第56話 羊の皮
「ん、あぁ……ん?」
シャリアがギルドでその実力の一端を見せつけてしまった翌日の朝。レインスは美少女たちに囲まれて眠っていたことに気付く。両隣の少女たちは天使の様な寝顔だった。
ついでに、彼らが眠っていたベッドの下には酒臭い残念美少女が大の字で色気の欠片もないように口を開けて転がっていた。
「……まぁいっか」
この状況に際してレインスは動じずに周囲を起こさないようにトイレに向かう。それが済んだら目が覚めた。そして改めて現状を確認する。
(……何だこの才色兼備の美少女に囲まれてる状態は。少しくらい年頃の男の子として普通の友達を作った方がいいんじゃないか俺……)
ふと我に返るレインス。精神年齢の乖離からか、学校では気安く付き合える友達というものを作れていない現状に気付いたのだ。
(どうしたものかな……まぁ、学校には嫌々通ってるだけだし、秘密を守るには一人でいるに越したことはない上、大人になったら辺境に行って人生やり直すから別に何でもいいか……)
そう考えれば今の状況でいいと思い直した。寧ろ、関係者を最低限に絞れている現状の方がよいとまで考え始める。そんな風にレインスが自分を納得させているとシャリアが目を覚ましているのに気付いた。
「おはようございますなのです……」
「おはよう」
「……あさごはん、つくるのです……」
ふらふらと宙に浮いてレインスがいるキッチン側に来ようとするシャリア。レインスはそれを止めた。
「まだ朝早いから大丈夫だよ」
「でも、レインスさんはもう起きてるのです……それに、シャロちゃんは朝早くに出るって言ってたのです……」
「そう言えばそうだったかな……じゃあ、お願いするよ」
「はいなのです……」
眠そうにしながらレインスのいる場所の宙に漂うシャリア。それと入れ替わるようにレインスは勇子を避けてベッドに戻った。そしてシャロを揺り起こす。
「……シャロ、そろそろ起きなくていいのか?」
「ん、んん……」
僅かに顔を顰めて嫌がるシャロ。しかし、レインスが揺らし続けると彼女は不承不承ながら目を擦りながら上体を起こした。
「ん……ふぁ……んん……んー」
「ようやくお目覚めかい可愛いお姫様」
「……朝から元気だね? レインス……」
猫耳に囁くように告げられたレインスの言葉に呆れ混じりに欠伸をするシャロ。猫耳はペタリとしている。対するレインスは深く瞑目していた。
「あぁ、今のは聞かなかったことにしてくれると嬉しいかな」
「やだ」
「何で」
「…………別に、いいでしょ」
そっぽを向いて体を伸ばし、レインスから逃げるように起き上がるシャロ。彼女も朝の身支度に行ったようだ。リビングに残されたのは残念美少女とレインスだけになる。
「この人どかさないと食事が摂れないな……起こすか」
大の字で寝ることによってリビングの半分を占領している勇子。彼女を起こさねば朝食を並べるスペースがないということでレインスは彼女を起こすことにした。
「……酒臭いなぁ。子どもにとっては悪臭だ。おーいユーコさん、朝ですよー」
「んー……」
レインスが揺すると彼女は嫌がる様に寝返りを打って逃げた。これで多少スペースが空いたので別にいいかなとも思えるレインスだが、その考えは甘かった。
勇子の手が後ろに伸びるとレインスを掴んでこちらに引き倒し、そして抱き枕のようにして転がったのだ。
「えぇ……ちょっ、放して……」
レインスが適当にもがくが、びくともしない。この細腕の何処にそんな力があるのか不思議なぐらいだ。レインスの眼前には柔らかいものが押し付けられ、動きを封じている。
「……うわぁ」
「シャロ、助けて」
戻って来たシャロがその状態を見てドン引きしていた。助けを乞うレインスだが、彼女は無視してシャリアの料理を見ている。
「何で?」
「……変態」
「この状況見て? 俺、捕まってる方だよね。何で俺が悪い扱いなの?」
その上、レインスからすれば彼女は元男だ。現在柔らかいものが当たって多少は意識せざるを得ないが、心情的には役得だと思えるほどではない。そんな二人を見かねてシャリアがフライパンを返しながら言った。
「ま、まぁまぁ、シャロちゃん。あの、レインスさん困ってるみたいなので助けてあげて欲しいのです」
料理から目が離せないシャリアがシャロにお願いをしてようやくシャロも嫌そうに脱出の手伝いをしてくれる。しかし、外れない。
「……動かない。ユーコ、黄金級なだけある……」
「こんなので実感されてもありがたみが……ていうか、起きろよ……」
仕方がないのでシャロと協力して口と鼻を塞いでみるレインス。しばしして、勇子は目を覚ました。そしてすぐに息苦しさを覚えた原因を取り払う。
「ぷはっ……何なの!?」
「ようやく起きた」
「この悪戯坊主め……普通に起こしてくれればいいものを……」
「普通にやっても起きなかったじゃん!」
混沌としそうな朝。しかし、シャリアはマイペースにご飯を並べ始める。それを見て勇子は一時的に矛を収めた。
「レインス、後でお説教ね」
「俺悪くないよ。ねぇシャロ」
「……まぁ、ユーコの方が悪いかな……」
「みんなして僕を虐める……」
諦めるのです。そう言いながらシャリアが魔術を使って食事を並べ終える。そして食事が始まった。
「じゃあシャリアは王宮騎士団総会学校へ行こうか。レインスも皆と一緒の学校に通いたかったら頑張らないとね」
「別に」
「素直じゃないなぁ!」
「いや、ふつーにキツそうだから行きたくない」
そんなおなじみのやり取りを交わしながら食事は手短に進む。どの世界でも学校がある日の朝の時間は貴重なのだ。
「ご馳走様。じゃ、レインスは朝の鍛錬しようか」
「えー……ご飯後位ゆっくりさせてよ」
「そんなことしてたら学校の時間になるじゃないか。大体、こんな朝早くに起きたのはレインスだろ?」
「起きたのは俺だけどさぁ……」
文句たらたらで嫌そうに動くレインスとそれを急かして移動する勇子。二人は後片付けをシャリアたちに任せて学校の支度を済ませるとそのまま外に出て行った。
残された二人はその気配が完全に遠ざかるのを待って顔を見合わせる。
「……朝から賑やかなのです」
「ん、本性がバレると面倒だからあぁしてるんだって」
「……知ってるのです?」
どうとでも取れる形で質問するシャリア。シャロはどこか自慢気に頷いた。
「ん、私はね。でも、他の人は知らないから言っちゃだめだよ」
「勿論なのです。ただ、シャロちゃんも気を付けた方がいいのです。今の私の訊き方で答えたらダメなのです」
窘めるシャリアにシャロは無表情のまま答えた。
「……勿論。今のもレインスからシャリアがレインスのことを知ってるって聞いてたから言っただけ」
「それでも、なのですよ」
「わかってる」
「なら、いいのです」
そう言うとシャリアは魔術で食器を洗い、乾燥させて食器棚に収納した。それを見ていたシャロが呟く。
「シャリア、そういう凄いことしてると目立つよ」
「ふぇ? 何がすごいのです?」
「分かってないの? 食器は魔具を使って水を出して手で洗って水切り台に置くの。そして洗い終わったら布巾で拭いて食器棚にお片付け。全部魔術で出来る程人間は魔術を器用に使えない」
「……お家の中は目を瞑るのです」
どこかやり返された形になるシャリア。シャロもそこまで気にしている様子ではなかったので話はここまでになる。話が途切れたことでシャロは立ち上がった。
「じゃ、私は学校あるから行くけど……シャリアも頑張ってね」
「はい! 合格しないように頑張るのです!」
「……ん」
在学生としては少々思うところがある言い方だが、シャロはスルーしてレインスの家を後にする。残されたシャリアも勇子が戻ってくるまでは暇にするのだった。
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