第四十四話 元引きこもりと泥沼サロン事件 前編

 もう一度依頼と作戦を確認しておこう。

 今回の依頼者は茶道サークル『元禄茶道会』に所属するA子さん(仮名)だ。部室棟で同室のバロックアンサンブル愛好会との仲を取り持ってほしいということらしい。

 なにも5年ほど同室だそうだが、部員同士の仲が悪すぎるらしくいつ本格的な喧嘩になるかわからないので、我々に仲裁してほしいとのこと。


「俺たちでいいのかなあ?」

「どうしようもなくなったんでしょ。闇金に頼るようなものよ。わたしたちなら気づかれないように仕事ができるし」

「闇金って認めちゃったよ」


 テレシアと軽口を叩きながらも、俺たちは部室棟325号室前にたどり着いた。


 まずは俺とテレシアが新入部員として潜入し内情を探り、その間に悪名が広がって派手に動けない冥子さんと御伽さんは別ルートから解決策を探る算段だ。


「よし、行くぞ。準備はいいか?」

「もちろんよ」


 俺とテレシアは目を合わせて頷くと、ドアをノックした。



「予想以上だったね……」

「そうね……」


 部室棟からの帰り道、俺とテレシアはげんなりと言葉を交わした。


 さて、俺たちが入部希望者として潜入した際の描写を事細かく行うのは大変気が引けるので割愛させてもらうが、元茶会とバロックアンサンブル愛好会の確執というものは予想以上に根深いものだということが分かった。常に一触即発の雰囲気だ。同じ空間にいただけで俺もテレシアもぐったりである。


 元を辿れば、静寂さを必要とする元茶会と活動の都合上絶対に音が出るバロックの活動時間がかぶってしまったのが原因なのだそうだ。どちらかが譲ればいいものの、双方意地を張って後戻りできなくなり……というのが現状だ。


「お互い話し合いができるようにテーブルを作ればいいじゃない」

「それができないから俺たちに頼ったんだろ?」


 部室棟運営委員会に申請して話し合いの場を設けてもらったらしいが、話は堂々巡りで一向に解決しなかったらしい。


「……難儀なものね」

「冥子さんがやりたがらないわけだよ。あの人こういうの嫌いだし」


 二人ともため息交じりだった。気が進まない……


「とりあえず情報を整理しようか」

「そうね」

「えっと、知ってると思うけど、バロックは部員8名で、男女半々だ」

「元茶会も全く同じ構成よ、男子4人に女子4人」

「それで、代表はE太郎(仮名)さんで、法学部。なんか話した後に左の頬を撫でる癖がある」

「え、ちょっと待って」


 俺のどうでもいい補足情報を聴いたテレシアが立ち止まった。なにか気になるのだろうか。


「こっちの代表のI子(仮名)さんも話した後に左のほっぺたを擦ってたわ」

「え?」

「それって、もしかすると……」

「? どゆこと?」


 テレシアは何かに気付いたようだ。なんだろう? 敵対するサークルの代表二人が同じ癖を持っているのがなにか重要なのか?


「……いいえ、きっと気のせいよ」


 そんな風なことを呟くと、テレシアは再び歩き出した。

 俺もそれを深く追求するようなことをせず、その日はそれで解散となった。



「ただいま~」

「あ、きょーくんおかえり! ごはんにする? お風呂にする? それともぉ……C・A・L・L・O・F・D・U・T・Y♡?」

「やんないよ?」


 なんで疲れて帰って来たところに重めのFPSなんだよ。


「あれ、夏南は今日大学行った?」

「もちろん。サークルないから早く帰ってきちゃった。きょーくんこそ遅いね」

「……久しぶりにサークルに顔を出しててね」

「あー、ボランティアサークルだっけ? きょーくんは優しいね。自分も大変だったのに」

「うん、まあ……」


 歯切れの悪い俺だった。


「って……お姉さんは?」

「さあ? 出かけてるみたい」

「そうなんだ」


 珍しい。お姉さんは基本的にインドア派だ。何か用事があるのだろうか。というか普段あの人何してるの? 働いてはいないみたいだけど……


「ご飯、一応用意してるけどどうする? あたしはもう食べちゃった」

「食べたいな」

「はーい」


 キッチンに消えていく夏南の背中を眺めながら、俺は先ほどの疑問を彼女に投げてみようと思った。



「そんなの絶対付き合ってるよ」


 夏南は断言した。


「え? 付き合ってるって……つまり恋人同士ってこと?」

「うん」


 いがみ合っているサークルの代表同士がカップルってことか? いやいや……


「だってすごい仲悪いんだぜ?」

「それはサークル同士の話でしょ? そういう状況の方が、余計恋の炎の温度を上げるんだよ」

「詳しいな……」

「当然でしょ。女子だもん」


 言われてみれば、テレシアもそんなことを考えていたのかもしれない。


「恋人同士になって一緒に過ごす時間が増えると、癖も似てくるの。サークルの先輩がそうだった」

「そうなんだ……」


 相変わらず美味しい夏南のご飯をつまみながら、俺は内心でげんなりしていた。


 面倒なことになった……


 テレシアも夏南もそう言うのなら、きっとそうだ。

 明日あたりにテレシアに相談してみるか。


 今はお腹が空いている。夏南の料理を冷ます手はない。


  

 ……その時の俺は知る由もない。

 この俺たちの小さな気付きが、のちにとんでもない事実を暗い水底から引き上げるということを……

 

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