第18話⑤狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣

いい加減、嫌がるミヤに勉強を教えるのも限界になってきたとき、頃合いを見ていたのだろう、彼女から思いつきの話をしてきた。


「最近、この領地で悪さをしている狼男を討伐すれば、皆見直してくれると思いませんか!」


まーた、唐突によく分からんことを言う奴だ。


「なんだい、その『狼男』というのは。獣人とは違うのかい?」


この世界の人種の中には、獣に似た身体的特徴を持つ者がいる。といっても、それは体のごく一部で、獣耳だったり、エラがあったりといった程度だ。


「獣人とは違うらしいですよ。目撃した人の話では、獣そのものが人間になったような姿らしいです」


「それは、本物の獣を見間違えたのではないですか? 獣も二足で立ち上がることは、たまにありますし」


「それは無いと思うのです。目撃した人も大勢いますし、お父様もそれを受けて動き出しました」


うーん、あのオヤジが動き出したといっても、説得力ねえな。そそっかしい上に、間違うことも多い人物だったはずだ。こいつの兄貴が動きだしたっていうのなら、まだ説得力があるんだが。


「あと、お兄様が話しているのも聞きました。なんでも、裏社会がかかわっているとか言っていました」


なるほど、そうなると話は変わってくる。


「では、本当に狼男がいるということですか。まるでお伽話のようですね」


皇帝陛下が現れる前の伝承に出てくるそのような連中は、人を喰らい人の血をすする、邪神の眷属だという。


「そうなのです。その狼男は、おとぎ話に出てくるように、人を殺す悪人だということです。実際に何人も死人が出ています」


そんな大悪党を、ミヤが討伐するという。笑っちゃうくらい無謀だ。絶対に無理だと思うけど、止めても聞かないんだろうな、こいつ。


はあ、仕方がない、この話にのるしかねーな。


「それはそれは、許せない話です。ですから、僕とミヤでそんな悪党、懲らしめてやりましょう」


「やりましょう!」


全く、返事だけはいいな、こいつ。



その日の晩、喧噪とは無縁のはずの我が家が、珍しく騒がしくなった。


「どうだった、ミヤちゃん? 私の作った晩御飯はおいしい♪」


無謀にも家へ泊まることにしたミヤは、母親エルフの菜食主義に付き合わされていた。


「うーん、物足りないのです。お肉やお魚がほしいのです。味も薄いです」


うーん、なんて厚かましい奴。


だがしかし、いいぞ! もっと言ってやれ! 野菜なんざ、家畜にでも食わせとけって。こっちはいい加減、肉を喰らいたいんだよ!


「だめだよ、ミヤちゃん、お肉なんて食べちゃ。体に悪いよ」


こいつもこいつで、ガキ相手に容赦ねえな。もう病気に近いな、エルフの菜食主義は。しかたねえ、後でミヤには、俺が作った燻製肉でもくれてやるか。今回のは出来も良いし。


「まあまあ、二人とも食べ終わったのなら、食事談義もそれくらいにして、お風呂にでも行ってきたどうですか? 食器は僕が、洗っておきます」


「「はーい!」」


流石似た者同士、返事も息があう。


まあ、それは置いといて、俺もこいつらが行ったら洗い物をしないとな。汚れはさっさと洗うに限る。



月明かりも無い様な、夜の帳の下、蠢く獣が複数いた。


息を殺し、獲物が床に着くのを待っていた。それが永遠となるようにするために。


バカな連中だ。その永遠の床に着くことになるのが自分たちだと知らないのだから、愚かな連中だ。


「「ぎゃっ!」」


「「ぐわ!」」


「何事だ!」


隠密行動のはずなのに、動揺から叫ぶとは本当に愚者なヤツだ。


「ガッ!」


地面に正面から叩きつけられた男は、突然のことで何も分からないようだ。


「動くなよ。不用意に動けば、殺す」


そんなことを言いつつ、四肢の筋を断ち切る。


「-----------!」


男は、声にならない苦痛を叫んでいる。無様なヤツだ。


「いいかげん、お前ら汚物の掃除も飽きてきた。そろそろ、お前らの親玉を吐いたらどうだ。そうすれば、楽になれるぞ」


なんて一応聞いてみるが、無駄なことだろう。こいつらが、依頼主へたどり着けるような情報を聞いているとは思えない。今までもそうだった。


「クソガキが!」


「黙れ」


ザクザクと、切り裂いてやる。男はガクガクと痙攣しだした。


「お前がいきがっていいられるのも、あと少しだぞ!」


どうやら、こいつらは今までの連中とは違うようだ。無駄口を叩くとはな。


「どういう意味だ?」


「お前は殺されるんだよ。狼男に。俺らの雇い主が言ってたぜ、次に来るのは伝説の狼男だと!」


次の刺客の準備を既にされている。それはつまり自分たちが信用されていないということなのに、よくそんなことを自慢げに言えるものだ。そして、こんな連中にそんなことを喋るとは、その雇い主とやらも本当の雇い主ではないだろう。


「そんな与太話に興味ない。それより、お前らの雇い主でも教えて貰おうか。そうすれば、命だけは助けてやる」


「はっ、俺が知っているとでも?」


「だろうな。では、死ね」


ザク。


そんな鈍い音と供に、男はあっけなく息絶えた。


不浄に染まった大地から目をそらすために空を見上げれば、雲が月も星も隠すように覆っている。


きっと、明日は荒れるのだろう。


それが、これからの展開を占っているように、俺の眼には映った。

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