第十九話 引きこもりとゲームオーバー(?)

「おにいさん、なにしてるのー?」


 そんな声が背後から聞こえて、俺は冷や汗をかきながら振り向いた。


 着物姿の幼女だ……幼女にばれてしまった……


「どろぼーさん?」

『鏡ちゃん? ここはごまかすのよ~』

「……はっ!? いや違う! 違う違う! 違うよ!」


 俺はちんまりとした幼女を前にあたふたと弁明を始めた。我ながら情けない……


「えーっと……そう! 俺サンタさん! サンタクロースだよ!」

「……」


 あ、終わったわこれ……


 もう幼女さんジト目だもん。これ絶対警察呼ばれて終わりだもん。


 俺は諦めて静かに目を閉じようとした。


「……でもサンタさんって赤い服着てるよー? おにいさんは黒い服着てるよー?」


 え、まだこれイケる? ごまかせる?

 俺は信じられない気持ちで目を開けた。幼女がいぶかしげに俺を見ている。

 ……ここで諦めたら試合終了だ! なんとしてもここを切り抜けてみせる!


「ほら、サンタさんもやっぱり多様性の時代だからね……! たようせいってわかるかな?」

「しってるよー? 『幅広く性質の異なる群が存在すること。性質に類似性のある群が形成される点が特徴で、単純に「いろいろある」こととは異なる』んだよねー?」

「いや何者だよお前は」


 幼女の答え方じゃねえだろそれ。


「……?」

「あ、そう! それ! だからやっぱり郷に入っては郷に従えって言うのかな? 日本で他人の家に入るときはこの格好だって知ったからね!」

「でも、おにいさん白いおひげ生えてないよー?」

「それはまあ、その、俺はまだ若手だから! サンタさんさすがに一人じゃ世界中を回れないでしょ?」

「たしかにー……人口が70おく人をこえて子供もふえてるからねー」


 賢すぎるでしょこの幼女。

 でも賢くて素直だからこそ俺のでまかせを信じてくれている。小さな子供を騙すのは心が痛いが背に腹は代えられない。ここは突っ切ろう。


「じゃあサンタさん、あたちのなまえ、いえるー?」


 詰んだわ。

 俺は白目を向いた。


(名前なんて知るわけないだろ!?)


 いかんいかん幼女がジト目になって来た……


「も、もちろん知ってるぜ……えーっと……」


 こうなればあてずっぽうだ。間違えたなら間違えたで適当に誤魔化そう……


 じっと幼女の顔を見る。

 うーん……くりくりと丸い目がなんとも聡明そうで、それでいて純真さを湛えている。栗色の髪は艶ややいで綺麗だし、そうだな……なんとなくリスっぽいし……

 

「り……りっちゃんだよね!」


 賢い! 俺賢い! あえてニックネームぽく言うことで広範囲の回答をカバーできる!


「…………」


 あーでもだめかも! 幼女ちゃんが俺を睨んでるもん! 


「……すごーい! ほんとにサンタさんだ!!!」


 ……あれ?


「りっちゃんね! ことしはいい子にしてたんだよ!!」


 あ、合ってた! ホントにりっちゃんだった!!


「そ、そうだよね! いい子にしてたからプレゼントをしに来たんだよ!」


 俺ってば運が良すぎるぜ……ようしこれにて一件落着だ。さっさと移動して――


「でも、サンタさんくるのちょっとはやいね……?」


 りっちゃん氏(本名不明)は少し不安そうだった。ここは安心させてあげよう。


「うんまあ、やっぱり下見が大切だからね。夜にスムーズにプレゼントできるように。りっちゃんも夜はちゃんと寝るんだよ? サンタさんを捕まえようだなんて思って寝たふりしてるとお父さんとお母さんの努力がパーになっちゃ――」

「あ」

「?」


 りっちゃん氏が急に何かに気が付いたかのように俺の背後の方に視線をやったかと思うと、短く呟いて頓狂な顔をした。


「どうしたのかな? ……ヒッ!?」


 りっちゃん氏の視線を追うように後ろを振り向いて、俺は思わず悲鳴を上げた。

 しかしそれも仕方がないだろう。

 身長二メートルは下らない大男が、仁王のような表情で俺の背後に立っていたのだから。


「ドドちゃんだー!」

「へ?」

「……」


 ドドちゃんと呼ばれたその大男は、そのギョロリとした目で静かに俺を見下ろしていた。

 怖すぎる……修学旅行のときに京都で見た不動明王像にそっくりだもん……

 俺としてはたまったものではない。ただでさえ忍者の格好で幼女に追及されて四苦八苦しているというのに、こんなアンドレ・ザ・ジャイアントみたいな人に見つかってはもうおしまいだ。俺はこのままハンバーグみたいなミンチにされて死ぬんだろう。


「……」

「あのねー! ドドちゃんねー! このおにいさんねー! サンタさんなんだよー!」


 りっちゃん氏の純粋な声が俺とドドちゃん氏の間の空気を凍らせる。

 ここで怒鳴られたならまだいいのだが、ドドちゃん氏は一切言葉を発することなくただ眉間に皺を寄せて俺を見下ろしていた。俺はちょっと漏らした。


「…………」

「あ、え、あの……メ、メリークリスマース……なんちゃって……」

「……………………」

「あ! すいません! ごめんなさい! ドドちゃんさんごめんなさい! もちあげないでください! 離して! 助けて!! 許して!!!」

「あー! ドドちゃんだめだよー! サンタさんにいじわるしたらプレゼントもらえないんだよー?」


 むんずとドドちゃん氏に担がれて、俺はそのまま軽々とどこかへと連れ去られた。

 おそらくは調理場へ向かっているのだろう。俺はこのまま秋洲家の食卓に並ぶことになるに違いない。



 りっちゃん氏の無邪気な抗議を聞きながら、俺は絶望的な気持ちで暴れ続けた。

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