第55話 隠し事

「レインス、この子本当にすごいね! どこで知り合ったの?」

「未開の森の近くって前も言ったよね?」


 学校から帰宅したレインスを待っていたのは何やら上機嫌の勇子と元気をなくしている様子のシャリアだった。レインスはバッグを置いてご機嫌の勇子をあしらい、代わりに元気をなくしているシャリアの方を見る。


(……案の定、やらかしたか)


 それだけで察したレインスは取り敢えず上機嫌な勇子に理由を尋ねる。すると彼女からはシャリアをほめちぎる言葉が出て来る。それは即ち、レインスにとって隠しておくはずだった彼女の力量がバレたということだ。


「いや~あの戦いぶり、銅級なんてすぐに終わって銀級……ゆくゆくは黄金級まで手が届きそうだったよ! レインスもうかうかしてられないんじゃない?」

「いーよ別に。俺は自分なりにやるし」

「むぅ、そこは男の子の意地とかないわけ?」

「ないわけじゃないけど。それ以上に魔力がないし……」


 自分から人によってはコンプレックスとなる部分に触れて微妙に影のある言い方をしておくレインス。これで勇子が引き下がってくれれば楽なのだが彼女は自身満々に優しく告げる。


「大丈夫。レインスなら黄金級どころか白金級も夢じゃないから。何なら僕と一緒に北方前線に出る?」

「やだよ危ない」

「まぁ、今はそうだろうね。今は……」

「何それ……」


 意味深に笑う勇子に毒気を抜かれたように力なく笑ってしまうレインス。そうしている間に勇子は少し時計を見て嫌そうな顔をした。


「……ごめんレインス。今日は夜遅くまでレーノと飲み会があるからちょっと行ってくる」

「あ、うん」

「……うんじゃなくてさ。行かないでみたいなのが欲しいな、僕は」

「行ってらっしゃい」


 どうやらギルド職員との飲み会に行きたくないらしい勇子。だが、その願いを踏みにじってレインスは笑顔で見送る。勇子はレインスのいじわると言い残して嫌そうに出て行くのだった。


 そして二人きりになるレインスとシャリア。まず、口火を切ったのはシャリアの方だった。


「あの、ごめんなさいなのです」

「……何があったの」


 レインスが話を促すとシャリアは困ったようにギルドでギルド職員との模擬戦で中級魔術を一属性しか使っていないのに圧勝してしまった出来事を話し始める。


「まさか【火炎陣ジャル・カジャ】だけで勝ってしまうとは思ってなかったのです……ごめんなさいなのです」

「いや……【火炎陣ジャル・カジャ】だけで勝てるものなのか? 俺は魔術の方はからっきしだから何とも言えないが……普通、何らかの対策をされてると思うんだけどなぁ……」


 試験官が弱すぎだった可能性を視野に入れるレインス。一先ず、過ぎたことは仕方ないとしてシャリアのことは慰めておく。が、釘を刺しておくのは忘れない。


「シャリア、今回の件は情報不足でこっちから言えてなかったってこともあるから別にシャリアが悪いわけじゃないけど……俺と行動するっていう気があるのであれば目立つ真似は避けてほしい。勿論、強制はしないけど……」

「わ、わかってるのです。レインスさんにご迷惑はかけないようにするのです」

「わかってるならいいんだ。じゃあ、夕飯にしよう」

「あっ! 私が作るのです!」


 夕食を作ろうとするレインスにシャリアが協力し、結局二人で夕飯を作ることになる二人。そんな折に来訪者は現れた。


「……何だ? 何の用だろ……」


 誰か、は既にレインスの感知で分かっている。その為何の用かということが気になるレインスだが、取り敢えず開けてみないことには何もわからないので扉を開いてみる。


 そこにいたのは白霊虎の少女、シャロだった。


「ん……レインス、ちゃんといるね。お邪魔します」

「え、あ、どうしたんだ急に……」

「ちょっと話がある」


 そう言って彼女は少し強引に室内に入って来ようとする。レインスはそれに押されて一歩下がると彼女を室内に入れ、扉に鍵をかけてシャロの後を追った。


「どうしたんだ急に」

「話が違う」

「何の?」

「ん」


 シャロはキッチンでふわふわ浮きながら料理の下拵えを続けているシャリアの方を指差してレインスに告げた。


「レインス、目立つのが嫌だから私ともあんまり会わないって言った」

「あ、あぁ……そうだな」


 頷くレインス。シャロはシャリアを見ながら続けた。


「でも、目立つ子と一緒にいる」

「……もう耳に入ったのか」


 素直に驚くレインス。期待される生徒などそれなりにいるため、ギルド内で余程噂にならない限りは杞憂だと思っていたのだ。だがしかし、シャロにとって重要なのはそこではない。


「どういうこと?」

「……いや、どういうこと、とは」

「何で私はダメでシャリアはいいの?」


 何故か浮気がバレた夫みたいなことになっているレインス。具体的な説明ならば幾らでも思いつくが、何となく気圧された。取り敢えず、思いつく理由を言ってみるレインス。


「えっと、シャリアはまだ人里に出て来たばかりで一般的な常識を知らないし、他にも色々と理由があって……」

「ふぅん……その色々な理由にレインスの秘密も含まれてたりする?」


 耳元でレインスにのみ聞こえるように呟かれた問い。レインスは答えに窮したがしばし考えて頷いた。


「そう、だな。シャリアも俺の実力を知ってる」

「……そう。レインスは監視の意味も込めてるんだね……」

「一応、言っておくと俺の実力を知ってるのは今のところシャロとシャリア、それとシャリアのお姉さんに当たるリティールっていう人だけだ」

「わかった」


 これで一応説明責任は果たしたとばかりに脱力するレインス。そんな彼を尻目にシャロはレインスのベッドの上で横になった。


「……おい」


 何をしているのか尋ねるレインス。対するシャロは自由にベッドの臭いを嗅いでレインスに問いかける。


「ん、ベッドも一緒に使ってるの? やっぱり変態?」

「……昨日家具が届いたばっかりだったんだよ。どっちかって言ったら今の状況だとシャロの方が変態だからな?」

「私はチェックしてるだけ……って、話が逸れた」


 ベッドから起きてシャロはレインスの方に向き直って言った。


「今日、言いに来たのは勇子が言ってたことなんだけど、シャリアを王宮騎士団総会学校に連れていくみたい」


 シャロから言われた言葉にレインスは頭を押さえて溜息をつく。


「……あの人はまた……はぁ。シャリアの場合は実力が割れてるからなぁ……どうしたものか」

「おーきゅーきしだんそうかいがっこう、なのです?」


 いつの間にやら料理に火を通す工程になって手が空いたシャリアがこちらにやって来ていた。彼女の問いかけにシャロは頷く。


「そう。この学園都市内で一番有名で厳しい学校。私とレインスのお兄さんが通ってるところ」

「……私はレインスさんと同じ学校がいいのです」

「じゃあ、無理矢理入れられないように手抜きするしかない。でも、もう失敗してる」

「……なのです」


 肩を落としてがっかりするシャリア。しかし、レインスが口を挟む。


「いや、実力はあってもあそこ、学力検査もあるからな? 多分、人里の常識からはシャリアはズレてるから……上手く行けば、入らなくて済むかも」

「なのです?」

「勿論、実力は隠したままじゃないとダメだけどね。あそこ、特別進学コースもあるから」

「じゃあ、そうするのです」


 話がまとまったとばかりにシャリアは料理の方に戻る。そんな二人を見てシャロはジト目になっていた。


「……私の時は言わなかったのに」

「……そりゃ、知らなかったから」


 嘘だ。知っていたがそれを話すと怪しまれるから黙っていただけだ。だが、それも言わなければバレない。ただ、罪悪感が己を苛むだけで。


「ズルい」

「……でも、普通の学校だったらシャロは物足りなかっただろ?」

「……そういう問題じゃない。話を逸らさないで」

「逸らしてない逸らしてない」


 何故か再び浮気を疑われている亭主のようになってしまうレインス。そんな二人の前にシャリアが料理を出し始めた。


「……シャロの分も足りるのか?」

「勇子さんの分を出すので大丈夫なのです」

「あ、ごめん……じゃあ、貰う……」


 少し控えめにしながらも出してもらったのならということで食事を貰うシャロ。この後、三人でお食事会が開かれることになりシャロはそのまま泊まっていくことになる。


 尚、勇子が帰ってきた時には寝る場所がなくなっていたので彼女は床で寝ることを余儀なくされるのだった。

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