第2話

「源先輩。私、中学のときからずっと、ずーっと好きでした」

 そう、何よりもこれだ。女子は恋愛大好き。色恋沙汰のことしか考えてない人も少なくはない。

 翌日、登校した恭介の靴箱には、綺麗だが丸めの字で「昼休みに校舎裏に来てくれませんか」と書いた手紙が入っていた。

 それに従った結果、女の子に切羽詰まった調子で告白をされてしまった。

 女の子は片手を胸に当てつつ、潤んだつぶらな瞳で恭介を見上げている。

 身長は一五〇センチそこそこで、中学生といっても通りそうである。顔は小さくて丸く、胸の高さまでの黒髪は繊細。目鼻立ちは整ってはいるが、どうにも幼げな雰囲気だった。

 恭介が答に窮していると、女の子はそろそろと口を開いた。

「ほんとに突然で、びっくりさせちゃいましたよね。私、一年四組の森本佳奈かなっていいます。先輩、変なことを聞いちゃいますけど。あの、その……。彼女、とかいるんですか? って私、なんて事を訊いて……」

 高い声音で言い切ると、佳奈の顔が次第に赤くなる。

(まあ手紙を見た時点で、こんな事かなとは思ってたよ。そんでも、行かないっつう選択肢はないんだけど。無視とか人としてありえないし)

 まっすぐにこちらを見つめる佳奈に、恭介はやや面倒くさそうに告げる。

「うん、なんというかありがとう。気持ちはまあ、嬉しいよ。彼女は、いない。いないんだけど……」

 思いやりを込めた言葉を掛けた恭介は、ぽつぽつと説明を始める。

「俺、中三のとき塾に行っててさ。できるだけいっぱい勉強したかったから、学校終わったらすぐ一人で向かってたわけ。無駄に群れるの、あんまり好きじゃないしな。

 そこで好きっていうか、まあ顔はいいなって思う子がいてさ。なんとか仲良くなりたくて、そんでもってある時血迷って、学校からの帰り道で自転車を漕ぎながら、友達に相談したんだよ」

 佳奈は、きょとんといった感じの表情になった。赤くなっていた頬も、すっかり元の色に戻っている。

「三日後くらいからかな、妙なことになり始めたのは。俺が帰りに学校の自転車置場に行くとな、その子とその子の友達が必ずいてさ、俺が自転車を出すと二人で後ろついて来るんだよ。塾の駐輪場は二つあるんだけど、俺がどっち使っても、その友達の方が俺と違う方を使って、俺と例の子は二人きりになるわけ。それも毎日な。訳がわかんねえだろ?」

 恭介は自虐的な調子で話を振るが、やや重い顔つきの佳奈からは返答は来ない。

「それだけじゃなくてさ、塾のロビーにその子がいたと思ったら、俺の方を振り向いて早歩きでどっか行ったりとか。なんかわからんけど、まあそういう事件が色々あってな。

 んでこれもうバレてんだなって思ってさ、あと、一回ぐらい経験しとくのもいいかと思って、二人きりなった四回目で告白? みたいなことしたわけよ。それで二日後にラインが来てさ、『あたし今好きな人いるの。だから貴方とは付き合えない。ごめんねー』だとよ。それで問題は次の日だ。あいつら俺の目の前で、塾の駐輪場、同じ所に止めやがった。怒りって感情はあんまり強くなりすぎたら、呆れに変わるんだよな。俺、あの時に初めて知ったよ。

 それだけじゃあないからな。あいつらその事、学校中に広めやがった。だから俺、ずっと周りの視線が気になって、すっごい学校行きづらかったよ」

 開き直った心境で恭介が言葉を切った。すると、佳奈は驚きと哀れみの入り交じった面持ちになった。

「中学時代にそういう事件があって、俺、最近まで、愛とか恋とかどうでもいいって感じだったんだよ。でも今のクラスで、かなり気さくに話しかけてきてくれる子がいてさ。その子はなんつうか、優しくて、自分をしっかり持ってて。うん。とにかくなんか違う気がしてるんだよ。まあ、はっきり言っちゃうと、俺その子好きなわけ。だから君の告白は受けられない。諦めてくれ」

 真摯さを意識して断言すると、慎ましげな上目遣いの佳奈はおずおずと口を開いた。

「好きな人がいる、か。そりゃあ毎日楽しいですよね。先輩、その人とどんなお話するんですか?」

「そうだな。勉強の話が多いかな。自分から喋りかけたりはしないけどな。例の事件以来、女子とあんま関わりを持たなかったから、どんな話題を振っていいかわかんなくてな。なっさけない事にな」

 あっさりと答えると、佳奈は口を引き結び、何かを決意したような表情になる。

「先輩。もしよかったら、ですけど。これから私とお話しながら登校しませんか?」

 小さくはあるが気持ちの籠もった声に、恭介はぽかんとなる。

「話す練習ってわけ? 君とあの子は違うのに、意味あんの? あと一応訊いておくけど、それを実行したら俺とどうにかなれるとか思ってたりはしないよね? それは絶対ないよ。俺はロリコンじゃないし、俺と君とじゃ身長差がありすぎるって」

 オブラートに包んで答えると、佳奈は一瞬苦い顔をした。しかしすぐに元の意欲に満ちた表情を取り戻す。

「大丈夫です。さっききっぱり断ってくれたし、そんなことはわかってます。わかっててお願いしてるんです!」

「いやいや、よーく考えろよ? 俺、君のことは好きじゃないんだぜ? 君はそれでいいのか? 知ったような口は利きたくないけど、自分を安売りしちゃあ駄目だよ。君、純粋で真面目で、よく知らんけどいい子っぽいからさ」

「お褒めの言葉に真剣な忠告、ありがとうございます。感動です、やっぱり先輩は素敵です。私が好きになった人です。でも私はいいんです。隅から隅まで納得してます。お願いします、先輩。一種のボランティアだと思って、軽ーい気持ちで。ね?」

 佳奈は真剣な瞳で、なおも食い下がる。

 恭介は、(何なんだ、いったい。何が君をそこまで駆り立てる?)と内心、強くたじろいでいた。

 諭すような視線を佳奈に投げるが、佳奈は負けじと強いまなざしを向けてくる。数秒後、恭介はふぅっと息を吐き、ゆっくりと話し始めた。

「わかった。君の提案を受けよう。これからよろしく。でも悪いけど、君んちにわざわざ行ったりはしないよ。朝練があって朝は忙しいからさ」

 恭介が穏やかに返事をすると、佳奈はぱんっと両手を胸の前で合わせた。

「やったぁ、ほんとですか。ありがとうございます! 感謝感激、雨あられです! それじゃあ明日から、私が朝に先輩の家に行きます。何時に伺えばいいですか? 五時でも六時でも、なんなら前泊でも大丈夫ですよ? 無理を言ってるんですから、何でもします!」

 表情をぱあっと明るくした佳奈は、興奮した調子で喚いた。

「前泊は勘弁してくれ。年下の女の子にそんな真似をさせたのが広まったら、俺の学校生活はジ・エンド。文字通りの終焉を迎える」

 神妙に返すと、「終焉……。なんとも重々しい響きですね。それだけは絶対に回避しないと」と、佳奈は深刻な雰囲気で呟いた。

「そうだな、六時半ぐらいかな。でも無理はしないでくれよ。体調が悪けりゃ無断で休んでいいし、辞めたくなったらいつでも辞めていい。君に負担は掛けたくないから、そこんとこわかってくれ」

 恭介が落ち着いた心境で告げた。

 すると、「わかりました。じゃあまた明日! また会う日まで!」と、るんるんの佳奈は恭介に背を向けた。

 小走りをする佳奈の華奢な背中を見つつ、(なんかおかしなことになったよな。本当に女子はよくわからん)と、首を捻るような思いを抱いていた。

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