第50話 朝の修羅場
シャロからお食事に誘われた翌朝。レインスは同じベッドで眠っていたシャリアが目覚めたことによって目を覚ました。
「……あっ、起こしちゃったのです……ごめんなさいなのです」
「んー……? いや、こんな朝早くからどうしたの?」
「朝ごはんを作ろうと思ってたのです……」
「あぁ、ごめんね……」
シャリアに謝るレインス。それほど付き合いがあるわけではないが、ここに来るまでの道中でのシャリアの気の配りようから彼女が恩返しとしてレインスのお世話をしたがっているのは分かっている。そのため、レインスとして、ある程度は彼女のやりたがっていることを受け入れて彼女の気が済むようにさせようと決めていたのだが、ここでも気付いたことで逆に気を遣わせてしまったらしい。
反省するレインスにシャリアはぽつりと呟く。
「やっぱり、私は床で寝た方が……」
「いやいや、昨日も言った通りそんなことするくらいなら俺が床で寝る」
「ごめんなさいなのです……」
あまり強情なことを言って相手を困らせたくはないというシャリアの気質を利用してレインスは取り敢えず紳士的な対応を捻じ込む。尤も、絵面的には紳士的なのかどうなのかは置いておくが。
それはさておき、目が覚めたことによってレインスは起き上がった。それに続く形でシャリアもベッドから降りてキッチンに向かう。
「朝ごはん作るのです。レインスさんはもう一回寝ててもいいのですよ」
「いや、起きたからいいよ。シャリアのご飯を待たせてもらおうかな」
「すぐに作るのです~」
ぱたぱたと料理に向かうシャリア。そして彼女は宙に浮くと料理を開始した。
(便利だな……)
幼い体躯ながら台座などを使わずとも簡単に料理が出来る彼女のことを羨ましく思いながらレインスは今日の予定を確認する。今日の予定としては昼頃にやって来るであろうリティールのおもてなしだ。
(まぁ、学園都市なら大体の物は揃うだろうし……一日じゃ回り切れない程度の広さはあるから適当でも大丈夫だろ……)
シャリアが甘いものが好きで、リティールも同様であることを確認しているためそういう類の店に行くことを適当に決めてレインスは今後の予定を確認する。
(えーと、今日がリティールの歓迎で、明日と明後日まで学校が休み。そこから先が学校再開だから、その時にシャリアの編入手続きをするとして、誰かに推薦状を書いてもらう必要があるんだよな……)
そこで少し考えるレインス。この編入手続きの推薦書についてがシャリアの学園都市での生活のネックになっていた。
(有力な身元保証人がいないんだよなぁ……)
学園所属になればこの町での単独活動が出来るようになるのだが、シャーブルズという閉鎖された里の出身となると、その学園所属になるために必要な身元保証人がいないことになる。そうなれば学園所属になるのが困難だ。
(俺やシャロ、兄貴なんかはヘラジラミナ家と……ついでに勇子の推薦状があったから普通に入れたけど……)
両親に頼んでシャリアを入れてもらうことは出来ない。流石にこれ以上の負担をかけるのは厳しい上、自分の実力や真実を隠して話した場合、シャリアとどうやって出会ったのかかなり不自然な説明しか出来ないからだ。
そんなことをレインスが考えている時だった。不意に、彼の探知範囲に強力な魔力を持つ者が入って来た。しかもそれは真っすぐこの部屋を目指しているようだ。
「……どうしよう」
思わずそう漏らしたレインス。キッチンで料理していたシャリアも外にある気配を探知したようだ。
「レインスさん、誰か来るのです」
「シャリア、取り敢えずクローゼットの中に隠れてくれる?」
「はいなのです」
キッチンから離れてクローゼットに入るシャリア。レインスはこんな朝早くから外にいる来訪者は何の用だと思いながら代わりにキッチンに入った。しばらくの間の後、静かに扉の鍵を回す音がして外から美少女が入って来た。
「あれ? おはようレインス。朝早いね」
「……こんな朝早くから何? ユーコさん」
現れたのは前世の記憶を引き継ぐ勇者、勇子だった。彼女は何やら手に色々と荷物を持ってレインスの部屋に入って来た。
「……ん? 何かいい匂いが」
「お腹空いてたの?」
「いや、そういう匂いじゃなくて……女の子?」
(犬かこいつは……)
シャリアの臭いを嗅ぎつけたのか首を傾げながら落ち着かなさそうにし始める勇子を見て内心で焦るレインス。そんな彼を前に勇子は自分で持ってきた朝食らしき物を並べて食べ始める。
「あ、レインスもいる? 何か作ってるみたいだけど」
「いや、自分のあるからいい」
「そ。じゃあ遠慮なくいただきます」
自由に朝食を食べ始める勇子。レインスは一先ずシャリアが作りかけていた料理を完成させて彼女と一緒に朝食を摂り始める。
「……レインスは朝早いんだね」
「今日はたまたま。それで、こんな朝早くから何? 今日は偶然起きてたけど普通なら寝てるところだよ」
「……最近レインスが家にいる様子がないって聞いてたから、ちょっと様子見に。朝早くなら居るんじゃないかなーって思って来た」
「あ、そう」
普通であれば早朝から知人とはいえ勝手に部屋に入られたら大迷惑だが、今回はもう帰って欲しいのでそこには突っ込まないレインス。その代わり、用事は済んだだろう? と言わんばかりになる。しかし、彼女は朝食を食べてもまだ家に居座るようだった。
「で、どうなの最近。お休みの間は何してたの?」
「別に、普通。ちょっと未開の森の方に行ってみたり」
「……! ほうほう、それで?」
「入り口の辺りで薬草とかを採って、ギルドに渡してお小遣い稼ぎした」
本当はそれどころではない危ない橋を渡っていたのだが、そんなことを言えば勿論厄介なことになるため伏せておく。そんなレインスに対して勇子は微笑んだ。
「そっか……思ってたのとは違うけど、楽しめてるようなら何よりだよ」
「うん」
平穏な時の大切さを知っている前世の勇者だからこそ言える言葉。レインスも特にそれに異議はなかった。
「……それでどう? 世界守りたいとか思うようになった?」
「いや、何で?」
しかし、勇子の続く言葉はこの有様だった。誘導するにももう少しやり方があるのではないかと思うレインスだが、これだけ下手なのだからこそ今の自分があるのだと思い、息をつく。
「むー……ま、いっか。まだ北部戦線も持ちこたえてることだし、今回は少し休暇のつもりでレインスの様子を見に来たんだ。学園都市のこと少しは詳しくなった? 案内してみてよ」
「わかった……」
命の恩人相手にあまり邪険に扱えないレインス。リティールを案内するプランを変更して勇子の案内をする……そんな時にそれは訪れた。
「何よここ! 狭いわね!」
「ちょ、ダメって言ってるのです! 静かにするのです!」
「レインの奴、朝からあたしの可愛いリアをこんなところに閉じ込めてるの!? 許せないわ! 文句言ってやる!」
「ん?」
(あぁ……もう滅茶苦茶だよ……)
焦りや怒り、そういうものを超越した諦念から笑みを浮かべてしまうレインス。そうしている間にクローゼットが勢いよく開く。
「レイン! これはどういうことなの! って、誰よあんた」
「レインス、この子たちは一体誰で……君は一体こんな早朝からこんなに可愛い子たちを部屋に閉じ込めて何をしてたのかな?」
明るい怒りと静かな怒り。その奥でシャリアが申し訳なさそうなジェスチャーを行っているがレインスにはもうどうでもよかった。
「……今日はいい天気だなぁ」
そうやって全体的に諦めたレインスは空を見上げて呟いた。
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