第27話⑤六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

集まった札束は、デカい風呂桶一杯分もある。よくもまあ、これだけ汚え金を集められたもんだ。


「おい、金を集めたぞ。これで満足か? ぼっちゃんよ」


相変わらず血管ビキビキだな、このオッサン。


「なにを言っているのですか。お楽しみはこれからですよ。では、オジサン。この風呂桶の八分目まで、水を張ってください」


「ああ! てめえ、正気か!」


血管ビキビキの、頭部をまるでタコのように真っ赤に染めさせるオッサン。この五月蝿いハゲを働かせる為、俺が金庫番に目をやる。


それで、金庫番は仕方なしに口を開き始め、一言。


「……いいから、やれ。タコ」



「これで! いいのか! このくそガキが!」


風呂桶に溜まった水に泳ぐ札束をみて、さらにビキビキと頭に血が昇る。あっはっは、これはなかなかいい塩梅にゆだってきたな。


「いやいや、まだまだ。これで終わりじゃありませんよ。これにあと、苛性曹達を継ぎ足しましょう。あるでしょ? ここなら」


「こっ、こっ、こっ、この!」


またかよ。ニワトリの様に喚き、鳥頭なのを前面に出して抗議してくるこのオッサンを働かせる為、再度金庫番に目を向ける。


それを受けて、金庫番はため息交じりに一言。


「ニワトリみたいに喚くんじゃねえ。…………いいから、……やれ」



「入れたぞ! この鬼が! これで終いか!」


禿の頭は最早赤を通り越して、うっ血のためか紫がかってきた。いや、自分がやったことに血の気が引いて来たのかもしれない。


「まさか!」


「お、おい、まだ終わりじゃねえのかよ」


こいつ、厳つい顔の割には、思ったより情けない声出す。これならもうすぐ頃合いか?


「最後に、そこの箒を手に取って、そこの風呂桶に突っ込み」


禿のオッサンは、震える手で俺の言うことを実行していく。このくらいで震えるとは、意外と肝っ玉が小さいな、この禿。


「そして、グルグルと混ぜてください。グルグルグルグル、グルグルと。グルグルグルグル……」


俺の囃し立てる声に合わせて、グルグルと箒をまわしていくオッサン。そうすると、苛性曹達の投入で発生した熱と、その強塩基性の性質のせいで、札束がボロボロに解けていく。回せば回すほど、札束は解けていき取り返しのつかない状態へとなっていく。


「て、てめえ、このまま無事で済むと思ってんじゃねえだろうな!」


震える男の目は虚ろで、声も抑揚が利かなくなってきた。これは、そろそろ限界になってきたな。こうなれば、最後の追い込みだ。


「何を言っているんですか? 無事じゃ済まないのは、あなたでしょ」


「は、はあ! 何を言ってやがる!」


「だって、大切な六道文のお金を、台無しにしているじゃないですか。あなたの手で」


俺のその一言が、トドメになったのだろう。禿た男は、その混ぜる手を止め、俺にくってかかってきた。


「て、てめえが、やらせたんじゃねえか!」


「それで、あなたの親分が黙って許してくれればいいですけどね。これだけの大金、一晩や二晩の稼ぎではないでしょう。それを台無しにした実行犯であるあなたが、無事で済むことを僕も祈っていますよ」


にこっと笑って返してやると、男のせせこましい堪忍袋の緒が切れたようで、言ってはならないことを口走ってしまった。


「ク、クソ鬼が! てめえこそ、お終いなんだよ! いいかよく聞け、てめえを殺せって命令が下ってんだ! それも親分直々にな!」


「バ、バカ野郎! てめえ、何口走ってやがんだ!」


ふん、組の中心に近い奴からの言質と、それを肯定するかのような金庫番の発言。まあ、これで十分か。流石に頭が回るといってもこの異様な雰囲気の中、神経をすり減らした状況じゃ、とっさの判断なんてつかねえか。


「それだけ聞ければ、十分ですよ。なるほど、六道文挙げての鬼退治ですか。チンピラ風情が、随分と大それたことをやろうと考えましたね」


こいつらは、子供たちでも知っている、やってはならないことをやろうとしている。


今、帝国の子供たちの間で流行っている童歌に、こんなものが有る。子供たちが二手に分かれて、鬼を当てあうお遊戯の歌で「ななしのどうじ ななしのどうじ そこのおにはだれですか? なまえがないなら しらせましょう みかどのかたに しらせましょう」ときて。


鬼が当たれば「みかどのかたが おとずれた おにのめいも おとずれた」と返し、外れれば「なまえがあるから しらせましょう きんのつばさに しらせましょう なにもせずとも しらせましょう」となる。


名無しの童子とは鬼全般のことで、名前のある鬼とは俺、金の翼とは母親のことだ。これは、唯の鬼が出たら帝=皇帝に知らせ、鬼が俺なら母親エルフに知らせ何もするなという、戒めの歌になる。


そう、鬼が出れば、殺すのが皇帝だ。そして、皇帝は俺を殺すことについて、禁止はしていない。しかし、俺が殺されそうになった場合、その加害者を殺すことも禁止はしていないのだ。


つまり――。


「これで、全ての六道文関係者について、生殺与奪の権利を僕が得たことになります」


俺がそう宣言しつつ、普段から使っている魔法「人間である可能性」の増幅を止める。すると、俺から溢れ出るのは、不浄にて圧倒的な不快感と、気が狂いそうになるほどの恐怖心を持った鬼の気配だ。


それに気圧され、チンピラどもが冷や汗を流しながら震えだすなか、金庫番だけが俺と目線を合わせることが出来た。


「……っ! クソが。だから俺は、鬼なんざ相手にすんなって言ってたのによ」


それに、悪態もつけるなら上々だ。ただ、喋ることは喋って貰おう。


「さて、それではお話をお聞かせ願いましょうか? 先ほどは知らないと仰っていましたが、今なら思い出したこともあるでしょう」


金庫番が冷や汗をかくのは、これからだ。




「ななしのどうじ ななしのどうじ そこのおにはだれですか? なまえがないなら しらせましょう みかどのかたに しらせましょう……」


一仕事終わって家に帰ってみると、聞こえてきたのは流行の童歌。その声は、意外なことにミラとミヤのもので、二人仲良く遊んでいた。ミヤはともかくとして、ミラに子どもと遊ぶ度量が有るとは思ってなかったから、本当に意外過ぎる。


「驚きましたね。あなたが子供と遊んでいる姿を見ると、鬼と言えども開いた口が塞がりません。あと、その遊びは二人でやるものじゃないらしいですよ」


「うるせー! てめえがあの後、ここに居ろっていうからこんなことになったんだろ。暇過ぎて、ガキの相手するしかったんだよ。後、これを二人でやってるのは、ミヤの奴がやったことないってせがむから、仕方なしだ」


ああ、ぼっちのミヤが同年代の子供がやっているのを見て、やりたくなったのか。……なんか悲しくなってきたぞ。


「そうなのです。二人でやってもいまいちだったので、スバルも入るのです。それにもう夕方です。お医者の仕事も終わっていると思うので、四人でやりましょう!」


そんなことを声高らかに言うミヤ。本当なら、ガキっぽい遊びはきらいなんだが、今日は付き合ってやるか。


殺伐とした日々の中、こんな息抜きも必要だろう。

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