第20話 一人ぼっちの決戦
ついにその時がやって来た。前世においてずっと忘れることが出来なかった日。レインスは森に何者かが現れた邪悪な気配を感じ取って親の言葉を無視して家から逃げ出し、森の中へと潜入する。
「……よし、と」
先行し、獣魔族にバレぬように匂いを隠すために泥にまみれ、後で絶対に親から怒られるだろうと思うレインス。だが、怒られるのであれば生きて帰ったということであり褒められることであると思いながら準備を整える。
(これを使うことにならなければいいんだけど……まぁ、最悪は使うか)
小屋にあるボロい鞘を出して腰から提げておくレインス。時刻は既に夕暮れ時。常ならばすでに帰り支度を始めていなければ怒られる時間帯。しかし、レインスの目標となる獲物はこの時間にこそ動くはずだった。周囲に何もいないこの時だからこそ、レインスは【仙氣発勁】に入る第一段階を済ませておく。
(……来た!)
果たして現れる謎の気配。だが、明らかに人間のものではない。低い重心で森の中を平地と見紛うスピードで駆け抜けているその者。
(数は三……飛ぶタイプの魔族も、見て分かるほど強力な魔族もいない。上々!)
後続の気配がない事を確認したレインス。【仙氣】の取り込みと出力を上げ、青年の姿になると機を逃さぬ内に彼は斬り込んだ。
「【
まず一人。不意打ちで眼前の巨大な犬型の魔族を始末したレインスは次に目の前に現れ、仲間を切り捨てた相手を睨みつけた獣魔族の始末にかかる。
「【斬時雨】」
思っていたよりも練度が低い。運がいい。これならいける。そう踏んだレインスは続け様に左右の薙ぎ払いを行うと最後の敵に無言で飛び掛かった。
「……【弌雨】」
袈裟斬り、逆袈裟、唐竹割。全てが綺麗に決まった形。オークによく似た豚顔の魔族の首から上が吹き飛び真っ二つにされる。それらすべてを済ませるとレインスは肩で大きく息をついた。
「ふぅ……思ってたより、小規模だったな。運が良かった……」
地獄のトレーニングをこなしてきた甲斐があった。そう思いつつ【仙氣発勁】を解こう……として、彼は驚愕のあまりに硬直する。
「何で……」
運がよかったはずだった。少なくとも数瞬前まではそう思っていた。しかし、彼の気配感知にはとてもそうは思えない結果が二つ示されている。
まず一つは本来問題がないはずだった。彼女はレインスのバックアップとして敵が減った後、レインス以外に誰もいない……もしくはレインスも死んだ場合にこの場に来るようにお願いしていたシャロだ。彼女にはレインスが負けてしまった場合に村にあるギルドにレインス自身の死体か、獣魔族がいた証拠を持ち帰ってもらうつもりだったため、来てもらって問題はなかった。
だがもう一つが問題だった。レインスの索敵範囲外から猛スピードで現れ、現在こちらに接近している
「くっ……」
素早く自身が置かれている状況の把握に努めるレインス。そして、決断した。彼は片手に獣魔族の首を引っ提げると一気にシャロの気配を辿り村近くに戻る。そこには気配に違わずシャロがいた。彼女は青年の姿になったレインスを見て尋ねる。
「レインス、やった?」
「あぁ、だけど最悪だ。敵のボスがお出ましになった……シャロはこれを持って村の人たちに逃げるように伝えてくれ……避難が終わったら俺も逃げる」
「待って、どうしたの?」
「……喋ってる暇はないんだ。ごめんな」
短いやりとり。だが、シャロは全てを悟ったようだった。予想外の何かが起きたこと。そして、それは自分ではどうしようもない問題で、レインスはそれをどうにかしようとして彼の命を賭けていること。
彼女は己の未熟さを嘆き、呑み込んだ。
「……頑張って」
「おう」
「無理しないでね」
「そりゃ無理だ。はは……じゃ、行ってくる」
空元気の乾いた笑い声を上げるレインス。そこでレインスは新たに村の中からこちらに向かってくる気配を感じ取った。メーデルだ。少し遅いがいつもの訓練場に来ようとしているらしい。
レインスはシャロにそちらへの対応も依頼した後、すぐに彼が獣魔族を殺害した現場に戻る。
そこには獅子の顔をし、武装を済ませた獣魔族がいた。彼の名をレインスは知っている。だが、ここに居て欲しくない存在だった。間違いであればいいとどれだけ思ったことか。しかし、立っているだけでもとんでもない威圧感を放つその存在が二人も三人も居ていいはずがない。
(何で……何でこいつがこんなところに……! 何で魔将軍のガフェインがこんなところにいるんだ!)
内心で叫ぶレインス。しかし、何とかその叫びは面の皮一枚で抑え込んだ。
獣魔将ガフェイン。
単騎で竜に属する者と渡り合ったと噂される魔王軍の中心人物。レインスが知る前世では獣魔族を率いて北の帝国を滅ぼし人間領の内、王国攻略を担っていた怪傑だ。北の帝国を滅ぼした頃に隻眼で隻腕になっていた彼だが、その力は凄まじく、勇者一行が【七宝】の一つである聖剣を犠牲にしてようやく倒した怪物。
そんな彼が両腕を携えてこちらを鋭い双眸で睨んでいる。彼の鋭敏な鼻は人間では気付けないレインスの浴びたほんのわずかな返り血の匂いを嗅ぎ取っていた。それと同時に、レインス自身の匂いも嗅ぎ取っている。だからこそ、彼は首を傾げた。
「……人間の、子ども……か? 姿は成体に近い格好をしているが」
「その通り」
余裕そうに答えるレインス。だが、内心では泣きたい気持ちだった。この時期にこんな奴がここにいるなんて聞いていないと喚き散らしたい思いだ。
だが、だからこそ軽薄に笑う。何もないと知られる訳にはいかない。彼を通せばあの村は終わる。折角の二週目の人生も犠牲者の欄にレインスとシャロの名を増やすだけで何の意味もなくなってしまう。
(どうして前世と違う流れになってるのか……それとも、前世では斥候の情報で自分は出る必要がないと判断して戻ったから、あの時いなかったのか……それは分からない。だけど、こうして出会ってしまったからにはやることは一つ……)
絶望的な状況。だから、レインスは笑い……静かに、だが力強く告げた。
「【仙凶使】」
その呟きと共に周囲の木々が枯れ、草が萎れていく。代わりにレインスの力だけが増していた。その力の流れを見たガフェインは少しばかり目を見開く。
「……! グハハ、気に入った……名を名乗れ」
「ヘラジラミナ・レインス……参る」
「おうおう、ヘラジラミナ家の子どもか……名だけは聞いたことがあるが……これはいい。持ち帰って育てよう。我が名はガフェイン。獣魔将軍ガフェインだ」
ガフェインが名乗りを上げた瞬間、相手が怯むと見ていたガフェインに極々僅かな隙を見出したレインスは前に躍り出た。それに反応してほぼノータイムで反撃に転じるガフェイン。
「【
仙氣が揺れる。それにより気配を幻視してしまったガフェインの攻撃起点に僅かなブレが生まれた。同時に、そのブレが生んだガフェインの死角にレインスは潜り込むことに成功する。ここまでがこの【
「【神太刀】」
天相流の水ノ型、その奥義だった。通常の【仙氣発勁】では出し切れない奥義。それをレインスは完璧なタイミングでガフェインに入れた。
「ぐぅッ!」
(これ以上打つ手はない。頼む、これで……!)
勝利を祈るレインス。残心と共にガフェインの方を振り返る。そこには―――
「ハァッ……ッ……」
荒い呼吸をしているガフェインの姿が。しかし、彼は倒れることなくレインスの方を見ていた。
「くっ……」
レインスの攻撃に対し反撃に転じようとし、あまりの強烈さに
「ふッ……ハハハハハ! こやつめ、ヒヤリとさせおったわ……しかし、子どもの割には随分と手練れだな?」
「ハッ……ハッ……」
(……防がれた)
ガフェインの問いかけ。しかし、レインスは何も言えない。何も答えられない程の絶望感がレインスの胸に満ちていたのだ。完璧なタイミングで放つことが出来た渾身の一撃。それが「避けられた」ではなく「受けられた」であることが尚のこと彼に絶望感を与えていた。今、レインスが持てる限りの全ての運と技、そして力を振り絞っての攻撃だ。同じ手は二度と通じないだろう。
既に【仙凶使】の能力は剥がれている。そもそも、今の彼に一時的にでも使えた方が奇跡的だった。その上悪い事は続く。
「……何とまぁ、こんなに小さなガキだったか。これは驚いた」
(【仙氣】も、今ので尽きたか……)
【仙凶使】の代償は大き過ぎた。レインスは青年の姿すら保てずに子どもの姿に戻ってその場に崩れ落ちる。それを見てガフェインは驚いていたが豪快に笑う。
「ガハハハ! 小僧、気に入ったぞ。お前は我が子として可愛がってやろう!」
「誰が……」
「おうおう、よく吠えるな。血の匂いからして全身をやられておるだろうに……」
【仙凶使】で無理に体を使った代償により満身創痍であることも血の香でバレている。最早絶望どころではない。どうすればいいかなど既に通り越してどうしようもない状態だ。
しかし状況は更に悪い方向へと向かおうとしていた。感知するまでもない巨大な魔力が村の方からこちらに近づいているのだ。そんな魔力の持ち主などレインスが知る限り村には一人しかいない。そして相手もその魔力……そしてレインスの動揺にも気付いたようだ。
「ん……? グハハ、何やら別に緊張しているらしいが……こちらに近づいている存在……ヒトのガキか。それが原因か? ふむ。なら、ちょうどいい。お主は見たところ、かなりの跳ねっ返りだしな。言うことを聞かせるためにこの先の村で何人かガキでも連れて行こう」
「くそ……」
まさに人間扱いされていない。ペットとその玩具くらいの感覚で人間が狩られていく。それを許せばレインスの未来はない。
(……もう、これしかないか……)
だから、レインスは覚悟を決めた。正真正銘、最後の切り札だ。前世においても最後の切り札であり、多大なリスクを負うため人生の最終戦、その場面でしか使えなかったある技。ここで彼は思い出す。
(そうか、転生の時……あの時、あれだけ焦ってたのは……)
転生の時の自身の精神的な不安定さが頭を過るレインス。だが、今は過去のことを考えている場合ではない。彼はゆっくり近づいてくる獣魔将の姿を見上げつつ、口の端から血を流しながら呟いた。
「……『身ヲ斬ル覚悟』抜かれろ【斬徹】」
その名を、レインスは口にした。瞬間、彼の腰にぶら下がっていたボロボロの鞘が光り始める。その光が一際強く輝くと同時にレインスの意識は掻き消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます