真昼の決闘in21

冷門 風之助 

その1 発端

 その日、俺は日本橋の某老舗大百貨店にいた。

 1階のエレベーター近く、時刻は間もなく正午になろうかというところである。

 さっきから柱にもたれ、売り場をじっと観察していた。

 ウィークデーの百貨店だ。

 流石に土日祝日ほどという訳には行かないが、それでも都心の繁華街、銀座である。

 そこそこの出入りはあるものだ。

 俺はもう小一時間も、この場所に立って人の流れを見ている。

(文無しの私立探偵が随分暇だな。平日に百貨店なんかで)って声がどこからか飛んできそうだが、当たり前だよ。デパートでぼうっと立ってる趣味はない。

 仕事に決まってるだろ。

 

 その人は『親分からの紹介だ』といって、俺の事務所のソファに腰を下ろす前に深々と頭を下げ、黙って懐に手を入れると、通常より大ぶりの名刺を差し出した。

(親分てのはもう誰だか分かるだろ?)

『桑山物産社長・桑山仙蔵』

 太明朝体とでもいうんだろう。大きな活字でそれだけが書かれてあり、隅に小さく電話番号があるきりだった。

 それだけで、己の存在を知らしめているような、そんな風に感じられる。

 角刈りで半白の頭髪、痩せてはいるが、決して弱弱しい感じをみせない、そんな風貌をしていた。

『確かに「親分」からは連絡を頂いてますが・・・・』

 俺は名刺を取り、それをしまうと、そういって彼にコーヒーを勧めた。

『なら、こっちも話しやすい。』

『しかしまだ私は引き受けるとも引き受けないとも言ってませんよ』

『いや、引き受けて貰う。引き受けて貰わねぇと困るんだ。あんたしか頼る術はねぇんだよ』

 桑山仙蔵氏はそういって、片側の袖からロングピースを取り出し、俺に『喫ってもいいか?』と訊ね、オーケーすると、筒形のシガレットホルダーを出して一本を嵌めてライターで火を点けた。

『親分の伝手・・・・ということからも、大方察しはつくと思うが、俺も昔はカタギじゃなかった。とはいっても親分みてぇな「その筋」じゃあねぇ。俺はこっちの方だ』

 そう言って桑山氏は、右手の人差し指を鍵のように曲げて見せた。

『掏摸(スリ)ですか?』

 俺の問いに、彼は胸一杯にロングピースの辛い煙を喫い、思い切り宙に向けて吐き出す。

 桑山氏は、ある有名な掏摸の一家に弟子入りし、やがては師匠の娘を嫁に貰って、一家を束ねるようになった。

 一口に『掏摸』といっても色々ある。

 もっぱら電車やバス等、公共交通機関等での仕事を中心にする者を、

『ハコ師』という。

 百貨店、ショッピングセンター、大病院等の建物で仕事を行う者、これを

『ヒラバ師』。

 その他にも場所によって、彼ら独特の隠語があるようだが、とりあえずこの位にしておこう。

 桑山氏はこの『ハコ師』と『ヒラバ師』の両方を束ねていた、いってみれば掏摸の大元締めのようなものだった。

 どっちにしろ犯罪には違いないわけだが、彼らには彼らなりの掟のようなものがあったらしい。

一、貧乏人の財布はねらわないこと。

二、パクられた時には大人しく捕まる。

三、カミソリなどの刃物は使わない。

この三つを子分たちに徹底させていたという。

 それだけではない。

 盗んだ品や金銭は全てばれないように処分するルートをちゃんとこしらえておいたのだという。

 しかし、世の流れとよる年波には逆らえず、桑山氏は60歳を過ぎた時を境にして一家を解散した。

『俺自身、ムショとシャバを出たり入ったりの生活に疲れたってこともあったがな』

 氏は苦く笑って、テーブルに置いたガラスの灰皿にロングピースをもみ消し、また一本を取り出した。











 

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