第三話 空き巣と同棲
「というわけで鏡太君と同棲するわ!」
「いいから帰れよもー!」
意気揚々を拳を振り上げて、お姉さんはリビングのテーブルに足をかけた。
「なんどでも言いますけど通報なんてしないですって」
「信用できないもん!」
「『もん』って……あのですね……本当の本当に通報なんて面倒なことしたくないんですけど、どうしたら信じてくれるんですか……?」
いろいろあって朝からげっそりぎみの俺は、ソファで横になりながらお姉さんを見上げていた。なにとは言わんが俺もお姉さんも無事だった。いやまじで。
「そうねえ……」
お姉さんは片足を机の上に乗せたまま思案顔になった。白い指を顎に当てている。まったく知的に見えない。
「私を通報することによって鏡太君が損失を被るような状況になるのが理想よね」
「理想じゃねえよ」
「となるとやっぱり……結婚かしら?」
「死んでも嫌です」
「こんなに美人なのに……?」
理解できないかのように首をかしげるお姉さんだった。うぜえ。
「結婚してくれたらなんでもしてあげるわよ?」
「ぐっ……いや、だめです、そういうのは愛がないとだめなんです」
「
「うるさい。あんたが適当すぎるんだよ」
いいだろ夢見るくらい!
「結婚するなら責任が伴いますし。引きこもりの俺なんかがお姉さんの人生に責任なんて持てません。自分で美人って自覚してるなら俺よりいい人間いくらでも見つけられるでしょう」
「……」
お姉さんが黙っているので顔をうかがうと、なんだか異常に熱を持った視線で俺を見つめていた。怖っ……!
「な、なんですか……顔まで赤くして……」
「鏡太君、もしかしてモテたりする?」
「喧嘩売ってるんですか」
二十歳だってんのに彼女なんていたこともないわ。中高男子校だから女子と話したことすらほとんどない。
「お姉さんが養ってあげるわよ」
「空き巣になにができるんですか」
「フーリエ変換とかできるわ」
「それでどうやって俺を養う気だったんですか……?」
しかも絶対できないでしょフーリエ変換とか。よく知らんけど。数学?
「じゃあもう……死んでもらうしか……」
「なんでちょっと申し訳なさそうなんだよ! 飛躍しすぎなんだよ毎回毎回!!」
「私と一緒に籍に入るか、それとも独りで鬼籍に入るか選びなさい」
「上手い事言ったつもりなの!?」
「いずれにせよ、私もここに住むわ」
「だからなんでそうなるんですか……」
じゃあお風呂入ってくるわね。
と言ってお姉さんは風呂場へと消えた。自由過ぎる……そして通報しようと思えばいくらでもできる……
「はあ……」
俺は溜息を吐いた。どうしてこんなことになったんだろう。
もしかしたらお姉さんにはなにか帰りたくない理由とかがあるのかもしれない。だから『口封じ』なんて言い訳をつかって俺の家に居座り続けるのだろうか。いやまさかね……そこまで考えて行動するタイプにはとても見えない。
いったいどこの誰なんだろう。秋洲香波……うーん……秋洲って苗字どこかで聞いたことがあるような? でも別にものすごく珍しい苗字でもなさそうだしな……まだ八咫野のほうが少ないよな……
そんなことを考えていると、幽かにバスルームのほうから水音が聞こえてきた。ほんとにシャワー浴びてる……知らない男の家だぞ? 警戒心がないのか、それとも俺は警戒するに値しないと思われているのか。
多分後者なんだろうなあ……
悲しい気持ちになってソファに横になっていると、少し落ち着いた気持ちになった。ここ半年ではありえないほどに昨日からの半日で様々な感情が胸を去来した。灰色だった日常に再び色がついたかのようだ。
それをあのお姉さんのおかげだと認めるのはなんだか不服だけど……
リンドン!
そんな通知音と共にスマホの画面が光った。スマホを俺が自由に使えている時点でもう通報を阻止する気もないような気もする。
さておき、通知だ。この通知ならLINEだろう。
四季山夏南『おはよう!(#^.^#) もう起きてるかな? 気分はどう? 返信くれたらうれしいな❤』
「……」
そんなメッセージを読んで俺は沈黙した。
夏南は俺の幼馴染だ。
四季山家と八咫野家は家族ぐるみの関係で、俺も夏南も同い年だから仲が良かった。学校は違えどもちょくちょく会ってはいたんだが、まあ半年前からは俺から遠ざかったような関係だ。夏南は俺が気軽に話せるほとんど唯一の同年代女子であるといえよう。
俺の生存確認のために心配して連絡をくれているんだが、俺はほとんど既読だけ付けて返信はしていない。失礼なことだとは分かっているんだが、どうしてもまだ距離を戻すつもりにはならなかった。俺からの悪い影響が夏南に移るのも嫌だった。
今日も既読だけ付けておくか……
そう思って画面からアプリ画面に飛ぼうとしたその時――
「ねえ鏡太君、服が――」
お姉さんがリビングに戻って来た。
全裸で。
「きゃぁぁああああああああああああ!!!!!!」
女の子のように悲鳴をあげたのは俺だ。
「なにしてりゅんじゃお前はぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」
少し火照って赤み掛かった白い肌、濡れて胸元や肩に張り付いた黒い髪、そして抜群のプロポーション……
破壊力ありすぎだろ!!!!
「服を脱いで洗濯機に入れちゃったんだけど、そういえば服は着てきたものだけだったことに気が付いて」
「しらねえよそんなことは!!」
「なにか貸してくれないかしら? 一度脱いじゃった服って着たくないのよね」
「だからしらねえよぉおおおおおおおお!!!」
絶叫する俺をよそに、お姉さんは俺の手に握られたスマホに目を向けた。
「む? もしや鏡太君、通報しようとしてたな?」
「ちげぇよ! これは――」
「そうはさせないわ!」
軽やかな身のこなしでお姉さんはソファを飛び越え、横になっていた俺に跨った。やばい! この体勢やばいって!! これっていわゆる騎乗なんとかっていう姿勢だって!!!
「スマホを渡しなさい!!」
「服を着なさいよあんたは!!!」
べったりと俺に覆いかぶさってスマホを奪おうとするお姉さん。必死に(色んなものから)逃れようと暴れる俺。そんな状態で事故が起こらないはずもなく……
ガシャンッ!
「「あっ……!!」」
二人同時に声を発して、俺たちは凄まじい姿勢のまま音のした方に視線を向けた。
俺のスマホが床に叩きつけられている……
恐る恐る手を伸ばして画面を確認すると、見事なひびが走っていた。
「完全に画面が付かない……」
「……ごめんなさい」
珍しく素直に謝罪するお姉さんに、俺は怒る気もなく冷静になった。まあ……やっちゃったことは仕方ないよね……
「と、とりあえず離れて、それから僕のを貸しますから服を着てください……湯冷めして風邪ひきますよ」
「うん……」
なんとも言えない空気で俺たちはいそいそと立ち上がった。
どうしてこうなった……?
俺はなにかお姉さんにも着られそうな服を探すために部屋に戻った。服を探しながら、またスマホ買いに行かないとなあ、でもSIMフリーでSIMも無事だろうから本体だけ買えばいいかななんて呑気なことを考えていた。
その時まだ俺は気付いていなかった。俺が大事なことを忘れているということを……
そしてそれが後に大騒動に繋がるということを……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます