第30話 未開の森
かつての仲間が危険に晒されていることを思い出したレインス。だが、彼は感情のままに飛び込むということはしなかった。まずは情報をかき集めるのだ。
という訳で彼は昼のギルドにやって来る。そこにはこちらの様子を遠巻きに見て来るレーノの姿もあったが、子ども用の新聞を見ていたレインスと目が合うと自然とその目を逸らして事務仕事や受付業務に戻る。
昼のギルドでは夜と異なり、学校の支援だけでは賄いきれない分を補填するために依頼を受ける学生冒険者やちょっとした小遣い稼ぎで難易度の高い依頼をこなすような優秀な生徒たちで溢れていた。
そんな中でレインスは子ども用新聞を見ていく。取り敢えず、目の前にあったのは北部戦線で戦乙女が活躍している一面の最新の新聞。記事をざっと見る限りでは現在も北部地域で戦いの真っ最中の様だ。レインスはそれだけ見ると更に奥の方に保管されている新聞を見に行く。これから向かう未開の森についての情報を集めるためだった。
果たして、過去の新聞情報には行方不明者の目撃情報や子どもたちへの注意喚起などで未開の森に関するの情報が乗っていた。
そこからしばらく調べ物をした後、レインスは自宅に帰る支度を整えつつ今得た情報をまとめていく。
(……勇子はアレを見る限り、今は動いていないみたいだ。そもそもあいつは賢者と必要事項以外あんまり話をしてないから知らないのかもしれないな……)
ゴーレムの活動時期と勇子の北部戦線の活躍、並びにレインスとの活動を見ると彼女はゴーレムの討伐に向かっていないようだ。そのため、自分が動く必要がある。
(田植え期間の休みは1週間。未開の森の中にあるヨークの里、シャーブルズまではあいつの言葉を信じるならここから……【仙氣発勁】を使って無理なく行って丸一日というところかな……あの町を抜けたとして、だけど)
内心の嫌な感情が表に出てしまうレインス。既に自室に戻っているため特段問題はないが、レインスが素直に感情のままの表情を取るのは珍しい光景だった。それだけ行きたくない町があるのだ。それならばいいというものだが、基本的に未開の森は未開というだけあってランドマークというものがなく、場所の把握が難しい。そのため、町という位置が分かるランドマークを使わなければならないのだ。
それが、未開の森にある三つの町。
一つが未開の森の中でも下天の森と呼ばれる未開の森中央北部に広がる、天使が舞い降りた町……キャピタノイア。王族による絶対王政と天使が定めた天律を絶対とする矛盾した危険な町だ。そこは魔族領とも一部接していると噂されるが、魔族でさえ近付く者がいないと言われている。
次が未開の森の中央に位置する異世界に通じる大穴を崇める町、クラリトフ。この町には異世界人が多く出没し、出て来る者はいるが強大な力を持つはずの異世界人が皆一様に危険な思いをして二度と近付きたくないと告げるため誰も近付かない。
そして最後が今回、レインスが通るかどうか検討している町。悪人、無法者たちが集う狂乱の町デスゲルキアだ。
このデスゲルキアの七番ゲートから真っすぐ南西に見える異様な彩色の巨木を目指して走ればヨーク種の里シャーブルズに着くとされている。
(一度、行ったことはある……迷うことはないだろうが問題はデスゲルキアに入ることだ……あの町にはあの町のルールがある。それをクリアしないといけないんだが……まぁ、他の2つよりマシと言えばマシなんだが……)
思案するレインス。最短ルートを突っ切らなければ休み期間の踏破はかなり難易度が上がると言っていいだろう。そのため、デスゲルキアを通る必要があるのだがそこで問題となるのがかの町のルールだった。
未開の森中央という強力な魔物の宝庫とも言える場所で逞しく生きている彼らは独自のルールを築いて生きている。しかし、元々は流刑地として、そして時を下った今では人間の社会的な生活に適合出来なかった者たちが集まる場所となっている。そんな者たちが集まるのだからその町のルールは一筋縄ではいかない。とにかく、彼らは通行する者に一時の悦楽を期待するのだ。未開の森という閉鎖された空間の退屈さから逃れるように。その内容は酒、女、金、薬、暴力、なんでもいい。彼らを楽しませる刺激あるものであること。
住人たちはそれらの通行人が楽しませる催しに対してこの町独自の通貨を投げる。それを集めて通行料を支払うというのがその町を通過する条件だ。
勿論、そのルールを破れば、かの強力な魔物がいる地帯で暮らしている住人たち全員の敵となるため、殺されるのは間違いないだろう。
「はぁ……」
溜息をつくレインス。そんな彼の部屋に来訪者が現れた。気配だけは探っていたため特段驚くこともなくレインスは彼女を招き入れる。
「ん、おはよ。レインス」
「おはよう、シャロ。どうしたの?」
「……お休みの間、どうするかなって思った」
どうやらレインスの連休スケジュールを探りに来たらしいシャロ。彼女の言葉を受けたレインスは微妙な顔になる。
「あー……ちょっと出かける用事がある」
「大丈夫? 危ない?」
レインスは返答に窮した。彼女の目は新兵が厳しい訓練に耐え、その成果を発揮したい時に見せる顔そっくりだったのだ。これは己を過信している。そう判断したレインスだが、返す言葉に困る。危なくないと言えば同行するだろうし、危ないと言っても同行するだろうからだ。
従って、レインスの返答はどちらつかずという形になる。
「……割と」
「割と、なら私行っても大丈夫?」
「女の子だと別の意味で危ないかな。特にシャロは可愛いんだから」
「……やらしいとこ行くの?」
ちょっと余計な言葉を挟んでしまったレインス。だが、シャロが勘違いしてくれるのであればそれはそれで好都合だった。何故か……といっても、ヌスリトの一件が理由だろうが、好意的なシャロとの強めの絆を少し弱めておくことが出来そうだからだ。
レインスは、優秀な彼女の足を引っ張るようなことはしたくなかった。自分など切り捨ててどんどん前に行ってほしいのだ。そのために彼は否定をしない。
「ちょっと、ね」
「ふーん……わかった」
「じゃあ「でも毎日じゃないよね」……いやその、別日は別の予定がね」
「わかった」
レインスは少し油断し過ぎたと反省する。目の前の彼女はレインスのことを隠してくれる味方だと思っていたが故の失態だ。
「シャロ?」
「分かったからもういい」
(そういう割に分かってなさそうですがね……)
怒っているという訳でもなく、不機嫌そうな訳でもなくシャロはただそう告げるとレインスのいるベッドに転がり込んできた。
「はぁ……疲れた」
「お疲れ様」
「ん」
シャロの柔らかな髪越しに彼女の頭を撫でると彼女は目を細める。それを当然と思っているような印象だ。まるで猫のように自由な白髪の美少女を見てレインスは内心で溜息をつくと決める。
(……シャロに話したことで退路は自分で絶った。どうせ勇子に恩返しでもしようと思ってたところだ。後一つくらい救ってやるよ……)
半分くらい自棄になりながらレインスは準備を進めることにした。そのために彼はしばらくの間、再び過酷なトレーニングに身を晒しつつ日頃の学校生活をこなし旅の準備を整えるという過密スケジュールを送ることになるのだった。
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