第104話 遁走
(どうにか逃げ出せたか……)
ステラナイツにブラックフォックス、それから戦乙女御一行と騒がしかった集団からトイレと偽って逃げ出したレインスは大きく息をついて外の空気を吸った。
「はぁ……しかし、逃げたはいいが逃げ切れたわけじゃないんだよな……」
レインスはそう呟いて溜息をつく。この状況であの場にいた面々の魔力探知範囲から逃れるのはレインスが全力を出しても無理だ。特に、リティールの感知範囲はレインスの氣による気配探知範囲より広く、限界がどこにあるのかすら分かっていない。つまり、しばらくの間はあの集団に付き合う必要があった。
「嫌だなぁ……大人しくして普通の成人を迎えて慎ましい生活を送りたいだけなのになんでこうなるのかなぁ……」
ギルド内の煌びやかな世界を思い出してレインスから愚痴がこぼれる。この世界に来てから歯車は狂いっ放しだ。しかし、修正できると信じて頑張っていた。その自信が騒がしかった連中と一緒に居続けることで綻んでいる。
(やっぱり、俺は誰かに消費される人間なんだろうか……自分の好きな道を選ぶことは出来ないのかな……)
レインスの内心から弱音が転び出る。そうしている間にレインスの感知範囲内にヨーク姉妹とシャロが入って来た。彼女たちは迷うことなく障害物をほとんど無視して一直線にこちらに向かっている。
「はぁ……」
逃げたところで無駄なこと。憂鬱な気分で彼女たちが向かってくる方向に緩やかに足を進めて合流するレインス。程なくして少女たちと合流は果たせた。その頃にはレインスも憂鬱な顔から普段通りの顔を作っている。
「……レインス?」
「ごめんごめん、ちょっとあの場に戻りたくなくてさ……」
「……一言くらいあってもいいんじゃないかしら? まぁ、戻りたくないのは分かるけど。どうするの? もう帰る?」
「いや……それはそれで後に引き摺ることになりそうだから」
気分の落ち込みを誤魔化して適当な笑みを浮かべながら行きたくない場所に戻ろうとするレインス。そんな彼にシャリアが風の魔術を使って小声で尋ねて来た。
「あの、本当に大丈夫なのです?」
「……どうかした?」
「無理しなくていいのですよ? 何だか辛そうなのです。後はお姉ちゃんに任せて先に帰っておいてもいいと思うのです」
「別に大丈夫だよ」
さらりと嘘をついて笑顔を作るレインス。これくらい朝飯前だ。そうだと思っていたのだが、シャリアは困った顔になって続けた。
「……無理しないでほしいのです」
「大丈夫だって」
「……分かったのです。何かあったら言ってくださいね?」
「はいはい」
レインスの言葉を受けても今一表情の晴れないシャリア。それでもレインスが押し通した形で一行の歩みを早める。シャロとリティールも気を遣って何も言わない中でレインスは心中で何とも言えない愚痴を漏らしていた。
(気付いてるんだろうな。俺の気分の変化に……いい子たちだ。本当に……だからこそ、困るんだよな……いっそ、悪い奴らなら切り捨てられるのに……)
こちらを心配してくれている美少女たちに強く当たれずにレインスは小さな我慢を重ねていく。それが現状を招いているのだと理解していてもレインスには極端な手段は選べなかった。
(こういうのが意志薄弱なんだよな……だから流されて、自分のやりたくないことまで引き受けさせられる……折角の二週目なんだからもっと気楽に好きなことしていたいんだけどなぁ)
こっそり溜息を溢すレインス。本日何度目だろうか。そうしている間にギルドに到着してしまった。憂鬱な気分だが、それを出さないようにしてギルド内に入る。
「おやおや、迷子のお戻りでちゅね~」
「レインス、どこに行ってたんだい?」
「お前、トイレも一人で行けねぇのかよ! ウケる!」
「英雄ちゃんたちに囲まれて羨ましいです!」
ギルド内に入ると先程まで同行していた面々から揶揄されるような声が飛んでくる。機嫌の悪いレインスにとって更に苛立ちを滲ませることになる言葉たちだが、彼が動くより前に周囲を黙らせた人物がいる。
「……うるさいわ。私、今とっても機嫌が悪いの」
声の主はリティールだった。彼女は不機嫌さを滲ませる声と共に魔力の重圧込みの威圧を繰り出して周囲を黙らせた。
「どうしたんだい急に……」
重圧を向けられた中で平然としているのは勇子ぐらいなものだ。彼女は魔力の波動を受けた瞬間こそ武器に手をかけたが、それがリティールのものだと遅れて認識すると武器から手を離して首を傾げていた。しかし、リティールは勇子の問いを無視して自分の用件だけ端的に告げた。
「今日はもう帰るわ。行くわよレインス、リア」
「え、リティール?」
「……行くのですよレインスさん」
何が何だかよくわかっていないレインスだが、リティールに手を引かれ、シャリアに後ろから押されて為すがままにギルドを後にする。その際、唖然とする一行に目を向けるがリティールが名を呼ばなかったことで取り残されたシャロがウィンクするのが目に入るだけだった。
「あ、ちょっと。レインスは……」
「まぁまぁ」
「シャロちゃん? 君も急にどうしたんだい?」
「まぁまぁ」
ギルドを出たレインスたちの後姿に勇子が声を掛けるが残されたシャロがそれを引き受ける。そしてレインス達はギルドを完全に後にするのだった。
ギルドを出た一行はリティールを先頭に昼下がりの街道をどんどん進んで行く。ルート的にはどうやら家へと続く道のようだ。リティールに手を引かれながら移動しているレインスはその途中で周囲の目が気になり始め、リティールに声を掛けることにする。
「リティール、ちょっと待って」
「もう少し行ってからならいいわ」
「せめて手を。自分で歩けるから」
「……こっちの方が色々と都合いいのよ」
何を言っているのか……少し考えるレインスだが、シャリアの方がこっそりと風の魔術を使って耳打ちしてくれた。
「この方がお姉ちゃんの我儘でレインスさんが振り回されてるように見えやすいのです」
「……あぁ、そうか。そういうつもりで、ね」
ここでようやくレインスはリティールが自分のために汚れ役を買って出たことを理解する。レインスが自分の気分が悪いことを隠しているのを受けてリティールもレインスを自分の我儘で振り回しているという状況で隠すことでレインスのことを慮りながら彼の体調不良を隠すということをやってのけたのだ。
(回りくどいな……しかも、自分だけが嫌われ役になる)
リティールがレインスを庇う形でやった今回の一件だが、彼女が体調不良を装うなど他にもやりようはあっただろう。しかし、彼女はレインスにも相談せずに周囲を威圧するという形で実行した。
(……確かに、今の内から気難しい奴と思わせておけば後々の行動の際にそういう奴だからということで便利になるかもしれないけど……いや、そうじゃないよな)
「リティール」
「何よ」
「ありがとう」
「……別に、あんたのためだけじゃないわよ。気にしなくていいわ」
レインスの方を振り返らずにそう告げたリティール。一行はそのまま静かに帰路につくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます