第30話⑧六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

自宅に帰ると、母親エルフは一人忙しそうに、診察を受けにきた患者の対応をしていた。


この人里離れた自宅兼病院には、従業員は医者であるエルフの少女しかいなく、忙しくなるのも仕方がなねえわな。


わざわざ鬼が居るなんて悪評が有る病院に来るくらいだ。深刻な悩みを抱えた連中ばかりだろうから、手もかかる。


俺も手伝ってやりたいところだが、精神的な負荷で病状が悪化されても困るから止んねーけどな。ミヤも偶に手伝おうとしていたけど、あの不器用ぶりでは迷惑なだけだし、困ったものだ。


「ふーん、相変わらず、あのガキ……じゃくてエルフの姉ちゃん、忙しそうだな」


「そう思うのでしたら、手伝ってあげてください」


「ええ? 私に医者の真似事なんて、無理に決まってんだろ」


「別に、医者の真似事なんてする必要は無いですよ。医療器具を運んだり、患者の案内をしたり、そういった看護の補助でいいんですよ」


そういった役目の人は、街の病院とかではよく見る。あれなら誰でも出来るし、器用そうなこいつならこなせるだろう。


まあ、最近は、その役目の人も医者みたいに、資格制にしようとかいう話が出ているらしいけど。


「いやいや、けどそんなの私のガラじゃないし……」


「何、怖気づいているのですか。けどもへちまもないでしょ。さっさと手伝てきてください」


そう言って、俺は嫌がるミラを強引に母親エルフのところへ連れて行くのだった。




事が成ってみればミラの奴、俺が見込んだ通り、見後に母親の手伝いをこなすことが出来ていた。


「えーと、これじゃなくて、こっちを持ってくのか」


まだ、仕事はたどたどしくて、


「じーさん、あんたの番はまだだって言ってんだろ」


口調は荒いが、それでもあのエルフの娘の助けにはなっている。俺もなかなか、良い仕事をしたもんだ。


「スバル君、ありがとう! お母さん、スバル君のお友達のおかげで、助かっちゃった♪」


こうやって、母親からベタベタされる時間が増えたのは、誤算だったけどな。うぜーぜ、全く。


「いえ、彼女は別に友達とかじゃないですよ。道に迷っていそうだったのを見つけて、母さんのお手伝いとしていいかと思い、連れてきただけです」


まあ、清々しいほどの嘘っぱちなんだけどな。


「えー、そんなことないと思うけどなあ。ミラちゃんも、スバル君と居て楽しそうだし、十分お友達だと思っていると思うよ」


「ミラちゃんも」の「も」ってなんだよ、「も」って。まさか、その「も」にかかっているのは俺じゃねえだろうな。この少女、ときどき、こっちの神経を逆なでしてくんだよな。わざとか?


「鬼と一緒に居て、楽しいですか? そんな奇特な人間が、何人もいるとは思えませんけどね」


「そんなこと、ないと思うけどなー」


ちっ、そんなこと言って、抱きしめて、俺をガキ扱いするところなんて、本当に気にくわねーから止めて欲しいだよな。まあ、口が裂けても、そんなことは言えやしねえけど。


そんな間の抜けたことをやりながら、日が暮れていく。今日の平穏は、きっと長く続くものだろうけど、いつもそうだとは限らない。特に明日は、荒れるはずだ。


俺もミラも、そして、あの翁にとっても、無風ではいられない一日になる。


そう、予想するしかなかった。




翌朝、外を見ると雲一つない晴天で、風一つさえなかった。こりゃ、天気が良すぎて目がくらみそうだ。


「おい、起きたか、それでどうするんだよ。今日も朝から街に繰り出して、なんやかんやすんのか?」


「いえ、今日は朝から母さんのお手伝いをしましょう。僕も、今日は母に精一杯構ってあげようと思います」


あの少女は、毎日ある程度かまってやらねえと、癇癪起こすからな。面倒だけど、根回しとしては仕方がない。


「はあ? 今日から本格的に動くんじゃねえのかよ?」


俺の発言に、アホ面を浮かべ返してくるミラ。こんな表情をされると、今回の殺伐としたことには誘いづらくなるんだよな。まあけど、おいて行っても納得しないだろうし、しゃーねえか。


「ええ、今日が本番です。ただ、動くのは夜です。母には、今日はミラの家へお泊りをすることになっていますので、口裏は合わせてください」


「へー、いいね。血なまぐさくなりそうで、楽しそうだ。で、どこに向かうつもりだい?」


「今日、幹部が一斉に揃う会合があります。場所は、繁華街にある六道文の息がかかった高級料理店。そこで、一網打尽といきましょう」




夜の繁華街、そこにある高級料理店の雰囲気は、いつもと違っていた。一部の富裕層しか持っていない自家用車が、何台も止まっていて。柄の悪い連中が、その周りを取り囲んでいた。


そう、この場こそ、巨悪である六道文の会合なんてくだらない事が行われている、魔窟である。


「おい、そろそろ頃合いだけどよ、これで幹部全員かよ。随分とすくねえな」


竹を割った様な、サッパリとした声が聞こえてくる。こいつが、六根人の一人「カマタリ」だろう。


「ああ、今いる3人、これで全部だ。親分は、遅れてくるそうだ」


低く、高圧的な声が聞こえてきた。


「ふん、モズ。居ないも同然の一人はいいとして、欠かさず会合に来ていたガンジはどうしたよ?」


なるほど、この低く、高圧的な声が「モズ」か。


「あいつは、昨日、殺された」


「殺された、だと?」


この静かで、小さい声はだれだ?


「ジロウ、信じられんだろうが、その通りだ」


これが「ジロウ」、ね。なら、今いる幹部連中はこれで全員となる。


「おそらくだが、件の鬼に殺されたのだろう。その暗殺任務中に、頭を撃たれて死んだからな」


「まさか、あのガンジを撃ち殺す奴が現れるとはな。鬼が相手でなければ信じられん話だ」


「ふん、その通りだ。このとおり、幹部が二人も抜け、現状は非常に切迫している。よって、その対策を決めるのが、今日のお題だ」


そう、モズが宣言すると、カマタリが大きな声で笑い出した。


「ハッハッハ、これは笑えるぜ」


「何がおかしい? とうとう頭でもおかしくなったか、時代遅れの戦闘狂。今の発言のどこに、笑う要素がある?」


「いや、これは笑うしかねえだろ。ジロウだって、笑いをこらえるのに必死だぜ」


「……」


銃に手をかけ、モズが脅すように古参の二人へ語りかける。


「おまえら、ただ戦うしか能の無い連中が、何を企んでいやがる? 金を稼いでいるのは俺だぞ? わかってんのか? 逆らえば、親分もだまっちゃいねえぞ!」


「ばーか。誰がてめえに金を稼えで来いっていった。少なくとも、俺もジロウも言っちゃいねえぞ。俺らが付き合ってやってんのは、古の誓いがあったからだ」


「てめえ!」


「けどな、俺らはそれがある限り裏切ることはねえから、ゲスの勘繰りはよしな」


「なら、なぜ笑った!」


「わかんねぇか? 笑ったのは、お前の対策とやらが、あんまりにもノロマだからだ。なあ、そう思うだろ? 名有りの鬼さんよ」


「なっ!?」


なんだ、バレていたんなら隠れる必要もねえな。


俺が壁を破壊し、ミラが銃撃を仕掛ける。くらったのはメガネのオッサン、「モズ」ただ一人。へえ、意外と腕が立つな。外の連中が、チンピラしか居なかったから、正直舐めていたぜ。


「ぐっ! てめえら、何しに来やがった!」


はあ? わかんねえのかよ。こりゃ、そこに居るデカい獣人、「カマタリ」の言うとおりだな。


「見てわからないのですか?」


「落とし前をつけにきたぜ。ノロマ」


ミラの殺意に満ちた声が、部屋を満たして行くのがわかる。


嵐の夜は、これからだ。

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