第49話 買い出し

 ホテルで一泊した後に最短ルートを突っ切って学園都市に戻ったレインスは自宅まで一気に移動してそこでようやく大きく息をついた。


「着いた……あー長かった。もうしばらくは働きたくない……」

「お疲れ様なのです」


 労ってくれるシャリア。彼女はレインスの部屋が小さく狭いことについて何も文句を言わずに荷物を片付けていた。そんな彼女を脇目に見てレインスは声を掛ける。


「さて、と……どうするかな。シャリア、日用品の類は……」

「後でお姉ちゃんに持ってきてもらうのです」

「へ?」

「あれ? 言ってなかったのです? お姉ちゃん、空間魔術を使えるのです。だから私が持っているこの指輪を探知してここに飛んできてくれるのです」


 絶句するレインス。ここからヨーク種の里、シャーブルズまでどれくらいの距離があると思っているのだろうか。それを単独でいとも容易く飛ぶというのだからその魔力量がどれだけ膨大なのかが伺い知れた。


「……そっか」

「はいなのです。レインスさんから聞いていた予定を話しておいたので、明日のお昼くらいには持ってきてくれると思うのです」

「凄いな……」


 勇者パーティにいた頃でさえ、王国の権力によって集めた十数人の精鋭魔術師と異世界の錬金術師が居てようやくあらかじめ定められていた場所に限り出来たことを指輪という小さな触媒と自分の魔力単体でやってのけるというリティール。


(目立つなって言う方が難しいかもしれんな……本格的に作戦の見直しを図るか、リティールとはなるべく他人のふりをしておきたいな……)


 当然、後者は無理な話というものだろう。それは分かっているので溜息をつくだけに留めておくレインス。

 それはさておき、日用品の類が大丈夫だとしても食料品は別だ。冷蔵庫のような魔具はあるが、旅に出る前にある程度中身は片付けてしまっている。新しい食べ物を補充するために外に出る必要があった。


「シャリア、今日の夕飯は何がいい?」

「レインスさんが食べたい物がいいのです」

「うーん……じゃあ、シャリアが好きな食べ物は何?」

「……甘い物なのです」


 少しはにかんで答えるシャリアだが、それじゃご飯にならない。レインスは少し悩んだ。


「じゃ、外に出てから決めようか」

「はいなのです」


 結局、外にあるもので気を惹かれたものを食べる事に決めた二人。そんな二人が部屋から出てしばらくするとレインスの探知にこちらの様子を窺っている人の気配が引っ掛かった。


(……シャロ、か……会うのは気まずいが何の用だ……?)


 デスゲルキアの一件を思い出して逃げ出したシャロとの久方ぶりの再会。と言っても、別れてまだ一週間とて経っていないが何用だろうか。少なくとも、攻撃してくる気配はないのだが……そう思っているところにシャリアが声を掛けて来た。


「あの、どうかしたのです?」

「ん、いや何でもないけど……」


 何でもないかのように振舞うレインス。そんな彼にシャリアは小声で言った。


「……誰かが私たちのこと見張ってるのです」

「……気付いちゃったか」

「ということは、レインスさんも……?」

「まぁ、そうだけど気付いてないふりをした方がいいかな……」


 どうして。そう尋ねるよりも前にその気配はこちらにやって来た。どうやら、往来で耳打ちしているのを感じ取り、自身の存在がバレたと思ったようだ。その姿を見るなりシャリアは感嘆の声を漏らす。


「わぁ……綺麗な猫人さんなのです。初めて見たのです」

「……初めまして。私、白霊虎のシャロ……レインス、その子は?」

「ヨーク種のシャリア。まぁ、何と言うか成り行きで預かった……」

「ふーん……」


 どこか不機嫌そうにシャロはシャリアのことをしげしげと見始める。それを曖昧な笑みで受けながらシャリアは尋ねた。


「えぇと、シャロさん? どういった用件なのです?」

「……別に、レインスが知らない人と歩いてたから誰かと思って来ただけ」


(お前は俺の保護者か……?)


 半眼でシャロを見るレインス。シャロはそれを気にした素振りもなくシャリアのことを見続け、ぽつりと漏らした。


「……凄い魔力」

「! 内緒にしてほしいのです……」


 隠していた魔力をあっさりと暴かれ、動揺するシャリア。彼女はレインスを見上げてどうしたらいいのかという視線を向けるが、レインスはレインスでどうしたものかと悩んでいた。


(両方とも俺の実力を知ってるんだが……それを話すと気が緩むかもしれない……ただ、そうすると口裏合わせが難しくなるんだよな。それに、シャリアが目立ってどうにもならない時の保険にシャロが居た方が……)


 レインスが悩んでいる間にシャロのシャリアに対する質問が始まっていた。


「どこに住んでるの?」

「レインスさんの部屋なのです」

「……! レインス、変態だから気を付けてね」

「!? レインスさん、どういうことなのです? 何でこの人がそんなことを知ってるのですか?」


(あぁもう、落ち着いて考え事も出来やしない……)


 嘆くレインスだが、そうも言っていられない誤解が生まれそうなため、シャロを窘めた。


「シャロ、他所で誤解を受けそうなことを言わないでくれる?」

「でも、変態は事実」


 そこは譲れないとばかりに宣言するシャロ。レインスは溜息をついて応戦した。


「……あんまり言いたくないけど、元はシャロの不注意の所為だろ? そういうこと言うならシャロは痴女ってことになるよ」

「ちじょ?」

「……シャロさんの方が変態さんなのです? 自業自得なのです?」


 意味が分からない単語をぶつけられたシャロ。レインスは余計なことを言ったかと後悔するが、シャリアの方は理解したようだった。それがシャロには気に入らないようで、表情の薄い顔に少しだけ羞恥と怒りの感情を帯びさせて言った。


「私は変態じゃない」

「あぁもう、両方とも変態じゃないってことにしておいて。それでいいだろ?」

「……むぅ」

「何だかよくわからないのですけど、お二人は仲良しなのですね?」


 そういうことでいいと切り捨てるレインスと「私は不満です」と隠さないように大袈裟に溜息をつくシャロ。シャリアは取り敢えず場がそれでまとまるならそれでいいとして頷いた。


「じゃあ、お夕飯の買い出しなのです。シャリアさん、また……」

「夕飯? 私も食べてない」

「……じゃ、じゃあ一緒に食べるのです?」

「うん」


 急に素直になって同行するシャロ。猫人は自由だなと思いながらレインスも特に咎めることはしない。そんな中でシャリアがシャロに尋ねた。


「シャロさんはレインスさんのお友達なのです?」

「……そう」

「どこで知り合ったのです?」

「ん、レインスの生まれた村だよ」


 レインスよりも会話がしやすいのか、二人で話し始めるシャロとシャリア。そんな彼女たちを尻目にレインスはお買い得商品を見つけては今日の夕食の献立について二人にお伺いを立てる。


「ん……と、私はお肉の方が……」

「私は何でもいいのです」

「……じゃあ、私も何でもいい」

「それは困るな……」


 一先ず、シャロが食べたい物は出て来たのでそれを中心にして献立を立てることにするレインス。しかし、シャリアの方がレインスに尋ねて来た。


「レインスさんは何が食べたいのです? 私、里が元気だった頃は色んなお料理をよくしてたのです。レインスさんにも食べて欲しいのです」

「んー……いや、今日はシャロも来たことだし外で食べようかと……」

「ん、だったら私がお金出してあげるから私の好きなとこに行こう」


 何故か男前なことを言ってくれるシャロ。レインスはどういうことか気になったがその申し出は断らせてもらう。


「いや、未開の森で少し稼いだから大丈夫」

「ん、じゃあシャリアの分は私が出す」

「……ごめんなさいなのです」

「気にしなくていい。お祝い」


 気風の良いシャロ。王宮騎士団総会学校から大量の奨学金が出ているというのはレインスも知っている。それを使う気なのだろう。二人の間でまとまった話に無理に割り込む必要もないかとレインスはありがたく受け入れておくことにした。


「じゃあ……行こう」


 そして一行はシャロに連れられて夕方の町へと消えて行くのだった。



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