その4
「どうやら、私が説明するのが一番良さそうな感じみたいね」
その場の重たい雰囲気に似つかわしくない軽い口調とともに屋上に姿を見せたのは、果たして──。
「沙世理先生……どうしてここに……?」
キザムは思いもよらない闖入者の姿を見て、しかし、極限にあった緊張感が少しだけ緩むのを感じた。沙世理がいてくれれば、この膠着状態がなんとか出来るかもしれないと考えたのである。
「校庭に避難してきた村咲くんから話を聞いて、ここに駆けつけて来たのよ」
沙世理の回答は単純明快だった。
「村咲さんか……」
村咲が別れ際に、キザムたちのことを先生に伝えると言っていたことをキザムは思い出した。
「でも沙世理先生、わざわざ危険を冒してまで屋上に来るなんて──」
「──キザム、早合点はしない方がいいぞ」
沙世理の登場にほっとしかけていたキザムの気持ちにまるで水を差すように、カケルが厳しい声で警告してきた。
「カケル、どういうことだよ? 沙世理先生はぼくたちのことを心配して、こうして来てくれたんじゃ──」
「もしかしたら、ここに来るんじゃないかと思っていましたよ」
カケルがキザムの質問を無視して、沙世理に疑心に満ちた視線を振り向けた。生徒が教師を見つめる目ではなかった。
思い返してみると、カケルは沙世理に対して、常に一定の距離を置いていた。キザムはてっきり二人は馬が合わないだけだと思っていたのだが、どうやらそれは思い違いだったみたいだ。二人の様子を見る限り、何か二人にしか分からない秘密がありそうだと感じられた。
「あら、ミステリーでは最後に関係者がひとつの場所に集まるのが定石でしょう。私もそれに倣っただけのことよ」
沙世理の口調は相変わらず軽い。
「えっ、沙世理先生は関係者っていうことなの……?」
沙世理は今はっきりと関係者という単語を発した。しかしキザムの知る限り、この大惨事において沙世理はただの養護教諭という役割でしかなかったはずだ。キザムの体調を常に案じてくれる優しい養護教諭。だからこそ、キザムは自分の身に起きたタイムループ現象について、真っ先に沙世理に相談したのである。
「もしかして、ぼくがタイムループのことを相談したから、沙世理先生は関係者になったわけなの……?」
それはありえることだと思った。だが、カケルの見解はまるで違った。
「いや、キザム、そうじゃないんだよ。先生は初めからこの一件の関係者だったんだよ。もしかしたら、おまえが先生に相談したのも、そういう運命めいた流れがあったのかもしれないな」
カケルは随分と持って回った言い方をしたが、意味はなんとなく理解出来た。キザムが沙世理にタイムループのことを相談しなくとも、沙世理が関係者だったことに変わりはないということなのだ。
では、なぜ沙世理は関係者という立ち位置にいるのか?
そこがまだ分からなかった。
「私のことは何から何までお見通しということみたいね」
沙世理の言葉の端々には、皮肉めいた響きが見え隠れしていた。どうもいつもの沙世理の様子と違っていた。キザムの知らない沙世理の顔がそこにあった。
「あなたたち三人の会話は全部、屋上のドアの裏で隠れて聞かせてもらったわ。風上くん、あなたがなぜ私のことをそこまで警戒していたのかも、ようやく理由が分かったわ。あなたは未来から来ていて、私のことを初めから知っていたというわけね」
「──この学校のデータは全部調べましたから。先生のこともしっかりチェックさせてもらいました」
「おいカケル、その言い方だと、まるで沙世理先生のことを疑っているみたいに聞こえるぞ」
キザムは蚊帳の外に置かれないように、慌てて口を挟んだ。
「キザム、オレは実際に先生のことをずっと疑っていたんだよ。なぜならば、先生の正体は──」
カケルはそこで一回言葉を区切った。沙世理の顔色をちらっと見て、この先を本当に言ってもいいのかと窺う素振りを見せた。
「ここまできたら、もう土岐野くんには包み隠さずに話した方がいいんじゃないかしら」
「──沙世理先生、なんで急にぼくの名前が出てくるんですか?」
不意に自分の名前を出されて、キザムは狼狽した。てっきりカケルと沙世理だけの話だと思っていたのだ。
「土岐野くん、これから風上くんが話そうとしている事柄には、あなたのことも含まれているのよ。そのことを風上くんは初めから知っていながら、あなたにはずっと隠していたのよ」
話が自分の知らない未知の方に向かっていく。カケルは秘密にしていたことはすべて話してくれたと思っていたが、どうやらまだキザムに隠し事があるらしい。
カケルはぼくに何を隠しているんだ? 自分の身に起きた惨劇の事を教えてくれたカケルがそこまでして隠し通そうとするものは、いったい何なんだ?
キザムは頭に思い浮かんだ疑問の回答を必死に探す。しかし、まるっきり答えを見出せなかった。
「そういうことならば、ここではっきり言わせてもらうよ」
カケルがゆっくりと口を開いた。
「キザム、先生が言う通り、これからオレが話すことには、おまえについての話も含まれているから、しっかりと聞いていてくれよ」
そう前置きをした上で、カケルは本題に入っていった。
「いいか、キザム。沙世理先生はな──馳蔵医師の婚約者なんだよ」
カケルの口から出てきた思いもよらない人物の名前。
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