第十一話 空き巣とHC(ヒキコモリコレクション)

「きょーくん大丈夫?」

「あぁ……まだなんとか」


 俺たち三人は電車を乗り継いで服屋(という呼称のしかたで俺のファッションに対する姿勢がわかるだろ?)にやってきていた。

 ここが俺のリハビリ第一歩が行われる場所だ。

 服屋の店員の押しは強い方だが、まだこちらに似合う服を選ぼうという親切心が感じられるからイケる。一番やばいのは銀行とかの金融商品を売りつけてくるタイプのコミュニケーションだ。あれは金が絡んでいる分、親戚連中の時と状況が似ていてかなりトラウマがチクチクされる。


「私と夏南ちゃんは近くで待ってるから、鏡太君は一人でお店に入ってみて。悩ましげに服を物色してると店員さんが近づいてくるわよ」

「……がんばります」


 両手を胸の前で握ってエールを送ってくる二人に決意の眼差しを向けると、俺は店に足を踏み入れた。


 そこが地獄の入口とも知らずに……



 適当に冬物ののコートなんかを見ていると、案の定店員さんが近づいてきた。年上の女性店員さんだ。


「なにかお探しでしょうかぁ~?」


 のんびりとしていながらも真面目そうなその雰囲気は、ショップ店員にぴったりだ。客側ものんびりと自分に合う服を選べるだろう。

 よし! ついてる! この店員さんならいける!


「そうですね……コートもそうですけど、セーターとかも欲しかったり……」

 

 まだ目を合わせて話せるほどではないが、大丈夫。全然話せている。このままいくつか店員さんとやり取りをした上でなにか本当に気に入ったものが買えればリハビリ第一段階はクリアだ。


「それでしたらですね……今年の流行に合わせるなら――」


 店員のお姉さんが俺を先導して店の奥に進んでいく。よどみのない足取りだ、商品を熟知しているのだろう。


「これとかどうでしょうかぁ? 細身のお客さんにはおススメですよお?」

「あ、いいですね……でもちょっと派手というか……ちょ、ちょっとチャラいなあって……」

「そんなことないですよお……よく似合いますよお。お客さんは結構かっこいいですよぉ」


凄まじい殺意を感じて俺は素早く振り向くが、数人客がいるだけで特に何かおかしなことは起こっていない。

な、なんだ今のは......まるで店員さんの「かっこいい」に反応したかのような一瞬の、しかし明確な殺意は...


「お客様ぁ?」

「はっ!?」


 いかん! ここで押し切られてはいけない! ここはうまく切り抜けて……そうだな、なにか別のリクエストを出せばいい!


「もっとフォーマルな……オ、オールドファッションな……? ものとかないですかね……??」


 オールドファッションであってる!? ファッションって単語入ってるからファッション関係の言葉だよね!? 俺変なこと言ってない!?

ちらりと店員のお姉さんを覗くと、案の定ちょっと苦笑いしていた。うわあ...まじか...トラウマとかそういうの関係なくキツいわー......


「それならこっちなんかはクラシックでぇ、しかも流行も取り入れててぇ、かっこいいと思いますけどぉ」


そう言って店員さんが持ってきた服は確かに俺好みのものだった。

色味もデザインも落ち着きがあっていい。


「あ、これはいいですね」

「ふふふ...お客さんには似合うと思うんですよぉ...」


ふわふわとした話し方で、店員のお姉さんはそっと俺の袖口を掴んだ。俺より低い身長からの上目遣いでうわあやばいやばいこんなの客商売のはずなのにぃぃい! 勘違いしちゃうのぉぉぉおお!!


「ちょっとすいません!」「ちょっといいかしら!」


突然割り込む二つの声。そう、平穏な俺の日常に終止符を打つその暴虐の嵐は......


「きょーくんにはもっと似合う服があると思います!」

「そうよ! 私たちに選ばせなさい!」


夏南とお姉さんだった。

見守っていただけるのでは......?


「えっとぉ......?」


ほら、店員さんも困ってるでしょ。

せっかくいいところだったんだから俺に買い物を完遂させてくれ。

そう言おうとした瞬間、夏南がなにかを取り出した。


「これとか!!!!」


それはどうやらハンガーにかかった服のようだった。夏南が選んでくれたのか?

えーっと...光沢がある生地で、形は鋭角な三角形。なるほど、気をつけなくてはアレというかナニが漏れてしまうし、このサイズならちゃんと履いてもモッコリは逃れられないな。


というか......


「これ水着じゃねえか!! その中でもえっぐいやつ!!!!」


ブーメランパンツだった。もうボディビルダーとかが履くやつじゃんそれ...


「きょーくんにはこれが似合います!!」

「似合わねえよ! 惨めだよ! 似合っても着ねえよ!」


季節感と倫理観を実家に置いてきたのだろう。夏南は鼻息を荒くしながら俺にその極小の布を押し付けてくる。


「貴女、今はもう真冬よ? そんなもの履いたら鏡太君が凍えちゃうじゃない。お馬鹿な貴女に変わって私が鏡太君の服を選んであげるわ」


余裕綽々に夏南のチョイスを鼻であしらうと、お姉さんは同じようにハンガーを差し出した。


「こっちの方が似合うわ!」


ふむふむ...なるほど......。こっちも光沢がある材質だ。上下一体型の服のようだ、男が着るのは珍しいな。オーバーオールにしてはズボンの部分はかなり布は少ない。しかも肩が大きく開いていてワイルドだ。蝶ネクタイがつくのか。フォーマルだな。そしてそして? 頭の部分はなんとうさ耳になって......


「バニースーツ!?!?」


気絶しそうになって、俺はその辺の棚にしがみついた。


「え? え? バニースーツ?? なんで???」

「心配しないで鏡太君。このバニースーツは男の子用よ。ほら、こうやってお股の部分が開くの」

「心配なのはあんたの頭!!!」


バッカァ! とバニースーツの股間部分を開閉しながら言うお姉さんに、俺は叫んだ。

やめろ! 股間の部分に手を突っ込んでワキワキさせるな!


「......ちょっと奥に行ってきますぅ」


そんなやりとりをする俺たちに、店員さんは厳しい表情でそう告げた後店のバックヤードの方へ消えて行った。


「まずいですよ...! 完全に引かれちゃったじゃないですか......! これは警察呼ばれるかも知れませんって......」


俺が二人のポンコツにそう訴えるも、二人ともモジモジといじけたように手持ちの服をいじるばかりだ。だから股間の部分で指をワキワキするのやめろ。


「だってきょーくんが店員さん見てデレデレするんだもん...」

「なにが『客と店員の健全な関係〜』よ。鼻の下伸ばしちゃって」

「ち、ちげーよ!」


ちょっとドキドキしただけだって.....


「と、とにかくお店を出ましょう。これ以上迷惑はかけられません」


二人を押して店から出そうとしたその時、ほんわかした声が背後から響いた。


「お客様ぁ!」


真剣な声だ。これは怒られる。

そう思って振り向くと、さっきの店員さんが服を携えて立っていた。


「これぇ...お客様に似合うと思うんですけどぉ!」


先ほどよりも熱がこもった声だ。なるほど、怒っていたわけではなくて服を選んでいてくれたのか! なんと親切な。

うーんどれどれ...どんな服だろう......なるほどなるほど? まるで中世ヨーロッパのごとき山のようなフリル......フリル?


「メメメメメメメイド服ッ!!!」


俺は白目を剥いた。


「これぇ...世界一お客さんに似合うと思うんですぅ!!」

「やるわね......」

「ごくり......こういうのもアリかも......」

「アリな訳ねえだろ! 置いてこい!

なんでそんなもんまで取り揃えてんだよ! ちょっと店員さんメイド服のスカートの中に手を突っ込んでワキワキさせないでくれます!?」


俺の抗議も虚しく、ポンコツ三人はガッチリと俺の脇を固めると大きな試着室の中に引きずり込んで行った。


「なんでお前らも入ってくんだよ!」

「とりあえず脱がせますぅ!」

「ええそうね! 夏南ちゃん! 鏡太君のサイズわかるわね!? もうちょっと服を見繕って来なさい!」

「任せて!」

「はぁ......お客さん可愛いですぅ...」

「ええそうでしょう? 鏡太君の魔性の童顔にはバニーが似合うわよね!」

「助けてぇぇぇえええ!!! お巡りさん助けてぇぇえええええ!!!!」



俺の初めてのリハビリは、こうして終わった。


ね? 上手くいかなかったでしょ?


服を剥ぎ取られながら、俺は何回か目の涙を流した。








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