第43話 窮地

 分断された。リティールはそれによってもたらされる不利益を理解しておきながらそれでもシャリアを見捨てられなかった。強敵であるマースゴーレムと離れられたのは悪くはないが、二人ではストーンゴーレムにすら勝てないのは分かり切っていることであり、窮地には変わりない。


(ごめん、レイン……でも、あたしにはこうするしか……)


 内心でレインスに謝罪するリティール。だが、前方からシャリアの声が飛んだ。


「お姉ちゃん! こっちの相手は私がするのです! その間にレインさんとマースゴーレムを……」

「馬鹿! あんたを見捨てられるわけないでしょ!?」

「でも、このままじゃ全滅なのです!」


 シャリアの言い分が正しいことは分かっていた。だが、だからといって愛しい妹を見捨てられるという事には繋がらない。リティールは肉盾となって既にボロボロになりながらも自らの魔術で回復することで何とかストーンゴーレムの動きを阻害しているシャリアの下へ駆け寄り、彼女を救出すると金属性の魔術でストーンゴーレムを拘束した。


「今の内に……」

「ダメなのです!」


 しかし、魔術で生み出された金属はその魔力をストーンゴーレムの核に吸われることによって強度を失ってしまう。大きな魔力を費やした代わりに得られたのはごく僅かな時間だけだった。だが、その僅かな時間でも隙さえあればストーンゴーレムの魔手からシャリアを救う事が出来る。

 二人はストーンゴーレムから距離を取ることに成功した。そして一息つく暇を得たリティールは後方の気配を探る。そして思わず後ろを振り返ってしまった。


「ッ! レイン!?」


 そこにいたのは血を流しながら戦う青年だ。ゴーレムを相手に返り血を浴びるということはない。全て自らの血だろう。それはとめどなく流れており、今にも危険水域に達そうとしているのではないかと思われるほどだった。


「~ッ! 【奇跡オリ・ラキュアシール】」


 その状況に予断を許さないと見たリティールは間髪入れずに回復を飛ばす。それによってレインスの傷は回復したが、動きが悪くなっている。彼の【仙氣】には限りがあるのだ。それを知らないリティールは彼が治り切っていないと見るもその時には目の前に敵が迫っているのが分かっていたので回復を中断して回避に動く。


「お姉ちゃん! 私のことも少しは信じて欲しいのです! お姉ちゃんはレインさんのことを助けて……」

「うるさい! 頭じゃ分かってるわよ! でもどうしようもないの!」

「……お姉ちゃん」

「そうよ、あんたがそう言うんだったら自分でやってみなさいよ。あたしがこいつを引き付けるわ! その間にレインと一緒にマースゴーレムを……」


 その時だった。遥か後方より凄まじいスピードで二人の隣を通り抜け、向こう側の壁に何かが激突した。それは糸の切れた操り人形の様にその場に崩れていく。


「~ッ! レイン!」

「【浄化アラ・キュシール】」


 飛んできたのは子どもの状態に戻ったレインスだった。それを見るや否やすぐに回復するシャリアだが、彼女も後方からの魔手によってレインスの隣の壁に貼り付けされる勢いで吹き飛ばされる。


「あ、あぁ……くッ! 【金花獄城ラキ・ギラン・スタリル】」


 続くマースゴーレムの攻撃を何とか防ぐリティール。だが、それも僅かな時間の話。ストーンゴーレムにすら通じなかった技が上位種であるマースゴーレムに通じる訳がない。彼女を守るべく咲いた金属の花の城は儚く手折られ、彼女はこのホールの入り口付近に叩き付けられる。


「ぐ、うぅ……」


 呻くリティール。その眼前には既にマースゴーレムの姿が。一撃で最早立つこともままならないリティールはマースゴーレムの動きをただ見るしか出来ない。


 やけにゆっくり感じられるマースゴーレムの所作。しかし、殺意のこもった一撃は容易くリティールの命を刈り取る事だろう。それを見ていることしか出来ない己の不甲斐なさ。

 勇敢に戦った里の皆もこうして散っていったのだろうか。大好きだった友人の姿を思い起こしながら呆然とそれを見上げることしか出来ないリティールは何の意味もない衝撃に備える態勢を取り……


「リティ、危ないの!」


 最早、聞くことが叶うはずもない声を幻聴する。



 直後、入り口が崩壊し、入り口を封鎖していたストーンゴーレムがリティールの前にいたマースゴーレムに叩きつけられた。


「な……」

「呆けてる暇はないの! ……あっちの人が、さっきまでぴかぴかゴーレムと戦ってた人なの? 【聖なる光輝アジャ・リジリア・イキュラシア】……」

「かハッ! ッ……い、今のは……」


 この場に現れるなりいきなり戦況を変えた人物。レインスが回復したと同時に目に入ったのは彼が今世どころか前世でも見たことがない程の美女だった。


「あんたは……」

「この二人の友達なの。でも……」


 そこで言葉を切って光り輝く美女はマースゴーレムを睨みつける。


「今は自己紹介してる暇はないの。あのぴかぴかゴーレムを倒すのが先決なの」

「フミミ……生きててくれたの……?」


 その声に少女は何か儚いものを織り込んだ笑みを浮かべて一度だけ振り返る。


「リティ、泣いてる場合じゃないの。リアちゃんも寝てる暇はないの【浄化アラ・キュシール】」


 この場でゴーレムと戦う全員を回復させた美少女はどことなく敵意を増したように見えるマースゴーレムと相対する。そしてレインスに告げた。


「あのぴかぴか、少しの間抑えててほしいの。その間にストーンゴーレムは倒して、後は皆で戦うの」

「……あまり長くはもたないが」

「そんなに時間をかける気もないの」

「信じるぞ……【仙氣発勁】!」


 再び体に喝を入れたレインスはマースゴーレムに躍りかかる。その間に美少女はヨークの里が誇る幼い美少女姉妹に声を掛けた。


「言いたいことはあると思うの。でも、今は後回しなの。すぐにやっつけるの」

「どうやって?」

「こうやるの」


 短い詠唱。瞬間、彼女の身体の一部を金属が覆う。普通のヨーク種では動くことが困難になりそうな重量のそれを身に纏った彼女だが、そのまま踊るような体捌きでストーンゴーレムに強烈な蹴りを見舞った。


「核が出るまで蹴り続けるの~ッ!」


 一撃で魔力を吸い上げられて粉々になる金属の靴を瞬時に再構築しながら少女はそう告げる。そして有言実行とばかりに強烈な蹴りの雨を降らせた。


「……何よそれ! フミミにしか出来ないじゃない!」

「リティたちはあの人の援護を頼むのッ!」


 戦況を一変させた美少女、ファミユミリアの姿に対して安堵から来る明るめの声がリティールから飛ぶ。だが、状況が変わったとはいえ危機的状況であるのには変わりない。マースゴーレムはまだ殆ど無傷でそこに居るのだ。


「……さて、今度は急ぐ必要もなさそうだ。寧ろ時間稼ぎに徹する方向で進めた方がいいな」


 【仙氣】を練り合わせながら体内に備蓄する方を優先し、攻撃を行わずに回避に専念するレインス。時々、掠りこそすれども細やかな動きが苦手な単一素材の一般ゴーレム相手に遅れは取らない。そしてかすり傷も援護によってすぐになくなる。


(それにしても凄い回復だった……大人になった聖女メーデル以上じゃないか?)


 十分な援護が得られることから思考する余裕まであるレインス。しかし、反撃に転じるまでは行かない。また、【仙氣】もそんなに残っているという訳でもない。


(だが、これをどうするかだ……恐らく、あの氣の流れからして俺の見立てによればあの少女の助けは今回限り。今回で決めなきゃいけない……)


 不吉なことを考えながらレインスは目の前のことに集中する。


 後方で、何か重いものが瓦解する音が聞こえたのはそのすぐ後の話だった。



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