第46話 お願い
ファミユミリアを失った一行は無言のまま里に戻った。一度亡くした者を二度も失うという喪失感と疲労のあまり何も言えずにその日は眠りに就いてしまう一行。だが、レインスはその翌日から動こうとしていた。
(……痛い、が……動ける。用は済んだし早いところ学園都市に戻らないと……)
短い間の休暇での強行軍。レインスはすぐにでも行動に移したいところだった。ただ、流石に今すぐに動いても厳しいと判断し、本日の午前中まで休養を取った後に動くことに決める。
そうと決めれば今の時点ではまだ休息の時間だ。起き上がろうとしていた体から力を抜いてベッドに全体重を預けて天井を仰ぐ。
「はぁ……何だか上手く行かないな。もっと楽に行くと思ってたけど……」
獣魔族襲来の時といい、微妙に色々と想定外のことばかりで少し嫌になって来るレインスの本音が漏れる。だが、彼の予定では自分の仕事はここまで。これからは自分が頑張って来たことを兄であるライナスがやってくれるはず。そうなれば自分は自由の身。人知れず頑張るのもここまでだと思い、気を取り直す。
そんな彼の下にノックと共に一人の可憐な少女が現れた。
「あの……レインさん、起きてますですか?」
「あぁ、シャリアか。どうかした?」
ベッドから降りることすらまだしていないレインスの下を訪れてきたのはヨーク種族長の次女であるシャリアだった。彼女はレインスが起きているのを見た後に彼の身体がまだ治り切っていないのを把握すると彼に回復魔術を掛けた。
「……ん、ありがとう」
「治しきれてなくてごめんなさいなのです……」
「いやいや、昨日は限界だっただろうし仕方ないよ」
謝罪するシャリアを取りなすレインス。だが、彼女は恐縮したままだ。レインスは必要以上に気にしなくていいと告げるがそれもあまりきちんと受け取られない。
「昨日はどの道ぐっすりだったし気にしなくていいって」
「でも……」
「いいからいいから」
「……はいなのです」
彼女が納得するまで少し時間を要したがようやくシャリアの方もレインスが本当に回復しきれなかったことを気にしていないと理解して引き下がった。そして訪れる微妙な時間。回復を済ませたことでシャリアの用は済んだのかと思いきや、彼女は何か思いつめた表情でレインスのことを見ているのだ。
気まずくなったレインスは自分から話題を振ってみる。
「えぇと、どうかしたのかな?」
「……レインさん。私……その、何て言えばいいのか分からないのですけど、もっとお姉ちゃんの力になりたくて、あの、フミミお姉ちゃんが最後に使ってたあの技を使いたくて……その、レインさんに教えて欲しくて……」
しどろもどろになりながらそう告げるシャリア。だが、レインスは困った顔をしてそれをやんわりと断った。
「えぇと、実はもう学園に戻らないといけないからそんな時間は……」
「わ、私も……! 私もついて行くのです!」
「えぇ……?」
待っていたとばかりにシャリアから返された言葉はレインスを驚かすのに十分な言葉だった。ヨーク種というものは余程のことがない限り、外の世界に関わらないはずだ。まして、族長の娘ともなればその傾向は強いはず。
レインスはそう思っていたが彼女の決心は揺らがない。レインスのことを真正面からしっかりと見て告げる。
「ご迷惑はおかけしません! 何でもします! レインさんのお役に立てるように頑張ります!」
「いやいや、そんなこと言ってもね……」
「そもそも、レインさんに恩返しも出来てないのです。レインさんが里をすぐに出て行かれるのならどの道、ついて行くべきなのです!」
「えぇ……」
レインスにはよく分からない理論を力説するシャリア。彼女の暴走を止めなければならないと判断したレインスは冷静に彼女の姉の名を出してみる。
「リティールはこのことを知ってる?」
「う……お姉ちゃんはまだ知らないのです……でも! お願いします! もう何も出来ないのは嫌なのです!」
一瞬ためらいを見せたシャリアだが続けて放たれた「何も出来ないのは嫌」との言葉にレインスは返しに詰まる。彼もかつて、その一念のみで勇者パーティの中で我武者羅にやってきた時があったのだ。だからこそ彼は正直に告げた。
「……シャリア、正直に言うとこの【仙氣】について、俺じゃ他の人に教えられる程の力量がない」
「……でも、一緒にいて見続ければ何かわかるかもしれないのです」
「うーん……難しいと思う」
「だ、だったらレインさんは私が恩返しのためについて来ていると思うだけでいいのです……後は勝手に見て学ぶのです」
意志は固いらしいシャリア。それに困ったのはレインスの方だ。前世における勇者パーティの賢者程ではないと思われるが、それでもヨーク種の族長の娘ということで五行に加えて光と闇の魔術を扱える上、膨大な魔力を持ち合わせている彼女。町中に連れて行けば目立つことは間違いない。特に、この世界では容姿端麗であることが高い魔力の指標の一つとなっているのだ。一目見ればバレバレである。
「……ごめん、目立ちたくないんだ」
「ご迷惑はおかけしないのです! それに私、目立てるほどの魔力はないのです」
「いや、人間からすればヨーク種の魔力はとても多いんだ。だから何もしなくても」
「隠せばいいのです! お願いするのです!」
深々と頭を下げて頼み込むシャリア。レインスは非常に困った。彼女の熱意は分かる。だが、レインスとしては今世におけるノルマは既に達成しており、後は悠々自適な隠居ライフを送るつもりなのだ。それなのに力のある人間を引き連れ、それと同類と見做されてしまえば枷が着けられてしまう。それは避けたかった。
(俺がもっと楽観的な思考をしていれば目立ちながら好き勝手出来るんだろうけど、そういうのは心が持たないしな……)
メンタルが常人な彼には自分が周囲の耳目を集めている状態で素を出して何かをするというのが苦痛だ。前世では勇者パーティの一員として一生分の注目を集めたのだ。今世ではもういいだろうというのが彼の主張になる。しかし、目の前の相手がこれ程までに頼み込んでいるというのに断るのも悪い気がする。それにゴーレム戦での命の恩人であるファミユミリアに二人のことを頼まれたばかりだ。シャリアのことを邪険に扱うのは憚られた。そのため、代替案の様なものを考える。
「……あ、そういえば俺がここに来た時の依頼を受ける条件は知ってる? ここに勇者を名乗る人が来た時にそのバックアップを頼むってこと。俺としてはそっちに……」
「……今の私じゃ弱くて選んでもらえないのです。それに、今できることがあるならやっておきたいのです」
「うーん……」
シャリアの言葉にレインスは悩む。
(この子、魔力を元々ヨーク種が苦手な身体能力向上に魔力の殆どを費やしてたしそれ以外だと回復役に徹していたからどれくらいの強さかわからないんだよな……多分、ヨーク種だからどうであってもそれなりに強いと思うけど……まぁ、どの道リティールが止めるだろうし、嫌われ役はあの人にやってもらうかな……)
シャリアの必死の懇願にどの道リティールが止めるだろうし説得は彼女に任せて自分は折れてもいいかもしれないと気持ちが傾き始めるレインス。固唾を呑みつつ見守るシャリアを見てレインスは万一のことも考えて再度探りを入れてみる。
「それは、どうしても俺じゃなきゃダメなのかな?」
「はいなのです! お願いするのです!」
「……目立たないように協力するってこと。後、俺の実力について内緒に出来るって約束できる?」
「勿論なのです……?」
言ってから首を傾げるシャリア。何故、レインスが自分の力を隠すのか理解できないようだ。それを受けてレインスは彼女が思い違いをしている可能性に気付く。
「そうだ。俺の事いい人と思ってるかもしれないから今の内に訂正しておくよ? 俺は世間に対して無干渉で進めたい冷たい人間だから」
「……大丈夫なのです。無理を言ってる立場なのです。レインさんに無茶はさせないのです」
「そっか……じゃあ、後はリティールがいいよって言うかどうかだな。これが前提だから。多分、ダメだと思うけど……」
「お姉ちゃんの説得はするのです! これからよろしくお願いします、なのです!」
深々と礼をしてその場を去っていくシャリア。レインスはそれを見送りつつこの場で断り切れなかった意志の弱い自分のことを自嘲し、ベッドに転がって仙氣で完全回復に勤しむのだった。
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