第二十六話 空き巣と血のクリスマス
「電気消すね……」
げんなりとした夏南の声がして、部屋の明かりが落とされた。
いよいよ開戦だ……わくわくするぜ!
「具材は二種類よね?」
暗闇の中、向かい側でお姉さんが確認した。
「そうだよ。鍋はそんなに大きくないから、量は少なめに買ったよね」
俺は首肯した。
ちなみに、食卓の並び順は時計回りに俺、夏南、お姉さん、春姉ぇとなっている。
「よし、準備は整ったね」
俺はいよいよ食卓に置かれたカセットコンロのつまみに手を伸ばした。
「……こうなったら何としてでも生き残るよ」
「初めてだけど……まあ大丈夫よね……」
「今年もわたしの勝ちね~!」
「じゃあ……スタート!」
カチチチチチチチ……ボッ!
コンロに勢いよく火が灯された。
★
「じゃああたしから入れるね……」
聞きようによっては色っぽい台詞と共に、夏南が第一の具材を鍋に投入した。
とぽん……
うん? これは……なにか塊っぽい具を入れたな。夏南のことだから肉だろう。うーん……つくね団子とか?
このように、入れたときの音はξ当ての時のためのヒントとなる。
誰がどんな音を立てる具材を入れたのか、そこはよく記憶しておかなくてはならない。
「次は私ね」
お姉さんもおずおずと暗闇の中からパックのようなものを取り出すと、鍋にその中身を流し込んだ。
すささ……
「これは……野菜?」
夏南がぼそりと呟いた。
「案外楽しいじゃない!」
自分が入れた具材を他の人が推測するのが愉快なのだろう。尻込みしていたお姉さんのテンションも上がって来た。
「ですよね! よかったよかった。あ、次春姉ぇの番だよ」
「あら、そうだったかしら~?」
ほわほわとした返事と共に、春姉ぇもごそごそと足元からなにかを取り出した。コンロの火が春姉ぇの笑顔を下から照らし出していて怖い。いつもは優しげな糸目が今は魔王のように見える。
「……なにか失礼なことを考えたかしら~?」
「いえ全然!」
「……じゃあいくわよ~」
サーーーッ!!
「「「えッ!?」」」
春姉ぇ以外全員の悲鳴が闇にこだました。
え!? 粉末の音だよねそれ!? 何入れたの!? あ、出汁? 味の素みたいなやつ? そうだよね!? 信じてるよ!?
しかも……
サーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………
入れ過ぎじゃない!? 出汁にしたって入れ過ぎじゃない!? すごいしょっぱくなっちゃうよ!?
その間春姉ぇは無言でただ笑みを浮かべていた。
そしてすでに隣の夏南は涙目になり震え始めている。
やがて持っていた容器の内容物をすべて出し切ると、春姉ぇは手を引っ込めた。
「次は鏡ちゃんの番よ~?」
「ごくり……」
ここで気圧されてはいけない。春姉ぇが闇鍋で精神的な揺さぶりをかけてくるのはいつものことだ。
「よ、よし……」
俺は震える手を抑えるように、自分が用意した具材に手を伸ばした。
★
こうして具材投入パートは終了し、いよいよお待ちかねの実食パートである。
ここで生き残ることが、春姉ぇとの推理合戦に挑むための前提条件となる。
「い、いただきましゅ……」
憔悴しきった夏南を横目に、俺は決意を固めていた。
夏南は『なにか』を鍋から取り出し、自分のお椀に移すと、ふぅふぅとそれを冷ましてから恐る恐る口に運んで――
「……うッ!?」
夏南が短く呻いて机に突っ伏した。
「か、夏南!?」
慌てて近くで顔を確認すると、夏南の半開きになった目からはすでに光が消えていた。
「きょー……くん……やっぱり……今回も…だめ……だったよ…………がくっ」
「夏南ぁぁあああ!!」
まさかの初手ノックアウト……
「夏南が……脱落した……」
思わず全身から冷や汗が滲みだす。
原因は確実にお姉さんが最初に入れた謎の粉だろう。なぜか無臭なのが怖い。
「次……お姉さんの番ですよ……」
「…………はひ……」
完全に据わった目お姉さんが機械的に鍋に手を伸ばしていく。
何かを煮え立つ鍋からつまみ出したようだが、もはやそれがなんなのかはどうでもいいようだ。
覚悟を決めた目でそれを口に運ぶ……
「ッ! !? うぐぅ……」
口にそれを入れて一瞬……やはりお姉さんも夏南と同じ反応をした。コンロの火に照らされたお姉さんの顔には、玉のように汗が浮かんでいる。あの反応……まさか。
「~~~~~~~~ッ!」
しかしそこはお姉さんだ。夏南を一瞬で食卓の上に沈めた凶悪な鍋の味を、ぷるぷると震えながらも耐えきっている。
「なかなかやるじゃな~い」
これには春姉ぇもにっこりだ。……いつもニコニコしているが。
「じゃあわたしもいただくわね~」
お姉さんの生存を確認してから、春姉ぇも鍋に手を付けた。鍋の中を大事件にした張本人だ。ここは難なくクリアできるだろう。
そう、もうお分かりだと思うが。鍋の具材に凶悪なものを混入させるということは、自分のそれを食すというリスクを背負うということなのだ。自分は平気でも他人は『オトす』そんな具材を見つけることが勝負のカギとなる。
「おいしいわ~」
「くっ……」
さすがは春姉ぇ……如才ないな……
特になにか苦しんでいる様子はない。いよいよ何が鍋に入れられたのか気になるところだった。
「よし……いよいよ俺の番だな……」
ここまで来て気力で負けるわけにはいかない。俺は奮起して鍋の中身を取り出した。つまんだ感じ……これは野菜か? 白菜とかそういう葉物野菜のような薄さだ。
「……」
ままよ! と俺はその白菜と思しき具材を口に放り込んだ。
次の瞬間には口内が焼け野原になった。
「か、辛い! というか痛い!!」
むりむりむりむり!! これはやばすぎるって!
華道で使う剣山を5000℃に加熱したうえで舌に押し付けられてえぐり込まれるような激烈な辛さだ!
「ひ、
「違うわよ~」
俺の悲鳴に、春姉ぇが邪悪に微笑んだ。
「ジョロキア~❤」
「
「うふふ~❤」
平和な土鍋から一転。地獄の巨釜と化した食卓の前で、地獄の鬼と化した春姉ぇが嗤った。
「全員昇天させてあげるわ~❤」
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