第17話 白霊虎の少女

 ヘラジラミナ家に戻ったのは村に戻って間もなくだった。傷だらけになりながらも白霊虎の少女に触れられたという事実は彼の無断外出の罪を軽減してくれたが、それが少女の加減によるものだと知らされたことでレインスに向けられた期待の眼差しは弱いものとなる。


 勿論、この辺りの話は全てレインスが作り上げた嘘の話になるが。


 それがバレることは今のところない。そのため、彼らの話はそのまま流されることになる。


「それで、どうしてこんなところに白霊虎の少女が? しかも一人だけで」

「それがですね……」


 レインスが望むように話が進んで行く。シャロの身の上語りはフィクションなしで大人たちの同情を買うに相応しく、レインスの小さな家出のことなどなかったことになっているかのようだ。


(悪いけど話のオチはこちらが指定した内容にして貰う。こうなったからには利用するからね……)


 その話の途中で子どもたちが不安にならないようにと退出させられる中でレインスはそう内心で呟く。その後、母親の生活魔術で身支度を短時間で強制的に整えられ、身綺麗になったところで彼は自室での就寝に移るのだった。


 しかし、レインスはすぐには眠らない。体力を限界まで使い切ることが出来る子どもの身体には恐ろしい程の眠気が襲いかかるが、彼には考えることがあるのだ。


(さて、何とか有耶無耶に出来たがこの後が問題だ……白霊虎の名に懸けてもらったから秘密は守られるとして、あの子の今後の指針が気になる。仮に前の主の言葉を真に受けていたら面倒なことになりそうだが……)


 レインスはベッドの中で寝転び、仙氣を巡らせて治癒活動に勤しみながらそんなことを考える。彼の脳裏に過ったのは脱出前、シャロが奥様と呼んでいた女性から言われた一言。


『放っておいてよ! 早くその人間モドキと一緒にどこかに行ってしまいなさい!』


 という文言。それをそのままシャロが受け取っていないか気になっていたのだ。


(白霊虎って種族はとんでもなく頑固だからな……主と決めた相手のためになると判断した命令にならとことん尽くす……今回、あの子はあの女性と一緒にいるのは女性の為にならないと判断したから離れてる。その場合、最後の命令がどこまでになるのか……)


 気がかりなことを考えるレインスだが、次第に思考に靄がかかり始める。今日は無理をし過ぎた。周囲への警戒を疎かにしてしまうのも仕方のない事だろう。


(……考えても仕方ない。相手がどう出るかは明日にでもわかることだ。何、相手は子どもだし何とでもなる……今日はもう寝よう……)


 仙氣を巡らせ、少しでも回復力を上げていたレインスは疲れのあまり眠りの世界へ旅立とうとし始める。しかし、そこで扉が開く気配がした。完全に眠りに入ろうとしていたレインスは少しだけ目を開いて来訪者を確認する。


「……シャロか」

「っ……起こした?」

「起きてた。今から寝るところだけど何の用?」


 かなり刺々しい言い方になってしまうレインス。しかし、この疲労度からして仕方のないことだ。そんな彼の苛立ちにも負けず、少女は枕を抱えて告げた。


「一緒に寝る……」

「……いいよ」


 眠いレインスは特に考えずに彼女の申し出を受け入れた。彼の眠くなっている今の思考回路はルセナの父親をやっていた頃の状態に近い。魔王討伐の旅で疲れ切って偶に家に戻って来た日の夜だ。


(あー……ここにはうるさいのもいないし、可愛げのある子ども一人だ。別に怒ることは何もない。だからイライラせずに寝よう……)


 若干、刺々しい思いを抱いていたことを自覚しているレインスは自らを落ち着かせて少女を招き入れる。レインスの母から生活魔術を使われたのだろう。身綺麗になった彼女はどこかいい匂いがした。


「ん……ありがと」

「いいから寝ようね」


 人が完全に寝付くまで眠れない神経質なレインス。彼は割と問答無用で少女の目を閉じさせ、眠るように促す。幸い、疲れ切っている少女の目はすぐに閉じ、彼女は深い眠りに旅立って行った。それについて行く形でレインスも眠りに落ちていく。





 翌朝。ヘラジラミナ家の前に一人の少女の姿が。彼女はその神秘的なプラチナ色の髪を朝日に照らしながら朝練をしているヘラジラミナ家の門をたたく。


「あの、レインス……いますか?」

「あら、メーデルちゃん。珍しいわね、こんな朝から……どうしたの?」

「昨日のこと……」


 ヘラジラミナ家の門を叩いたのはこの村一の美少女で未来の勇者パーティが一人であるメーデルだった。彼女は昨日の適当過ぎるレインスの誤魔化しとそれに相反する彼の身体の状況が気になって朝のお仕事を終わらせるとそのままヘラジラミナ家に来たのだ。


「昨日の……あぁ、うちの子が心配かけてごめんね? けど大丈夫よ」

「あの、でも……」


 言いたいことが言えずに手を胸の前で組んでお祈りするようにメーデルはその場でレインスの母を見上げる。すると彼女は勝手に何かを察したようだ。


「……もしかして、うちの子ったら。隅に置けないわねぇ~」

「……! 怒らないでください。レインスをもっと大事に……」


 どうやら隅に置けないという言葉に対して、今はレインスをどこかの部屋に閉じ込めて叱っていると解釈したらしいメーデル。彼女の天然にレインスの母は首を傾げるがメーデルがレインスに用があることは分かっているので家の中に入れることにした。


「? 何だかよくわからないけどレインスに会いたいってことね? いいわ。中に入って」

「……お邪魔します」


 室内に通されるメーデル。その大きな魔力に二階に居たレインスは素早く目を覚ました。同時に、隣にいる少女を見て状況を思案する。


(……何でこの子はここで寝てるんだ……? 確かに、怖い思いをしたのは分かるが、それなら俺の親のところにでも行きそうなものだが……まぁ、大人に手痛く裏切りに近い何かを味わわされてるんだから仕方ないかもしれないか……それはそうと、何か大きな魔力が来たと思ったらメーデルか……)


 ライナスに用があるのだろう。そう思いながらレインスは取り敢えず隣で眠っている美少女をどうするか思案する。現在、母親が何を思ったのか二階に上がってきている。道場まで持つ無駄に広い家の客間で寝ているはずの少女と同衾していたことを知られるとまず間違いなく今後に影響してきそうだ。


(……起こしてさっき来た態で進めるか)


 母親が部屋に来るまでが勝負。レインスは素早く行動に移す。取り敢えず少女を揺り動かすと彼女は身じろぎしてこちらを睨んでくる。


「……何?」

「母親が来る。余計な噂を立てられたくないから起きてくれ」

「ヤダ。眠い」


 レインスの申し出は呆気なく拒否された。少女は不愉快そうに丸くなって再び眠りの園へと向かい始める。


「えぇ……」


 勤勉で規律を守ることで名高い白霊虎とは思えない自由さだ。彼女の猫耳が階下の音に反応していることから外の様子が分かっていない訳ではない。レインスは思案する。


(……ここで無理に起こして変な状況に陥るよりは普通にした方がいいか……)


 諦めることにしたレインス。彼はベッドのふちに腰掛けると眠そうな顔をした。そこに、母親が登場する。


「レインス……あら、シャロちゃん見ないと思ったらこんなところに……」

「何か寝床盗られた……眠い……」

「あんたはさっさと起きなさい。あんたに可愛いお客さんよ」

「……?」


 素でわからない顔をするレインス。その顔に母は見当がついていないと見てメーデルの名を口にした。だが、レインスにとって不明なのは誰が来たのかではなく、何故自分にメーデルが会いに来たのかという理由だ。


(……怪我の状態が分かる相手だから会いたくないけど、この状況で合わないという選択も変な話か……仕方ない。適当に誤魔化しながら話すか……)


 流されるままにメーデルに会うことにしたレインス。彼は自分の部屋にシャロを残して一階へと下っていくのだった。



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