天使と王

一花

第1話


 その国は荒れていた。

 王政が腐敗し常に隣国との争いが絶えず民は疲弊しきりなおも王は私腹を肥やしていた。

 そんな時貧困街から王宮へと大量に人が毎日のように連れられていき、さらに民から不信感は募るのだった。

 その民はというと王宮の地下へと纏めて連れられ閉じ込められているのだった。

 そして同じく地下、正確にはその地下で行われている生産過程を上から見下ろしつつ観察する一室で下卑た笑みを浮かべながら一面のガラス版の向こう側を眺める男、この男こそがこの国の王グリモネだった。

 その隣には、グリモネには相応しくない美しいメルという名の少女。


「美しいな」


 似つかわしくないその言葉はガラス版の向こう側、次々と一定の間隔で生まれてくるメルと同じ姿の少女を見ながら発せられたものだった。


「だがやはり一番美しいのはお前だオリジナル」


 グリモネはそう言いながらメルの肩に手をかけ、自分の方に寄せようとするが意識的か無意識なのかガラス版の手前の手すりに手をかけ、マジマジと食い入るようにその様子を眺めグリモネの手を避ける。

 メルの様子はやはりどこかぼうっとしたように見えるが、グリモネがそれを誤魔化すように咳払いをした所で男が話しかける。


「失礼します。王」


 その男は格好そして王にひれ伏していないことからこの国の者ではなく旅商人ということがわかり、先程から居たが話し掛けるタイミングを見計らい、あえてこのタイミングで話しかけたようだった。


「あぁお前か、なんだ」

「いぇ、私が売ったその天使の報酬についてまだ前金しかいただいていないので」


 グリモネは鼻をフンっと鳴らすと口の端をいやらしく上げ話しだす。


「何のことだ? あれは前金じゃなく全てだった筈だが、なぁ、おいそうだよなぁ?」


 と、護衛のために端に立っている一兵士に相槌を求めるが、当然違うなどと言うはずもなかった。

「くっ、この守銭奴が」

「何か言ったか? 今このオリジナルの力をお前で試してもいいんだぞ? 分かったら去るんだな」


 その言葉を聞くと一つ短く舌打ちをしただけでおとなしく引き下がるのだった。


「あっ……」

「ん、どうした? メル?」


 ガラス板の向こう側を真剣に見ていたメルがポツリと落とした一言に過敏に反応する。


「な、何だっ、あれは、え、おい? 気持ち悪いっ」


 その直後に出たのは完全なる否定の言葉だった。

 ガラス板の向こう側で次々と作られていくメルと姿形は同じだが色だけが違う者。


「突然変異種ですかね?」 

「そんな事はどうだっていいっ、見てみろっあの邪悪の権化のような髪色に異端の目をっ、誰でもいいから早く殺せっ」

 

 この場を立ち去ろうとしていた旅商人が一目見て口を挟むが、そんなことはどうでもいいと、早く異形の者を殺せと騒ぎ立てる。


「はっ、さようで。じぁあ私は失礼させていたきますか」

「ふっ、勝手にしろ」

「えぇ、あと最後に一つだけ、それがあなたの国に勝利をもたらすことを祈りますよ」


 天使そしてその複製方法をこの国に売りつけた旅商人はわざとらしくそう言う。

 この国に勝利をもたらすことをと。


「思ってもないことを……それよりもあいつは……消えたっ? 探せっ、探し出して見つけて殺すのだっ」


 鼻で笑い旅商人をあしらうようにそう答えると兵に向かってグリモネは怒声を浴びせ兵たちはそれを恐れるように部屋から出て探しに行く。

 この国に勝利……つまりメルは、

 この国が戦争に勝つための最終兵器……。



 その男は仕事をさぼる上でよくそこにいた。

 それは地下から地上へと繋ぐいくつかある空気口の一つで、その中でも直線上にボコりとあいたその空間は通路から見ただけでは気づきにくく、さぼっているのがバレたとしても空気口に異常が無いか調べていたという言い訳がしやすいからだった。

 だからだろう。


「駄目だっ、そっちはどうだ?」

「いゃ、見つからないな……」


 突然変異と呼ばれるメルを追い立てる兵達の声の声が大きくなってくる。


「なんだか騒がしい、な……」

「……あ、」


 兵達に追われ見つからないようにと色違いのメルが通路だと思い込み逃げ込んだ先に、見張りの仕事をさぼっていたカイという名の男と出会ったのは。


「誰だお前? ってかなんだその、髪、に目」

「う、あっ」


 カイはその姿を一目見ると髪や目から自分とは違う種族ということに気づき先程の兵達の声から追われているということを察したのだった。


「あ、おい。追われてるんだろ? ここから逃げろ」


 反射的に逃げようとする手首を掴みカイは親指で上の空気口を指さす。


「安心しろよ? ここで俺がお前を罠にかける意味なんか全くないから」


 首を傾げる姿を見てかカイは安心させるために続けてそう言うと、空気口に付いている網が張ってあるだけのちゃちな格子を両手で簡単に外してみせる。


「ほら、こっちへ来い。あ、いゃ、さっき手首を握った時も思ったが細すぎるな……これで上まで登れるか……」

「……ありがと」


 そう短く呟くとぼんやりと体が明るくなっていきそのままゆっくりと空気口へと重力に逆らうように入って行く。


「光の差す方に行けよっ」

「……何だ、お前こんなところで? またいつもみたいにさぼってたのか」


 そう見届けるカイの背後から声をかけてきたのはカイの同僚のサンだった。


「はっ、何を馬鹿なことを、ただ空気口がいつもみたいに外れてるか見に来ただけさ」


そう言って手にもつ格子を空気口にはめながら誤魔化そうとするがそんな声が掛けられるほどカイがさぼっているということは皆にバレているのだった。


「ふ、ん。まぁそういうことにしといてやるか」

「ありがとよ、俺も何かしら見つけたらお前に報告するよっ」


カイはそう答えると身体を翻しその男と別れる。

本心では無事に逃げれただろうかと心配しながら。



夜遅くまで王宮で働いてきたカイはよろよろの足取りで自分の家へと向かっていた。

家とはいっても突き立てられた丸太に縫い合わせられた布を被せ杭を打ち付けただけのもの。

そんな簡素なものが並ぶ一角に重ねられた布を重そうに分けながらカイは入っていく。


「なんで、お前が……?」


 そしてその直後に先程兵達に追われていた筈のメルを一枚の大きく広げられた毛布の上に見つけ思わず声を掛ける。

 部屋の中には他に入ってすぐ右に椅子と机が一式その上にランタンがあり、左には大きめの鍋が置いてある。


「……あなたに、助けられたから」

「そんなのどこでも他の所へ行っちまえば……、はぁ、まぁいいか。お前、名前は?」


 それは治安の問題もあればカイ自身が王宮に使える人間であることも関係しての発言だった。


「メル、メル・アイヴィー」

「メルか、お前なんで兵に、まぁいいか……」


 今のカイにとってそれを追求するには体が疲弊し過ぎていた。

 部屋に一つしかない椅子に座るとそのまま俯せで机に寄りかかる。


「あなたの名前は?」

「名前? あぁカイ、カイだ。にしても今日は疲れたな……」

 

 カイはそう答えるとその体勢のまま深い眠りに落ちたのだった。


「……おはよ」

「あぁ、おはよう」


 その挨拶によって数センチ未満の顔の近さで起こされたカイが寝ていたのはいつもと同じ毛布の中だった。


「外が騒がしい」

「あぁ子供達が遊んでるんだろ」

「遊んでる……」

「気になるなら行って来いよ」

「……うん」


 無邪気に外へと出ていくメル・アイヴィーを見ながらカイは引かれたままの椅子を見て少しだけ焦りを覚えた。

 先程は落ち着いて挨拶を返したカイだったが、昨日そういうことにならないようにと椅子の上で眠りについたつもりだったと思いながら、しかしそれもあまり意味がなかったと自分に呆れ二度寝につくのだった。



 カイがメル・アイヴィーと暮らし数日が経ち始めていた。

 子供達とメル・アイヴィーの特にルールのない球蹴りをカイはぼうっと眺めるのが休みの日の日課に加わっていた。

 そして昼頃になると今まで通り野菜スープを振る舞う、そんないつもと同じ一日だった。

 子供達の母親の一人がそれに気づいたのは。

 王宮から隣国へ向かって飛んで行く何体ものメルの複製、そしてそれらが同時に光の矢を放とうとするのを。

 戦争に対する嫌悪感からそれを自分達の貧困のせいにしたいという思いもあり、「似てる……」「近寄っちゃだめっ」そう言った声が母親達から出るのは当たり前でもあった。


「あぁ違う、メルはあれとは関係ない、似てるだけだよ。ほら、髪の色も違うだろ? ……まいったな」


 カイがどれだけ擁護しようと一緒に住んでいる者の言葉を簡単に信じる者など居なかった。

 そんな時ここら辺では不自然な金属音が一定の間隔で鳴り響きカイの元へと近づいてきていた。

 その段々と大きくなる音が甲冑のものだとカイは気付いた瞬間メル・アイヴィーを自分の家へと押し込む。


「お前、こんな所に住んでたんだな」


 その蔑みに近い言葉をかけてきた男はカイの同僚のサンだった。


「どうした? 急に、そんな恰好で」

「いや何、ここら辺で異人と思われる髪が長く若い少女を見たという話が入ってきたもんだから、あんな逃げようのない所から逃げれた天使を隠し立てする輩が居るんじゃないかってな。お前、何か知らないか?」


 じりじりとそのわざとらしい台詞を吐きながらカイの家へと近づいていく。


「いゃ、……知らないな」


 そうカイはとぼけるが周りの子供達そしてその母親達の視線がカイの家へと集中してしまっている。

 そしてそのことにカイとサンお互いに気づいたようだった。


「そうか、まぁいい一応確認させてもらうぞ」

「まっ……」

「なんだ、……何もないじゃないか。何をそんなに慌てるんだ」


 勢いよくサンが開けた家の中は人が隠れられそうな所もなければ、外へと出て行くことも不可能に見えた。


「っいきなり開けられたから驚いただけだ……」


 訝しがるサンに対し自分でさえ理解が追い付かないカイは適当に相槌を打つしかなかった。


「ふっ、まぁいい。じゃあな」

「あぁ」


 立ち去るサンを念のためと見えなくなるまで見送るカイだったがその内心は早く家の中をもう一度確認したいというもどかしさで一杯だった。


「メル? やっぱり、いるよな……」


 その都度振り向くサンをやっとのこと見送るとカイは勢いよく部屋の中を確かめ安心するようにそう呟いた。


「……居ちゃ、駄目だった?」

「ん、あぁ、いゃ、いいんだ。いいんだ、ずっと居てくれて……」


 椅子に座りながらそうカイが答えるとそのままゆっくりと眠りにつくのだった。


「……ありがと」

 

 最早聞こえてはいないだろうカイに自分の思いをしっかりと伝えるとメル・アイヴィーは静かに部屋を出て行くのだった。



 王宮内は混迷を極めていた。

 なぜなら天使の複製の材料のためにとグリモネが貧民街から集めさせた人々がメル・アイヴィーの手によって全て牢から解放されたからだった。


「早く、あの突然変異種を捕まえろっ」


 王宮全体に響くのではないかというその怒声は王座にふんぞり返るグリモネのものだった。

 その王座の目の前に空からメル・アイヴィーは降り立ちた。

 空から、という表現は少し違うかもしれない。

 というのも別に空が見えるように開放された部屋ではなく単純にメル・アイヴィーが今自分の姿を晒しただけなのだから。

 当然そのままグリモネの首を落とすこともできたことは、グリモネ自身にも理解できたようでただ息を飲むしかなかった。


「随分と遠回りをした気がする……私の意気地がないせいで、助けられた人も助けられなかった」


一つ溜息を吐くと思い詰めたような顔で続ける。


「……これで終わり、グリモネ」

「メェルッ……」


 王室のドアが勢いよく開かれたと思うと聞こえてきたのはカイによる叫びだった。


「カ、イ?」

「今だっ、やれっメルっ」


 その一瞬の間の様な隙をグリモネは逃さずにオリジナルと呼ぶメルに命令する。

 しかしそのグリモネの命令も虚しく微動だにしない。


「カイ、どうしてここに? 来てほしく無かった……」

「来てほしく無かった、か……確かに俺はメルと話してる最中に唐突に眠気に襲われた。だが、すぐ目が覚めたんだ。メルの飛んでる後ろ姿が見えるくらいにはな。だから本心では来て欲しかったんじゃないかと思ってたんだが気のせいだったかな」

「そんなこと……」

 

 そこまで言いかけメル・アイヴィーの視界に喚くグリモネの姿が入り何かを思い出したかのように続けて言う。


「私は今からこの男を殺すのっ、」

「なんで、お前がそんなことを?」

「それは、私が天使でこの男がこの国を苦しめる諸悪の根源だからっ」


 その姿は苦しみながら小さな少女が喚いているようだった。

 ただそれでもカイは真剣に受け止め話を聞いていた。


「そんなの今更だがな」

「今更じゃないっ、これから助かる子もいるし、もっと早く殺すべきだったっ。なのに私は怖かったんだ。怖くて自分がやりたくないからって自分のコピーを作ってやらせようとして、でも力を使って生み出した割には意識が不完全で人間につかまってしまって……」

「なるほどな、つまりさメルはやっぱり殺したくないんだろ?」

「そ、それでもっ誰かがあの男を殺すという必要悪を行うならっ私がその役目を担うっ」


 その台詞を聞くとカイはメル・アイヴィーの前に立ちふさがる。


「そんな役目担うなよ……メルがどうしてもこいつを殺すって言うなら俺が殺す。なぁ、俺にこいつを殺させたいか?」

「そんな筈……」


 ある訳ない、と泣き崩れるメル・アイヴィーに近寄りしゃがむとカイは優しく頭を撫でる。


「だいたいなぁ、こういうのはこいつを殺した所で似たような奴が次の席に座るようになってん……」


 その言葉を遮るように開きっ放しだった王室のドアから武装した民間人の集団が入っくるとカイ達に近づいて来る。

 カイ自身思いもよらないだろう。

 これから一世一代の大法螺を吹くことになろうとは。



 あの日から数日、つまりメルの逃がした貧民街の住民そしてそれ以外の王政に不満を感じている住人が混ざり大規模なクーデターが起きてから数日経つ。


「よかったんだろうか」


 カイはその日誰となくして始まったクーデターの主犯はそんなことが起きていたことも知らないのに自分と宣い玉座に座りながら今更若干の罪悪感を覚えていた。


「最高の結果っ」


 玉座に座るカイの右手を握りながら対象的な表情で言う。


「そうか、まぁそうか。そういえば俺がメルに初めて会った時も貧民街の人を逃がそうとしてたのか」

「えぇ、力不足で助けられなかったけどね」

「そうか……もう行くのか?」


 ぼんやりとしていくメルの姿に気付きカイは握っている手を両手でさらに強く握りしめる。


「えぇまた、会いに来る」

「待ってる、ずっと、その銀色の髪をたなびかせて来てくれるのをっ」


カイはゆっくりと消えて行ったその場所を見つめると手のひらに残った感触にメルの存在を確かに感じるのだった。


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天使と王 一花 @itika_1590

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