空き巣犯のポンコツ巨乳お姉さんが口封じをしてくるせいで俺の貞操と命が危ないんだが

 階段を降りると、お姉さんは丁度起きたところだった。

 ソファの上でぽへ~~~っとしている。


 こうしてみるといつものお姉さんって感じでなんだかほっとする。


「おはようございます」


 と、階段を下りながら声をかけると、お姉さんはぴくりと反応した。

 そして跳ねるようにソファから飛び上がると並んで階段を降りた俺と夏南の下に猛然と走り寄って――


 俺たちをまとめて抱きかかえた。


「ありがとうっ!!!!!!」


「お、お姉さん!?」

「ちょっと……」


 お姉さんの纏う甘い香りが俺たちをふわっと包み込んで、否応なく暖かい気持ちになる。

 そうか、俺はお姉さんを連れ戻せたんだ……


「べ、別にあんたのためにやったわけじゃないから……」

「ちゅ~~~~~~~~!!!」

「調子に乗るな!!」

「あぶしッ!」


 お姉さんは照れる夏南に熱烈なキスをしようとして激烈なビンタをくらっていた。二人とも……


 ビンタされた勢いそのままに顔をこちらに向けたお姉さんと目が合う。

 お姉さんはなにか頼もしいものを見る目で俺の目を覗き込んでから、きりりとした表情で言葉を発した。左頬に赤い手形ついてますよ。


「来てくれてありがとう、少年。信じてたわよ」

「何も言わずに出て行っちゃうなんてひどいじゃないですか」

「いい女は去り際が潔いのよ」


 そんな顔で言われてもぐっと来ないけど……

 結局戻ってきちゃってるし。


 でも相変わらず肝心なところでポンコツなお姉さんがたまらなく懐かしくて、俺は胸に去来する熱い感情を抑えるのに精いっぱいだった。死んだってお姉さんに涙は見せたくない。


 そんなときに――


 ピンポーーン……


「もう……なによいいところなのに!」

「チャイムだ……嫌な予感がする……」


 こんな朝っぱらからインターホンが鳴るような用事はない。

 ここ最近インターホンが鳴るたびに大事件が起きているので、正直あまり関わりたくないが……


 お姉さんが抱擁を解いて、俺たちはしぶしぶ玄関へ向かった。



「げ……」

「え? きょーくんの知り合い? すごい着物美人……」


 お姉さんのお母さんだ……


 なんでうちの前に……


「まあ、そうよね。逃避行するわけでもなく鏡太君の家に戻ったのだもの。場所も割れるわ」


 予想に反してお姉さんは毅然としている。なるほどしがらみに捕らわれていた自分とは決別したということだろうか。


「鏡太君は下がっていいわ。ここは私が対応します」


 ぐいっと前に出ると、お姉さんは迷いなく玄関の扉を開いた。


「お母様、私はぁぁああああらあらららららら~~~!?!?」


 そして扉を開けて母親に物申そうとした途端、お姉さんは玄関先に一人でビシッと立っていたお母さんに襟元と袖口を掴まれた。あの構え……もしや!


「ふんッ!!」


 裂帛の気合いと共にお母さんが大きく体をひねり、お母さんは全力でお姉さんを投げ飛ばした!


「へぶにゃんッ!?」


 お姉さんは砲弾もかくやという勢いでリビングをぶっとんでいき……


 バリィィイイイン!!


 窓ガラスをぶち破って庭に着弾した……

 あのガラス替えたばっかりなのに……


「…………ひぃぃ」


 夏南が怯え切って俺の腰にしがみついてしまっている。


「え……? え?」


 秋洲母の突然の蛮行に驚いて声を発せないでいると、当の本人は俺を前にして深々と頭を下げた。


「うちの娘が大変なご迷惑をおかけしました」



「わざわざお宅にまで上げていただき恐縮です」

「あ、いえいえこちらこそ……勝手に侵入しちゃってごめんなさい……?」


 数分後、俺とお姉さんのお母さんは食卓を挟んでいた。

 夏南は気を使って他の部屋に行ってしまった。

 面と向かうとこちらが緊張しきってしまって俺はさっきから目を逸らしっぱなしだ。今思えばよくこの人の目の前からお姉さんを連れ去ることができたな……


「改めまして、秋洲香波の母の香海こうみです。そちらは八咫野鏡太様でよろしいでしょうか?」

「あ、はい……あの、『様』はちょっと……」


 プレッシャーで死んでしまう。

 そんな俺の主張に虚を突かれたように眉を上げると、香海さんは戸惑いがちに口を開いた。え、もしかしてご自身の発する気迫に無自覚であられる……?


「では『鏡太さん』ということにしましょう」

「それでお願いします……」


 香海さんは見事な所作で一口お茶をすすると、真剣な面持ちで俺に向き直った。きりっとした目元がお姉さんにそっくりだ。


「あの後事情を調べるうちに、どうも香波のほうがこのお宅に不法に侵入していたことが分かりまして、それも知らずにこちらはなんと失礼なことをしてしまったのかと……」


 ソファで伸びたまま目を回している娘を見遣ってから、香海さんは申し訳なさそうな顔をした。


「こんなことをしでかした娘を百目鬼様との縁談に出すわけにもいかず、どうもあちら様もあちら様の事情で縁談にも消極的になりまして……当然このお話は流れました」


 香海さんはそう報告すると、少し声を潜めて俺に顔を近づけた。


「……娘はどのようにしてお宅に?」

「あの窓ガラスをぶち破って入ってきました……」

「……」


 俺が指さした窓ガラスに目をやると、香海さんは自分が娘を同じ窓ガラスをぶち破ったことに気が付き、少し赤面した。


「……少し感情的になりすぎました」


 少し……?

 さておき、どうもお姉さんのポンコツの片鱗が、目の前のこの女性からも見え隠れするような気がした。


「……娘は、夫のこと――彼女の父親のことが大好きでした」


 香海さんは語り始める。


「夫は好奇心が強く、行動力もあり、知的欲求のためなら多少の危険は顧みない人です。重苦しい旧家の雰囲気の中でもその気風を失うことのない父に、娘は憧れを抱いていたようなのです」

「そうだったんですか……」

「ですから女性らしくはないと思いながらも、私たちは娘の思うままに学ばせ、行動させ、遊ばせてきました。……夫がこの世を去るまでは」


 一つ溜息をついて、香海さんは苦い表情で再びお茶を啜った。


「ここへきて、香波が家を継ぐことが重要になって来たのです。そういったしがらみに耐えられるような教育をしてきたわけではないことは分かっていますが、お家からの圧力も大きく……」


 今度は自虐的な表情になると、香海さんは俺の目を見る。


「憧れの人を失い誰よりも傷ついていた香波の気持ちも考えず、私は『家を継ぐ』ためのありようを、娘に押し付けてしまったのです」

「それは……」

「悪いのは香波ではありません。弱かった私です。冷静に考えれば鎌倉時代から続いた伝統など、娘の幸せに比べれば塵芥ほどの価値もないとわかるというのに……鏡太さんに言われるまでは盲目でした」


 目に見えてしょんぼりしている香海さんがいたたまれなくて、俺はつい思ったことを言ってしまった。


「そ、そんな自罰的に言わなくても……その、旦那さんが亡くなって悲しいのは香海さんもそうでしょうし……悪いのは香波さんでも香海さんでもないと思います……よ……?」

「……ッ」

「あ、いやすいません出すぎたことをいいましたごめんなさいごめんなさい投げ飛ばさないで――」

「……なるほど」


 香海さんははっとした表情をした後、なぜか『なるほど』と呟いて俺の顔をまじまじと眺め始めた。そしてなにかをぶつぶつと小声で呟きながら思案し出す。


「なぜこのような冴えない感じでの幼い見た目の青年を気に入っているのか疑問ではありましたか……なるほど……目的のためなら危険を顧みない甲斐性……そしてこの切り返しとジゴロぶり……なるほどなるほど……これは……」


 いかんせん小声なので何を言っているのかは分からないが、俺は冷や汗を滝のように流してその意味ありげな思案に恐怖していた。俺がナイアガラだ。


 そして香海さんが思考を初めて約一分後……


「……鏡太さん、婿養子に興味はございませんか?」

「なんの話!?」


 突然顔面にパンチをくらったような衝撃を受けて、俺はのけぞった。


「事情を聴くに鏡太さんもご身内に不幸がありました様子。ここは盤石の秋洲家に入っておくのも損な話ではないと思いますが?」

「いやいやいや急すぎますって……!」

「それに……娘の香波は少々――いや大分奔放ではありますが……親から見てもそれなりに器量はいいものだと思っておりますし……香波のような女性はお好きではありませんか?」

「お好きではって……」


 ドストライクに決まってるじゃん……

 じゃなくって!


 夏南との約束もある。男として成長して覚悟を決めないうちには流されてはいけない。


「や、やっぱり急すぎます! そんなすぐに決められるものではないですよ……!」

「……それもそうですね」


 香海さんはそっと椅子を引くと、優雅に立ち上がった。


「では……長居しても迷惑でしょうから私はこれで。娘は……」


 そこで言い淀んだ香海さんに、俺は助け舟を出す。


「香波さんのしたいようにさせていただければ」

「痛み入ります」


 嫁入り前の娘を人の家に預けるとは言いにくいのだろう。でもお姉さんの方も今は実家と距離を開けたいだろうから、いましばらくはこの家にいてもらおう。


「……それで、娘とは少し話したいことがありますので、少しの間二人にしていただいてもよろしいですか?」

「? もちろんいいですよ」

「ありがとうございます」


 香海さんは深々と会釈をすると、せいッ! と素早い手刀をを気絶しているお姉さんに叩き込んで瞬時に覚醒させた。えぇ……

 そしてそのままお姉さんを担ぎ上げて、俺の案内した書斎に連れ去る。


 うーん……


 秋洲家……なんと恐ろしい一族……


「はぁぁあ……」


 俺はあくびを漏らした。


 昨晩泥のように眠ったとはいえ、やはりまだ疲れが残っている。

 ちょっと部屋で仮眠でも取ろうかな……



 体に何かがのしかかっているかのような息苦しさを覚えて俺は目を覚ました。



 全裸のお姉さんが俺の上に馬乗りになっていた。



「って、えぇぇぇえええええええ!!!!」

「ちょっと! 鏡太君静かにしなさい」

「いやだめでしょ!!」


 出会って間もないころの記憶がフラッシュバックする。


「あんた何してんの!?」

「黙って私と既成事実を作りなさい! さもなくば……」

「さ、さもなくば……?」

「私がお母様に殺されるわ」

「いや脅されてるじゃねえか!!」

「『空き巣のこと口封じするにはあの青年を篭絡するしかありません。できなかったときは……わかりますね?』って言われたのよ!!!」

「母娘ともども頭おかしいだろ!」


 娘になに吹き込んでんの香海さん!?

 必死で目を逸らしながらお姉さんの猛攻を掻い潜っていると、どたどたと不穏な足音が響いて俺の部屋の扉が蹴り開けられた。


「きょーくん!? 大丈夫!? って……」


 あ、終わった……


「てめぇなにやってんだこのクソビ○チがぁぁあああーー!!!」

「邪魔するんじゃないわよこのちんちくりん!!」

「ぶっ殺す!」

「やめて二人とも! 俺のために争わないで!」

「きょーくんは黙ってて!」「鏡太君は黙ってて!」

「はい」


 家が倒壊しかねないほどの格闘を繰り広げる二人を虚しく眺めてから、俺はそっと仰向けになった。



 どうやらこの日常はまだしばらく続きそうだった。

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