第29話⑦六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

酒場を出ると、少し離れたところにミラが立っていた。


「やあ、お待たせしました。翁と話が盛り上がっちゃって、ついつい遅くなってしまいましたよ」


俺のこのセリフが、気に入らなかったのだろう。ミラの奴は、そのピンクの髪にお似合いの、可愛らしいむくれ顔を見せてきた。


「ちっ、厭味ったらしい奴。別に、お前とはここで待ち合わせなんてしてないのに、そんなこと言うのかよ。どうせ、私が後ろをつけていたのも気づいてたんだろ」


当たり前だ。てめえみたいな、ド素人の尾行に気付かないはずもねえ。舐めんじゃねえぜ。


「さあ、どうでしょうね。それよりお姫様、お腹が空きませんか? どうです、昼食にでもしませんか?」


「てめー、からかってんのか! ぶっ殺すぞ!」


おっ、久々に聞いたな。その物騒な物言い。そんなことを言う悪い子には、礫を飛ばしちゃうぞ!


「いってー! てっめえ、私のデコをなんだと思ってんだ!」


「真っ赤で可愛らしいと思っていますよ。あと、僕が少しでもかまをかけると、直ぐに尻尾を出すところとかも」


「ああん? 尻尾だと? ……あっ! べ、別に、盗み聞きなんて、するつもりなかったんだからな。お前が余りにも遅せえから、様子を見に行っただけだからな」


こいつ、尾行がバレていたんだから、盗み聞きもバレていたとは思わないのか。しかも、何でそっちは隠すかな。


尾行は良くて、盗み聞きは卑しい行為だとでも思ってんのか? ガキの、しかも女の考えはわからん。


「なんでもいいですけど、お食事どうするのですか?」


「バカヤロー、誰がお前なんかと飯を共にするか! だいたい、私はお腹なんて空いてねえ……」


グウ、となったのは、俺の目の前のにいる少女の方角からだ。このピンク頭、随分と頃合いを図るのがうまい腹持ってんな。


「なるほど、返事はわかりました。では、食事は貧民窟を出た先にある公園で食べましょう。お金はお渡ししますので、買ってきてもらえますか? 僕が行くと、売ってくれませんから」


「……私を、パシリに使うのかよぉ……」


ミラは、なにやら顔を頭みたいに染め上げ、俯きながら金を受け取るのだった。

ハッハッハ、声が小せえから何言ってんのかわからねえけど、了承は貰えたようで良かった良かった。




男は、一流の狙撃手で、六道文の幹部なのは確かだ。名前も素性もよく分からねえのは、狙撃手としての矜持なのかもしれねえ。


まあ、仕事を考えると、そのくらいの慎重さは必要だよな。


そんな男が最近やっていることといえば、ガキをつけることだった。それも普通のガキじゃなく、角が生えたロクでもねえ、くそガキだ。


朝か晩まで、そのくそガキがどこそこで何をやっていたやら、何時には何処へ行くなんてことを、幹部様がやらされているのだが、鬼でも思わず同情してしまう。


しかし、その男、仕事は仕事と割り切り、せっせと汗を流しながらこなすのだから、頭も下がってしまう。


鬼がどこかへ行けば魔法を使い、何かやれば魔法を使い、筒を覗いては確かめ、引き金に指を当てては、魔法を使うのだ。


その魔法、どんなものかと言えば、単純な可能性の増幅だ。男の仕事に即した可能性の増幅を、日々かけていた。


鬼が何時にどこの道を歩けば、どこそこの高台から筒を覗き、引き金に指を当てる。何時にどこかで遊んでいたら、どこのかの窓から筒を覗き、引き金に指を当てる。その都度、魔法を使う。


そう、『鬼に銃弾が当たる』可能性、『樹団が致命傷になる』可能性、それらの増幅を冷や汗をかきながら行うのだ。


確かな腕を持って蓄積させた魔法は、奇跡を起こすこともあるという。


それが、魔法の『定着化』という域に達しているかは知らないけど、確かで綿密な計算のもと組織的に組み込まれた魔法は、奇跡を起こすのだ。


男が使うは、魔法『魔弾:多重試行で満たされし必中必殺』。条件が整えば、例え閉ざされた部屋の中であろうと、標的に致命的な銃弾が当たるという。


そして、今、その条件は満たされた。食事をする鬼へ、男が狙いをすまし引き金を引く。


バン! と、音がする。


男の狙撃銃から放たれた弾丸は、確かに銃口から放たれ、見事命中した。


食事をとっている俺では無く、その男の頭部へ。


男は、おそらく自分の魔法が失敗したことを自覚できぬまま、死んだのだろう。


綿密な魔法は、その取扱いも繊細であるべきだ。少しでも狂いが生じれば失敗するし、異物が入れば思わぬ効果を発揮することもある。


俺が男の尾行に気付き、その魔法に気付いた時から、こうなる運命は決まっていた。男が施す魔法に、俺が使った魔法は、「狙撃に気付き反撃する」可能性の増大だ。


男と俺、双方の魔法が組み合わさった結果、男の死という答えが成立した。


全く、いい腕を持っていたのに、無様なヤツだ。



「なあ、今遠くで音がしなかったか? 銃声みたいなさ」


ミラは、美味そうに飯を口内一杯に頬張りながら、そんなことを呑気に言い放った。


「さあ、僕は君の可愛らしい咀嚼に気を取られて、そんな物には気付きませんでしたけどね」


「て、てめえ、いちいちからかうんじゃねえ。飯が不味くなるわ!」


なんだなんだ? 何恥ずかしがって、大声出してんだ、こいつ。全く、静かに飯くら食えないもんかね。


「さて、それじゃご飯を食べ終わったら、今日は明日に備えて帰るとしますか。明日から本格的に動きましょう」


「うん? 今日は本当に何しに来たんだよ? 昔話をしに来ただけか?」


「まあ、それもありますけど、ちょうど厄介な邪魔者が居なくなったので、頃合いという奴ですよ」


「?」


何が起こったのか分からず、あどけない表情を呈するミラ。


まあ、彼女はそれでいいと、俺は一人でこっそりと思うのだった。

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