第111話 タジル戦
炎の弾丸がリティールの周囲を煌々と照らしている。次々と生成されては射出を繰り返す炎の弾幕は接近して肉弾戦に持ち込もうとしている魔王軍の幹部、タジルをして逃げの一手を取らざるを得ない状況に持ち込んでいた。
「成程、これは厳しい……いかにパリヤッソ様の分体とはいえ、これでは手古摺ることもやむなしと言えるでしょう」
自身が攻め込む隙を与えない高密度の弾幕を実行するだけの術式行使能力と魔力量を兼ね備えたリティールに思わず感心して呟いてしまうタジル。そんな彼の耳を美声が打つ。
「手古摺る? 私が勝ったのよ。その言い方はおかしいんじゃない?」
「ふっ……何も知らない無知な小娘が……!?」
何故、炎の弾幕の中で相手の声が聞こえる? タジルがそう思った次の瞬間、彼の目の前を炎を纏った拳が通過していた。しかし、反射的に避けたと頭が理解したその時には激痛が腹部に焼け付いている。それは続く攻撃からタジルを逃さない。
「決めさせてもらうわ【
リティールが止めに入る。その瞬間、タジルが吠えた。
「なめ、ルなァッ!」
「なっ……」
咆哮と同時に姿を変えるタジル。首から上は巨狼の頭部になり、身体は老紳士のような細身から一転して筋骨隆々の巨漢に変わった。そして彼は蝿でも追い払うかのようにリティールを弾き飛ばした。
「……それがあんたの本性って訳ね」
宙で体勢を立て直したリティールは冷静にタジルを見定める。タジルから感じられるパリヤッソの魔力の匂いが濃くなっており、腹部に負わせていた怪我も消えてなくなっていた。厄介そうな相手にリティールは顔を顰める。
対するタジルはご機嫌のようだ。巨狼の口から舌を出して笑いながら告げる。
「誇っていいぞ小娘……この姿になったのは数十年ぶりだ……!」
「あらそう。それでこれが最後になるって話ね」
「減らず口を……最後になるのはお前の方だ。この身体の力、その矮躯で思い知るがいい!」
言い終わるや否やタジルはリティールを急襲した。
(速い!)
先程よりも更に速度を増したタジルに驚くリティール。タジルの方は相変わらずリティールと遠距離戦を行うのは不利だという認識は変わっていないようで、接近戦に持ち込む腹積もりのようだ。しかし、リティールもそう簡単に相手の思う通りに事は運ばせない。炎の弾幕を張って相手に近づく隙を与えなかった。
「チッ……」
虚を衝いた攻撃でもリティールの弾幕を抜けなかったことを受けてタジルは一時その場に停止する。そこに炎弾を叩き込みながらリティールは冷静に断じた。
「この程度かしら? なら、やっぱりあんたは終わりね」
「……なるほど。確かにパリヤッソ様の分体を倒したと言うだけはある。個人戦では不利だな」
タジルの言い方にリティールは引っ掛かりを覚える。彼の言葉では団体戦があるかのようではないか。その内、思い当たるのはすぐ近くにいる彼女の妹と戦う青年たちのこと。リティールはタジルの言葉に釣られたようについシャリアの方を見てしまった。直後、リティールの至近距離で嘲笑の声が聞こえる。
「隙を見せたな?」
「甘いわね」
一瞬の攻防。大きく後退したのはタジルの方だった。隙ありと見て距離を詰めてきたタジルに対してリティールは冷静に範囲火炎で迎え撃ったのだ。タジルは再び不利な状況に追い込まれる。
「今のがあんたの奥の手かしら? 笑わせてくれるわね」
火炎を纏いながらリティールは薄く余裕の笑みを浮かべる。それに対してタジルも笑っていた。
「違うな。今のは事実にお前が釣られて隙を見せたことによる反射的な攻撃だ」
「無様ね。もう一度隙を見せてあげたら同じことをするのかしら? それなら単純だわ。かかってきなさい。今度こそ燃やしてあげるわ」
「ふん。些細な言葉に惑わされて隙を見せた者がよく言う……」
「言葉で遊ぶのがあんたの奥の手ならもう飽きたわ」
リティールがそう言い終わらない内にタジルの身体に強烈な圧力が加えられる。何らかの術か。そう判断したタジルがその場から逃れようとするも彼はその場から動くことが出来ない。
「【
激しい抵抗を見せようとするタジルをリティールは魔力で締め付け、身動ぎすら許さない。
そして、右手をタジルに向けて術を実行した状態でリティールは左手にも魔力を集め始める。
「【
リティールの左手に生み出されたのは蒼炎の魔弾。それは静かに、しかし膨大なエネルギーを内包して真っすぐタジルに向けて射出された。
そして、閉じた空間で爆発が起きた。超高温の蒼炎が閉じた空間を染め上げるのを少し離れた場所で見守りながらリティールは呟く。
「……呆気なかったわね。大口叩いてもあんた、パリヤッソの分体には程遠かったわよ」
「だろうな」
背後からの急襲。リティールは身動き一つとれない。振り抜かれる凶手。それをリティールはただ見ていた。
「それも、パリヤッソの二番煎じ。お粗末な魔力操作じゃ私は騙せないわ」
そう。彼女は見ているだけでよかった。振り抜かれたタジルの凶手はあらぬ方向へと呑み込まれており、彼女にかすり傷一つ付けられていなかったのだ。
「なっ……!?」
「【
空属性の超級魔術。タジルの凶手が振るわれた先はどこか知らぬ場所。術式行使が終わった後、彼の腕はどこかに置き去りにされ、タジルは両腕を失っていた。
両腕を失ったタジル。その付け根にはご丁寧にリティールが使用した空間魔術の魔力が残留しており、回復させようにも上手く魔力が回らない。タジルはもう笑うしかなかった。
「あなた、一体何属性使えるんですか……」
「九よ」
「ッ! 魔王様より多い……だと……?」
ここに来て初めて驚愕するタジル。そんな彼にリティールは少し呆れながら肩を竦めて言った。
「ま、使える数が強さとは限らないけど……もう、十分でしょ? ここで終わりにしてあげるわ」
「……喧嘩を売る相手を間違えた。ということか」
「有り体に言えばそうね」
「ふっ……口惜しい。だが、目的だけは達成させてもらうぞ! この命、尽き果てようともお前はここで足止めさせてもらう!」
タジルの魔力が爆発する。それはどう見ても持続する物とは思えず、タジルの命を削っているものだった。だが、ここで死ぬか後で死ぬかの違いに過ぎない。そんなことよりもリティールはタジルの言葉の裏が気にかかった。
「足止め? 何か碌でもないこと企んでそうね……さっさと決めさせてもらうわ」
「ほざけ!」
「速攻で片をつけるわ!」
激突する両者。そんな二人を地上から眺める者が。
「おぉ、怖い怖い……タジルさんはここまでみたいですね。作戦も登下校する生徒に眷属を忍ばせて奇襲する以上のことはなさそうですし、僕の方でさっさと用事を済ませてしまいましょう」
結界の外から戦いを眺めていた男はそう言うと足早にその場を通り過ぎて行こうとする。その後ろには夥しい数の死体と、その死体の欠損した箇所を組み合わせて作られた蠢く肉塊があった。
「じゃ、この場は任せたよ。新たな試験体君。存分に暴れて仲間を増やすといい」
彼が肉塊にそう告げると蠢いていた肉塊は意志を持ったかのように人がいる方向へと動き始める。その動き出しを見た後、青年はすぐにその場からいなくなって表の喧騒の中に消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます