらない。

 奇跡が起こらない私には何も残ることは無い。


 私は才能のカケラもない凡人そのものである。ただ、“物書き”という仮初めを身に纏って、ただただ物語を紡いでいく人生を送っている。

 惨めに欲して乞うて、才に秀でた人々の周りをただただウロウロとして生きているだけの人生。

 あの才能の塊たちの輝きの中に私は混ざって加わることが一生出来ない。あの光は私には眩しすぎて息をすることも出来ない。

 だから私は孤独だ。

 誰も私のことなど気にすることも無ければ見向きもしないだろう。


 そうやって寂しく死んでいくのだ。


『そうやってまたお前は可哀想な自分を演じるのかい?』

『無様だね』


 私を否定する幻聴が聞こえる。

 演じているのではないコレは私の……。


『孤独に生きているフリをして、あの場所に憧れを抱いている』

『溶け込めないと言っている癖に、いつかはあの場所へ立ちたいと思っている』

《そうやって、悲劇を演じているのはお前自身じゃないか!》


 やめろ!

 幻聴を断ち切るように私は咄嗟に耳を塞ぐ。

 しかし、幻聴は止まることはない。


『お前は嫉妬をしているんだ』


 違う。私に嫉妬なんて感情はもう枯れ果ててしまった。

 才能を持たない私なんて“憎い”という感情さえ持ってはいけないだろうから。


『嘘だね』

『お前は自分より秀でた人間が憎くて憎くてたまらない』

『どうして周りは認めてもらえているのに、自分は認めてもらえないのかと恨んでいる』

『どうして自分にはスポットライトが当たらないのかと嘆いている』

《それは嫉妬だ》


 耳を塞いだままブンブンと首を振る。

 断じて違う、それは断じて。


『いい加減目を背けないで見なよ』

『現実ってもんをさ』


 その声にハッとすると、其処には白髪と黒髪の青年が私の前に立っていた。


「お前たちは……」

『お前のココロそのものさ』

 白髪で褐色の肌の青年が嗤う。

『お前のココロの幻想さ』

 黒髪で白肌の青年も嗤う。

《そして、それを生み出したのはおまえ自身さ》

 二人は私を指差す。

『お前の人生って面白みのカケラもないよネ。まるでお前が作り出した世界のように』

 白髪の青年の手には何時の間にか山ほどの紙の束が現れていた。

『愚鈍で』

『無知で』

『自分よがりで』

『でも自分には自信が無くて』

 違う。

『醜行で』

『妄挙で』

『誰も自分なんて認めてもらえないなんて分かりきっているのに』

『それでも認めて欲しくて今日も救いを乞いて』

 ヤメロ。

『中途半端に諦めきれずにこうして今も書いている』

『駄作ばかりを量産している』

『アイツのより優れているハズなのにどうして認められないのか』

『彼女より書いている期間は長いハズなのにどうして売れないのか』

『どうして』

『ドウシテ』

『そうして永久に抜け出せない沼に嵌る』

『劣等感に苛まれ続ける』

 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!

 脳に響き渡るそんな言葉に私はただただ遮ろうとすることしか出来ない。


『認めて欲しい』

『自分の存在を証明して欲しい』

『あの輪の中に入りたい』

『周囲から称えられたい』

『楽をしたい』

『苦しいのは嫌だ』

『尊敬されたい』

『馬鹿にされたくない』

《しかし、お前はそれすら変える事が出来ないクズだと自分で自覚している》


 もうヤメロ!


《自分がクズだと思うのならクズはクズなりに惨めに死になよ》

《それが自分のココロ、本心なんだろ?》


 やめてくれ……。

 私の机の上で打ちひしがれる。


 すると、ビリビリと何かが破かれる音が聞こえる。

 顔を上げると、白髪の青年が紙の束を破き始める。

 よく見ると、ソレは……、


 私が書き上げた作品達だった。



『こんな人生』

 ビリビリと白髪の少年は原稿を破るのをやめない。

『終わらせたほうがいい』

 黒髪の青年も同様に破り始めた。

《この紙吹雪のように儚く惨めに終わればいい》

 二人の青年が破いた紙を天井に向かって放り投げる。

 すると、破られた紙はまるで雪のように部屋中を舞い始めた。


 私は、


 私の人生は、本当に非生産性のないものなのだろう。


 だから、彼らの言うとおりに……。


『お前には最後の役割をあげよう』

『お前にしか出来ないことさ』


 青年達は真っ白な原稿用紙と赤黒い万年筆を私に手渡す。


「これは」

『これでお前の最後の“響き”を紡ごうじゃないか』

『文字通り“集大成”だ』

『これでお前“理想郷”を描け』

『誰にも何も言われず邪魔されることのない“世界”を』


《――さぁ、お前の最後の作品をココに開幕しようじゃないか》


 彼らに導かれるままに私は書く。

 永久に終わらない物語を。

 私の“命”を使った物語を。


 ――これは、私の最後の“響き”を騙った都の物語。


 響都イメジェン。



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