第45話 ファミユミリア

 マースゴーレムとの激戦を終えた一行は一息ついた後に少しだけ移動して坑道の外に出ようとしていた。疲労のあまりに何も言いたくないレインス。魔力切れで気絶してしまい、レインスの背中で眠っているシャリアを先導する形でファミユミリアとリティールが会話をしていた。


「フミミ、顔を見ない間は何してたの?」

「ん~とねー、ここの入り口の封印石になってたよ。ついでにここで何かゴーレムたちが作られてたからそれを魔力で妨害してたかな」

「流石ね! まったくもう、それならそうと言いなさいよ」

「あはは~……」


 疲れた笑いを見せるファミユミリア。そうこうしている内に彼女たちの前に陽の光が差し込んで来る。それを見てリティールは伸びをしてから後方を振り返った。


「は~やっと終わったわねぇ……さ、帰るわよ。皆、お疲れ様。フミミには言いたいことがたっぷりあるんだから里に戻ったら覚悟しなさい!」


 疲労が滲んでいるリティールだが、すぐに後ろにいるファミユミリアに向けて勝気な笑みを浮かべてそう断言した。


 しかし、それを受けたファミユミリアは困ったように笑っている。


「ん~……ごめんねぇ~? ちょっと、無理かなぁ~……」

「な、何よ……分かったわよ。そんなに疲れてるなら休んでからでいいわ。ほら、乗りなさい」


 すぐに謝罪して背中を差し出すリティール。体格差からして、そもそも難しそうなものだろうが彼女たちの間にあるのはそう言った問題ではなさそうだ。


「……あぁ~……ごめんねぇ……? それも、出来そうにないかな~……」

「う、ん……?」

「何よ! わがままね!」

「……フミミさん」


 陽の光か、それともこの喧騒によるものか。シャリアが目を覚ますと荒れている姉とファミユミリアの様子を見て現状を理解したようだった。悲しげな顔になるとそれを見せることで彼女が困らないように俯いて黙ってしまう。同じく、リティールも薄々察してはいるようだがそれを認めないかのように声を荒げ始める。


「何よ! あたしの話が聞きたくないっての!? あんたがいない間すっごい苦労したんだから! 帰って話をするのよあたしたちは!」

「……あはは~、私もそうしたいんだけどねぇ~……ちょっと、無理し過ぎちゃったんだよ~……あの封印石、ホントは【ヨークの揺り篭】で……リティ、分かってるでしょ~……?」

「知らない! そんなの知らないわ!」


 必死に否定するリティール。だが、この場にいる誰もが理解していた。ヨーク種ではないレインスですら知っている【ヨークの揺り篭】。それは、端的に言うのであればヨーク種が生命の危機に瀕した際に延命を図るための自己防衛機能。目前の死を先送りするための種族固有能力で、その死を回避するための対策をしないまま目を覚ましたヨークが揺り篭から離れてしまうと彼らはそのまま永久の眠りに就くことになる。


(あの荒業を終えた後、仙氣が……生命力が戻らないのは、そのせいか……)


 仙氣と魔力を混ぜ合わせるという荒業をやってのけた後、ファミユミリアの身体が回復しない様子を見ていたレインスが冷静にそう断じる。


 だが、リティールは納得しなかった。


「知らないったら知らないの! あんた天才でしょ! そのくらい何とかしなさいよ!」

「……ごめんなさいなの~、でも」

「謝らないでよ! そんなこと……そんなの、いいからぁ…………」


 涙声で不明瞭になっていくリティールの声。ファミユミリアはほとほと困り果てた表情で彼女を宥めるがリティールは日々の疲労でやつれ、洞窟内の戦闘で汚れた顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら言葉を受け付けない。


「泣かないでよ~。もー、美人さんが台無しでしょ~? 里一番の魔力の証なんだから、しゃきっとしてよ~」

「あ゛んだがぁ~」


 辛うじて聞き取れたのはここまででリティールはファミユミリアにしがみついて全身で別れを拒絶するかのように顔をファミユミリアの胸に埋め、離れないようにくっついた。これじゃ話も出来ないとファミユミリアは呆れ顔になるがそれもまた彼女らしいと笑ってリティールの頭を撫でる。


「もー、何言ってるのか分かんないよ~……でも、時間もないし……ごめんね? もう、いいかな?」

「行っちゃヤダって言ってるでしょ! バカぁ!」

「……ちゃんと聞いてくんなきゃヤダよ? 言うからね?」


 背中側が光に変わり始めるファミユミリアを前にリティールはこれ以上、自分の我儘で彼女を困らせたくないと何とか涙をこらえて彼女の声が聞き取れるように努力する。それを見てファミユミリアは微笑んだ。


「ふぐ……んぅ、ぅぇ……」

「よく出来たね~? いい子いい子。流石レディ~」

「と、とーぜんよ……私は……大人になったんだから。大人の女は、人前でみっともなく泣かないんだから……ひっく……うぅ……」


 結界寸前のダムのような瞳をしているが、それを丸ごと包み込むかのような優しい笑みを浮かべ、背後に後光を纏った女神の様にファミユミリアは柔らかく告げる。


「まずは、リティ。リティはちゃんと健康的な生活をすること。甘い物もいっぱい食べていいんだよ? 何か今は痩せすぎなの。美味しいモノ一杯食べて幸せな顔しててほしいな」

「何よそれぇ……バカじゃないの……もっと、いいこと頼みなさいよぉ……」


 もっとファミユミリアが得をすることを頼んでほしかった。それなのに最後までこちらのことを気に掛けたお願いとも言えない願いにリティールは折角抑え込んでいたダムを決壊させそうになりながらそう続けるが、ファミユミリアは時間がないと彼女を無言で抱きしめながら優しく告げる。


「これが一番なの」

「あぅ~……ばかぁ……」


 抱きしめ合う二人。ファミユミリアはリティールが少し落ち着いたところで今度はレインスから降りているシャリアの方を見て言った。


「そして……リアちゃんはもっと我儘言うこと。今も我慢してるでしょ? 遠慮しないで来ていいんだよ?」


 リティールの頭を撫でながらシャリアを見て笑うファミユミリア。次いで、「これで来なかったら恥ずかしいな」とはにかむが、その心配は無用だった。大粒の涙を溢しながらシャリアもファミユミリアに抱き着いて、声を上げて泣き始めたのだ。その両者の頭を撫でながら最後に彼女はレインスに向かって告げる。


「それからレイン君。初対面から間もないのにごめんね~? 一つ、お願いがあるの~」

「……一応、話だけは聞きますけど」


 やるとは言っていない。ここでも微妙に姑息なレインスは内心でそう続けながらレインスはファミユミリアの言葉を待った。彼女はヨークの姉妹を抱えたまま頭を下げてお願いする。


「この二人のこと、よろしくお願いします」

「……いや…………まぁ……俺なりに何とか考えてみます」

「うふふ~……それはよかったの~」


 すぐに里を出るつもりのレインスは反射的に断ろうとしたが空気を読んで濁しておく。そんな曖昧な返事を受けたファミユミリアだが、彼女は顔を綻ばせながら頭を上げ、思わずレインスの鼓動も高鳴る魅力的な笑みを見せる。同時に、彼女の体の光化が加速し始める。声を上げる姉妹だが、ファミユミリアは優しく言った。


「うふふ~二人が無事でよかったなぁ……それだけで頑張った甲斐があったよぉ~……うふふふふ……疲れたなぁ~……じゃあ、私はお昼寝に行ってくるから……二人はしばらく起こしに来ちゃだめだよ~?」


 里で幾度となく行われたやり取り。だが、今回ばかりは意味合いが異なる。行かないでほしいと泣いて懇願する姉妹だが、その時点でもうファミユミリアの下半身が、そして後姿も光となって消えていた。


「うふふ……そんなこと言われても困っちゃうな~……眠たいんだもん。あぁそうだ……次に会う時にはいっぱい楽しいお話聞かせてね~? いいかな~? 楽しいお話だからね~?」

「バカ! あんたがいないのに」

「うふふ~? ちゃんと、自分で体験した面白くて楽しいお話が聞きたいな~……出来れば、甘酸っぱい恋模様とかがいいかな~?」


 お道化たように笑うファミユミリア。その笑みも、背後が透けて見える程薄くなっていた。そして最後に彼女の口が動くと彼女だった光は満足したように行動の外、天を駆け上っていく。


「バカ……ホントにバカで勝手なんだから……」

「うぅ……フミミお姉ちゃん……」


(……三人に、幸せな未来が訪れますように……か)


 とめどなき涙を流す姉妹。会って間もないというのにこちらの心配までしてくれた彼女を偲んでレインスもしばしその場に留まって天を仰いで瞑目した。



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