第103話 黒狐

 ステラナイツの社会科見学の午前の部を終えた一行がギルドにて昼食を摂っていると唐突にそれはやって来た。


「頼もーう!」

「ん……?」

「お、ブラックフォックスじゃないか」


(ブラックフォックス……は、見たことあるな)


 来訪者はブラックフォックスと呼ばれる冒険者二人組。恋人同士でもないのに男女二人でパーティを組んでいる変わり者の銀級冒険者だった。レインスは彼らの事をギルドで一度見た時に警戒すべき対象の中に入れたため、覚えていた。

 そんな警戒対象にあるブラックフォックスの二人だが、その内の美少女と呼べる少女の方がレインス達の方を見て鼻息荒く駆け寄って来た。


「ふぉお! 今日は妖精姫シャリアちゃん、魔女帝リティール様のお二人に加えて白雷しろかづちシャロちゃんまで! 夢の様なパーティです! 今日はどんな冒険をされるんですか!?」

「ん、ラビットファング狩り」

「……どんなラビットファングだったんですか!? 3メートルくらい!? 頭が三つあったりしましたか!?」

「フツーの」


 興奮していた少女はシャロの言葉に動きを止め、少し考える素振りを見せると何かに納得いったように頷いた。


「なるほど、これから始まる冒険譚の前触れという訳ですね! 英雄たちにもこんな冒険の一幕があったという……ふぉぉ、何だか興奮してきました! 是非、詳細をお聞きしても!?」

「アリーシア、そこまでにしておくんだな」


 それまで黙っていた青年の方が髪をかき上げながらアリーシアと呼ばれた少女とシャロたちの間に割って入ってきた。


「クロワール、お静かに願いますよ! 今は若き英雄たちのインタビューで忙しいのです! さぁさぁ、その可憐なお口からどんな驚き情報が飛び出すか! 楽しみですねぇ!」

「この子にも困ったものだ……」


 やれやれと言った感じで肩を竦めるクロワール。そんなことはどうでもいいのでレインスはアリーシアを黙らせてほしかった。しかし、それより先にリティールが前面に出る。


「普通に兎狩りよ。今、ソテーになってるこれと同じようなサイズの奴を狩って持って帰って来ただけ」

「では、その時に何か面白いお話が!?」

「知らない男二人がいる中でそんな暴露トークしないわよ……」


 その言葉を聞いてアリーシアはステラナイツの二人の存在に初めて気付いたようだった。そして嫌そうな顔をする。


「……星見の騎士ステラナイツですか。何でも永遠のロリとかいう矛盾した存在を追い求めつつ欲望を抑えられずにその辺の年下を喰いまくる外道とか。リティールさん! いけませんよ! こんなのと絡んでいたら折角の英雄譚に汚点が! ……はわ、もしかして囮捜査!? この二人が巨悪の末端で、これから英雄譚の一幕が上がったりするんですか!? アリーシアもしかして余計なこと言いました!?」

「誰がロリコンの外道だ!」

「どっから仕入れた情報だ!?」


 正確な情報にステラナイツの二人は驚愕した。是非ともその情報源は断たねばならない。そう思って問いかけるがクロワールは笑顔で首を横に振る。


「まぁまぁ、いいじゃないか。ここだけの話なんだ。それとも何だい? 噂が本当だから情報源を叩きたいとか言うのかな?」

「……いや、この子たちに誤解を与えるだろ!」

「今、後輩たちの指導を頼まれて社会科見学をやってるところなんだよ!」


 抗議するステラナイツ。しかし、事の発端であるアリーシアは話を半分以下ほども聞いていない。


「ふぉぉ……! 社会科見学ですか! まさに英雄たちの前日譚というわけですね……! アリーシアも参加したいです!」

「アリーシアは仕方ないな……」

「仕方ないじゃ済まねぇだろ!」


 喧々諤々のステラナイツとブラックフォックス。その様子を見ていたリティールがシャリアとついでにシャロにも告げる。


「という訳よ。この二人は私たちの身体目当てだったの」

「お姉ちゃん、ごめんなさいなのです……」


 流石に身内だけでなく他人からの情報もシャリアが気にすべき内容であれば彼女も謝罪せざるを得ない。シャリアは魔眼持ちの姉の意見を軽んじたことを反省し、リティールに謝った。

 だが、それに納得いかない……いや、納得してしまっては立場と状況が悪くなる者もいる。


「いや、ちょっと待ってね! 君たちが魅力的なのは事実だけど誤解だよ!」

「あーもう! お前らの所為だぞ! 責任持って「私たちが社会科見学を成功させればいいんですか!? ご褒美です!」ちげーよ! 誤解を解けって言ってんだ!」


 気をつけなさいと言いつつシャリアを慰めるリティール。誤解ではないが、誤解ということにして警戒を解こうと必死なステラナイツ。己の欲望に忠実なブラックフォックス。レインスは静かに小さくなって場の成り行きを見ていた。


(何だこれ……)


「レインス、あーん」

「え? 何で?」

「いいから」


 しかもこの流れを無視して意味不明なことにシャロがレインスのことを甘やかしにかかった。一応、彼女なりのロジックとしてはステラナイツの二人に自分のことを諦めてもらうために彼氏がいるということにしようという何とも適当で浅い計画があったりするが、唐突に振られたレインスは困惑するばかりだ。


「……こんなに可愛い英雄に囲まれて、あまつさえはあーん! レインス君、前世でどんな徳を積めばそんなことに!?」


 そんなシャロの行為に刮目するアリーシア。そんな彼女の問いに魔王討伐かな……とは言えない。それよりもレインスは混沌とする場に関わりたくないので手早く食事を済ませることにする。その様子を見て小さな英雄たちもレインスがこの場から撤退しようとしていることを理解し、食事の速度を上げた。


「ふぉぉ……かわいい! 何てかわいいんでしょうか! あ、ロリコンの外道さんたちは閲覧禁止です」


 小さな英雄たちの食事風景にすら興奮する始末のアリーシアだが、他人が同じ様なことをするのは気に入らないらしく、ステラナイツの二人からリティールを庇う体制に入った。その態度に流石のステラナイツも頭に来たようだった。


「いい加減にしろよ! 営業妨害だぞ?」

「大体、お前こそ無駄に接近して鼻ひくひくさせてんじゃねぇか!」

「同性ならセーフです!」

「……普通に嫌なんだけど」


 食事の合間に冷静に突っ込むリティール。アリーシアが美少女でなければ風魔術で吹き飛ばしているところだ。それはそれとして、アリーシアの態度に腹が立ったステラナイツの二人は席を立ってアリーシアの方に詰め寄った。


「ひぃ、アリーシアも手籠めにする気ですか!? そっちがその気ならアリーシアも抵抗しますよ!」


 若干怯える素振りを見せながらも好戦的なアリーシア。そんな彼女にラビは思わず叫ぶ。


「誰がお前みたいな年増と!」

「正体現したね」

「上等だ……!」


 ブラックフォックスとステラナイツの間で険悪なムードが高まる。それに先んじてギルド職員がギルド内での揉め事は禁止だと割って入った。だが、それで収まるレベルの険悪さではなかったようだ。一行は闘技場での決闘を申し付ける。


「……これは社会科見学外だよなぁ」

「なのです」


 レインスの呟きにシャリアが同調する。そこに輪をかけて面倒臭い連中が乱入して来た。


「……! 手間が省けた。レインス! なぁんで社会科見学しに来ないかなぁ!」

「げ……」

「ふぉぉ! 黄金級の冒険者の証! 艶やかな黒髪に意志の宿りし黒き双眸! これは間違いありません! 現役の英雄様! 北の戦乙女様じゃないですか! ふぉぉ! ふぉぉぉ!」

「アリーシア、最早言葉になってないぞ」


 現れたのは北方前線の英雄、戦乙女こと望月勇子。レインスの前世における勇者がこの世界に現れるために性別を反転させた存在だ。彼女が現れると揉め事を起こしていたステラナイツも気おされて少し黙った。


「あ、あの! アリーシア、ファンなんです! 握手してもらっていいですか!?」

「え、あぁ、別に構わないけど……」


 何だこの子は。レインスの友達か? と思いながら勇子はアリーシアと握手をしながらレインスの方を見る。彼は露骨に嫌そうな顔をしていた。隣にいるヨーク姉妹も、それからシャロに至るまで彼女の来訪を歓迎してくれないようだ。


「……そんなに嫌がられるとちょっと傷付く」

「ごらァッ! 姐さんに何て態度取ってやがる!」


 傷付く勇子。その場に更に勇子の弟子とでも言うべき存在である少年、ロックが吠えながら入って来た。それを見てレインスは事態の収拾を諦め、逃げ出すことだけを考えるのだった。



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