その8

 そして、屋上に二人だけが残った。


 お互いに気持ちが落ち着いてほっとしたせいか、なんとなく目が合ってしまった。


 キザムは改めて流玲の顔をじっくりと見つめた。


 こうして二人で一緒にいられることがまだ少し信じられなかった。


 思い返してみると──。



 何度もタイムループした世界で、いろいろな悲劇が起きて、いろいろな経験をした。


 何度もタイムループした世界で、何度も死んでは、その度に何度も生き返った。


 何度もタイムループした世界で、多くの人の死を目の当たりにして、少なからずの人を死から救った。


 何度もタイムループした世界で、人間の卑しき裏の顔を見て絶望し、逆に人間の優しき顔を見て希望も見出した。



 だからこそ、何度も立ち上がることが出来た。そして、ゾンビカタストロフィーに立ち向かうことが出来たのだ。



 考えてみると──そもそも、ゾンビカタストロフィーとはいったい何だったのか? 



 もしかしたら──進みすぎた医療の果てに起きた人間のエゴが招いた大惨事だったのかもしれない。


 あるいは──遺伝子治療という神の絶対的な領域に、無断で足を踏み入れた人類に対する、神からのある種の警告だったのかもしれない。



 今も答えはまだ見付からない。いや、もしかしたら、これからの人生の中で、その答えを見付けることになるのかもしれない。


 それこそが、キザムに課せられた人生をかけての大きな宿題なのかもしれない。


 でも、今は、今だけは──束の間でもいいから──。



 こうして流玲と一緒にいられる幸せな気分に、のんびりと浸っていたかった。この幸せな瞬間を守る為に、命懸けでゾンビカタストロフィーの脅威と戦ってきたのだから──。



「──ん? キザムくん、どうしたの? わたしの顔をじっと見たりして?」


 考えに没入するキザムの様子が不思議だったのか、流玲が小首を傾げた。


「あっ、うん……いや、ちょっと考え事をしていて……」


 キザムは流玲に指摘されて、慌てて視線を明後日の方に振り向けた。二人きりでいることに、まだまだ照れがあるのだ。


「ねえ、キザムくん。午後からの授業にはまだ時間があるけれど、この後どうする? わたしたちも教室に戻る?」


「そうだね、早めに教室に戻らないと、カケルにまた何を言われるか分かったもんじゃないから……」


「それじゃ、教室に戻ろうか。あっ、でもその前に、キザムくんは薬を飲まないといけないんじゃなかったの?」


 そこまで言ったところで、不意に流玲は距離を詰めてきて、キザムの目の前にやってきた。顔にイタズラっぽい笑顔を浮かべている。


「──それとも薬を飲む前に、もう一度キスをして安全を確認してみる?」


「えっ、流玲さん……あの、それは……」


「大丈夫だよ。屋上にはわたしたち以外は誰もいないから」


「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて……つまり、その……」


 積極的な流玲に完全に押され気味のキザムだった。



 なんだか、この先いろいろと流玲さんに振り回されそうな予感がするけど、それってぼくの思い違いかな?



 脳裏でそんなことをついつい考えてしまう。



 でも、こういう形の終わり方も、ハッピーエンドと言ってもいいんだよね? 



 キザムは誰にというわけでもなく、心の中で自分自身にそう問い掛けるのだった。


「キザムくん、どうするの? このまま教室に戻る? それとも──」


 答えを急かしてくる流玲に対して、キザムが出した答えは──。


 

 二人の顔がゆっくりと近付いていき、やがて二人の唇がそっと──。

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