私と彼と狐の話
aoiaoi
恐ろしい夢
私は、
高校2年の女子だ。
背格好も普通、成績もまあ普通。顔立ちも、取り立てて目立つというほどでもない。
人と違うこと?
強いて言えば、神社の隣に住んでいることと、少し変わった武術を習ってること……くらいだろうか。
うちの隣は、大きくはないが古い歴史のある稲荷神社だ。参拝客もそれなりに多く、いつも賑やかだ。
そんな神社の隣であるせいか、うちは代々、男女関わりなく幼い頃から武術を身に付けることがしきたりになっている。
天真正伝香取神道流。由緒正しい武術の流儀だ。父も香取神道流の優秀な師範であり、私は幼い頃から家に隣接する道場で稽古三昧だ。
厳しい稽古の甲斐あり、剣と槍は相当の腕前だ。
「美弥〜、今日も稽古?」
放課後、友達が声をかけてくる。
「んー。今やってる槍の型が難しくって。流派の中でも最高レベルらしい」
「へええ。
お父さんのスパルタも凄いけど、それについていく美弥がまた凄いよね〜」
「っていうか、私も結構好きなのかな。稽古」
「はーこりゃカラオケ誘ってもダメだわ。……じゃ頑張ってね。今度は一緒に行こうよね!」
「ありがとー」
そんな感じで、友達の誘いもしばしば断って筋肉と技ばかりが身についていく私なのである。
校舎を出ると、爽やかな風が肌を撫でる。
「ん〜。気持ちい〜」
10月の半ば、心地いい秋晴れだ。
高い空を仰ぎ、ぐうっと伸びをしながら深呼吸する。
「美弥」
その時、後ろからふと声をかけられた。
振り返ると、すらりと華奢な男子高校生が、冴えた美貌を微かに緩めて微笑んだ。
弓月は、控えめに言って完璧に美しい。
滑らかに白い頬に、すっと通る鼻筋。
凛々しい眉、涼しい目元。黒く艶やかな瞳と髪。
その端正な佇まいには、まさに由緒正しい神社の息子の品格が漂う。
こうして肩を並べて歩く幼馴染の関係だ、というだけで、私は周囲の女子から半狂乱の嫉妬を抱かれる場合も少なくなく……武術でもやっていなければ、今頃本気で命を狙われていたかもしれない。
弓月本人は、目下の所異性には一切興味がないようだが。
「あ、弓月」
「お前、また稽古か?筋肉太りという言葉を知ってるか」
「————」
こいつは。
この幼馴染は、どこか儚げな空気を醸しながら実はこういう超絶毒舌野郎である。
「……あのさ弓月。体の筋肉量は健康に直結してるの、知らないの?
歳とって階段上るのに苦労するようになって初めてはっと気づくんだから。弓月、そのままじゃちょっと将来ヤバいでしょ」
「余計なお世話だ。
それに、うちは格闘技系の習得は禁止されてるんだし、お前んとこの道場で鍛えたくてもNGなんだから仕方ない」
そこで弓月は、本気で拗ねたようにムッとした顔を見せた。
突然そんな子供みたいな様子を垣間見せる彼を、可愛いっっ!!とつい思ってしまう己を、すかさず心の中でぶん殴る。
うちとは逆に、白宮家では武術や格闘技系は身につけるべからず、という家訓があるらしい。
同時に、茶道・華道を嗜むこと、というしきたりにも彼は従わなければならず……中学くらいまでは、彼はその稽古をとても嫌がっていた。
優秀な彼は、今ではそれらの技も真面目に身につけているのだろう。その身のこなしや立ち居振る舞いの美しさは、恐らくそんな鍛錬の成果なのだ。
「……お互い、家の決まりが時々鬱陶しいよね」
「そうだなー。まあ俺は次男だし、とりあえず気楽だけど……もっと自由だったらいいのに、とは思うよな」
同時に、ふっと空を仰いだ。
「……あ、そうだ弓月。一つお願いがあるんだけど。
化学ね、新しい単元入ったんだけどチンプンカンプンなんだよ〜。教えてくんない?」
「えーやだ。お前わかるまで超めんどくせーし」
「A組のやつってこういう『俺アタマいい』的な言い草がほんとムカつくよね」
そんなことを話しながら、笑い合う。
こういう瞬間に、こいつと幼馴染でよかった、なんてちょっとだけ思うのだ。
*
そんなある夜。
私は、夢を見た。
深い森の中。
濃い霧のかかる視界の中を、何かが近づいてくる。
思わず目を凝らした。
——狐だ。
見たこともない純白の毛並みの、輝くように美しい狐。
じっと見惚れていると……狐は、すいと立ち上がった。
するとその姿は、見る間に若い女へと変わっていく。
——透き通るような白い肌に、ゆるく結い上げた豊かな黒髪。
見つめるものを吸い込むかのように黒く潤う、切れ長の瞳。濃い桜色に艶めく唇。
純白の着物をさらりと羽織り、艶やかな妖しさを放つ——それは、例えようもなく美しい女だった。
女は私には気づかないようだ。
茂みで息を潜める私の前を通り過ぎ……
別の人影へ向かい、まっすぐ近づいていく。
……その先に立っているのは——
弓月だ。
多分……いや、間違いなく。
いつものブレザーじゃなく——
女は、弓月の前まで来るとゆるりと
そして、恐ろしいほどの美しい微笑みを浮かべながら弓月の手を取り、優しく囁いた。
「そなたに、
——拒むことは許さぬ」
その言葉に、弓月は何も答えず、静かに俯く。
陰になったその表情は、私にはどうしても見えなかった。
漂っていた霧は、やがて一層その濃さを増し——
私の視界は、再び薄暗い闇の中へと戻って行った。
気づけば、朝だった。
いつもと変わらない朝。
窓から光の差し込むベッドで、むくりと身を起こした。
けれど——
額と掌には、変な汗の感触がありありと残っている。
つまどい。
それは——求婚の言葉だ。
あまりにもリアルな夢の美しさと恐ろしさに……私の心は、凍りつくようにガタガタと震えていた。
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