第31話 デスゲルキア
過密スケジュールをこなしていたレインスにとって約束の日はすぐに来てしまったように感じられた。連休が始まる前の夜。レインスは誰にも言わずに疲労を隠して学園都市アルシャディラを後にする。
(……案の定、着いて来たか……まぁ、一人だから何とでもなるが……)
この日に出ることは誰にも言っていないレインス。だが、やはりと言っていいのか危険だと分かっていない少女が彼の後をつけて来ていたようだった。
(一回、ちゃんと話をして止めよう。その後、着いてきたら自己責任だ……どの道、デスゲルキアは超えられないだろうしな……)
暗い考えをしながら【仙氣発勁】を用いて疾走するレインス。追跡してくる少女はこちらにバレないようにか魔術を用いておらず、高い身体能力に更に磨きをかけているのが窺えた。だが、そんな追いかけっこもある程度までしか続ける気はない。
「……シャロ。ついて来てるんだろ? 一回話がしたい」
未開の森の入り口に入ってすぐ。白霊虎の鋭敏な聴覚に聞こえるように、しかし、あまり遠くまで聞こえ過ぎないように少し大きめな声で告げるレインス。
彼の感知によればこの辺りにシャロ以外の人はいない。しばらく動かずにレインスがじっと待っていると諦めたかのようにシャロが樹上から降りて来た。
「……何」
あんまりな挨拶にレインスは苦笑してしまう。
「何とはこっちの台詞なんだけどな……シャロ? 危ないからついて来たらダメって言ったよな?」
「でも、レインスは行こうとしてる」
「今回のは方法さえ分かってれば大丈夫なんだ。でも、分からない人にとっては難しい。そういうところに行くんだ」
「じゃあ教えて」
それは無理だ。今から行くところは男に求める物と女に求める物が違い過ぎる。しかし、それをストレートに言うのは憚られた。それ以上の説明を求められるのが目に見えているからだ。
「シャロ、今から行くところは……」
「あんまり危ないことするなら勇子に言う」
「……シャロ? それは白霊虎の盟約で」
「してない。レインスの本当の力は黙ってる。でも、危ないことするのは違う」
(……抜け道を用意してきたか……)
ちょっと旗色が悪くなるレインス。本来であればこの程度の言い回しなどどうにでもできるのだが、今のレインスは疲れ気味な上に気が急いている。ちょっと面倒になり始めていた。
「じゃあ分かった。これから始まる事に文句言ったらダメだからな」
「ん。一緒に行く」
「ダメだったら帰ること。そして、ダメでもダメじゃなくても今からやることは絶対に秘密だから。約束できる?」
「ん」
承諾は貰った。それでは出発だ。仙氣で人間の生活の営みが行われて通常の流れとは異なる自然が生み出されている場所を目指してレインスは移動を開始する。
「レインス、思ってたより荷物あるけど。持った方がいい?」
「大丈夫。取り敢えず、今からの目標を移動しながら話す。目標はデスゲルキアの町だ。危ないところだから気を付けて」
「……レインス、何しに行くの?」
「取り敢えず中に入れば分かる」
学園都市からデスゲルキアまでの道程は地図に載っている。流刑地であるため、生徒が立ち入らないように厳重に警備されている方向がそうだ。か細いが道や立入禁止の標識などもあり、夜目が効くシャロや仙氣を辿るレインスであれば迷うこともなかった。
走ること数時間。レインス達は人工の灯り、篝火が焚かれている門前に立つことになる。そこに居たのは屈強そうな門番たちだった。
「んー? ガキがこんな夜更けに何の用……あぁ、そういや連休に入るんだったか。おい、ここはデスゲルキアだ。入りてーなら入れるが中に入ったら大変なことになるっつーのは覚えとけ」
「入れてくれる?」
「……いいんだな? 確認は取ったぞ」
「うん」
再度の確認の後、男たちはにたりと笑った。そして話をしていた方が通信機で内部に何かを伝え始める。その間にレインスと門番の会話を見ていた男が告げる。
「ようこそ! デスゲルキアに! 旅人たちは歓待するぜ! 君たちが望むものはここにある!」
熱っぽく語る男。そうしている間にもう一人の方は通話を終えていた。彼らは目を合わせるとレインス達に向かって告げる。
「「さぁ、中に入りな」」
中に入るとまず通されたのは別室。後ろを見るに門との大きさとは不釣り合いな扉がある。どうやら、空間転移をされたようだった。いきなり人間には習得が困難な空間系の魔術を使われたことにシャロは驚きを隠せないがレインスは平然としている。そんな彼らの目の前にいるのが綺麗な身なりをした紳士だった。彼は二人を見るなり笑顔と思われる表情を浮かべてレインス達を招き入れる。
「ようこそ、デスゲルキアへ。ここには何でもある。ただ、対価が必要だけどね。まず君たちには入って来た特典として5000ソールをあげよう」
そう言って彼はレインスとシャロに紙幣を手渡した。それはシャロが今まで見たことのない紙幣だ。少なくとも、金貨や銀貨など貨幣が主であるこの辺りのお金ではない。シャロが珍しそうにそれを見ていると紳士は続ける。
「毎日1000ソールあげるから食事に不自由することはない。ただ、それは最低限を望むのであればの話だがね」
「……どういうこと?」
「この町はデスゲルキア。この町には何でもある。美食だって望めば幾らでもあるということさ。パン一つでも10ソールのカビが生えたパンから10万ソールの最高級のパンまで幅広く揃えている」
男は熱に浮かされたようにレインス達に尋ねる。
「さぁ、君たちが望むのは何かな? ここはソールさえ支払えば何だって手に入れられる。何を欲してこの町に来たのか、おじさんに教えてくれ」
「ソールってどうやったら稼げるの?」
紳士の質問に答えずに疑問をぶつけるレインス。紳士の気分を害するかと思われたレインスの行動だが、紳士からすれば説明の順番が変わっただけに過ぎない。
「よくぞ聞いてくれた。君は聡明な子どものようだね。ソールを集める方法はものを売るか皆を楽しませるかだ。おすすめは後者だよ? なんと言ってもこの町じゃ何だってある。ソールを持ってる人たちはわざわざ外から物を買わなくても自分で手に入れられるんだ。だが、娯楽は別だ。君たちが楽しませればその膨大なソールを分けてくれる可能性が高い」
「ふーん、じゃあその皆を楽しませるってのは何があるの?」
「そうだね、例えば人殺しかな」
にっこりと笑って彼はそう答えた。そのまま彼は続ける。
「エロ、グロ、何でもいい。刺激あるものだ。何、君たちがナンセンスな物語を見せてくれればみんな楽しんでくれるさ。兎にも角にも何かやってくれ。僕らはそれをバックアップしよう」
表情と言っていることが乖離している。ぞっとする態度でそう告げる男にシャロは少し怯えてレインスの袖を引いた。レインスはそんな彼女を少し見て安心させるように頭を撫でてあげると男に向かって尋ねる。
「この子は怯えてこの町から出たがってる。出してやってくれないか?」
「んー、私はさっき言ったはずだ。望むのであれば対価が必要となると。来た場所に戻るなら1万ソール。別の場所に出たいのなら少なくとも2万ソールが必要だね。ただ安心するといい。確認が取れた……君たちの魔力パターンはこの町に未登録のものだったから今なら新規登録の初心者歓迎サービスで稼ぎやすくしてあげるよ」
「……シャロ」
「レインス……」
シャロはレインスと視線を合わせることで理解した。彼はここに来る前からこうなることを知っていたということを。そして同時に彼女をここでふるい落とすつもりであることも。
「こういうことだ。詳しいルールについては俺はもう知ってるからいい」
「……ここを出られた方の話でも聞いていたのかね? その上でこの町に来るとはなんと見込みのある方だろうか!」
「勿論、この話は内密に頼む」
「えぇ、えぇ。お客様の個人情報だからね! 当然だよ」
少し考える素振りを見せた後に急にテンションを上げた紳士を前にしてレインスは静かに告げる。
「シャロ、お前は何もしなくていい。無事に帰らせてやる」
「……! それは嫌。私も何かやる」
やはり、そう来たか。そう思ってすぐに否定するシャロだが彼女の反応に何よりも喜んだのは紳士の方だった。彼はレインスが何か言うよりも先に声を張る。
「よいことだ、よいことだ! やはりどちらかだけに任せるというのはダメだ! お嬢様の方も登録させてもらおうかね! では、初回特典で舞台と参加者を募っている主催者の紹介を無料で行わせてもらおう!」
「シャロ」
レインスの注意を促す声。しかし、シャロは聞き入れなかった。目の前にソリッドビジョンのように浮かんでいる部隊と主催者の名簿を見ながら一言だけ告げる。
「私だって役に立つ」
その言葉を聞き、彼女の纏う空気を見たレインスはもう止めるのを諦めた。その代わりに彼女に忠告だけしておく。
「……じゃあ一先ず言っておく。まず舞台についてだ。舞台には舞台に合った演目が見たい観客がいる。何をするのか決まったらその客層に似合う舞台を選ぶこと。
そして次に主催者だ。主催者の隣にPV数ってのがあると思うが、それが主催者の持つ集客力の目安になる。PV数が多い程観客はいるが、主催者の力や既にいる演者の人気が高いということになるから自分の取り分は少なくなる。その辺りを見極めてくれ」
「ん……」
詳しいですねぇ、そう感心する紳士。これだけ研究していれば来るのもおかしくない。彼がそう考える中で二人は紳士から貰った町の地図を見ながら落ち合う場所を決めた。
そしてシャロが紳士から見せてもらっている項目が日常系というそこまで危険そうでないのを確かめた後、レインスは彼女に告げる。
「いいか? 何よりも無茶だけはしないように。契約が絶対だからわからないことは分かるようになるまで訊くこと。何かあったらすぐに連絡すること。攻撃された場合は手加減しないこと。それだけは守ってくれ」
「……それくらいできる」
「じゃあ、頼んだぞ」
レインスはそう言い残すと紳士から見せられていた自身の画面の紹介に上がっていた項目を開き、更に下の項目を開いて該当者の居所が載っている地図を呼び出すとそれが示す場所に触れる。次の瞬間、彼はその場から消えていた。
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