第18話 優しい修羅場
母親に連れられ一階に降りて来たレインスを待っていたのはレインスが感知した魔力の通りメーデルだった。
「おはようメーデル。今日も可愛いね」
眠気と疲労から口が滑って要らないことを言ってしまうレインス。だが、メーデルは優しいので今のは何もなかったことにしてもらう。尤も、後方を見ればこいつは大丈夫かと無言ながら訴えかけてくる顔がそこにあるが。
「……遊び、行こ」
「え? 急に……いや、俺はいいんだけど母さんが「別にいいわよ。ただ昨日の今日だから村の外には出ないようにね」……ハイ」
ちょっと苦手な相手から逃げようとするレインスだがそれは遅れてレインスの部屋からシーツ片手に出て来た母によって呆気なく潰された。お目付け役としてシャロが任命されるのを後ろで聞きながらレインスはメーデルに告げる。
「……いいって。どこ行くの?」
「ん……教会……」
「教会は嫌。外にして」
「ぇ……じゃ、じゃあ……その、広場……?」
ついてくるシャロの言葉によって行き先を変えられるメーデル。しかし、文句は言わないようだ。要するに、彼女にとってはどこに集まるかよりもレインスと一緒にどこかにいることが重要なのだろう。
そしてレインスはメーデルがそうしたい理由に心当たりがあった。そのため行きたくないのだがここで断るというのも不自然だ。場の流れを読みながら適当に濁す必要がある。
「じゃあ広場に行こうか」
「う、うん……」
シャロのことを見知らぬ相手として少し怯えながら見つつレインスについて行くメーデル。一行は移動中に適した場所を探し、今は誰もいない広場に集まることになった。メーデルはシャロが気になるようだが、意を決したように尋ねる。
「あの、その……その人、誰……?」
「白霊虎のシャロ。居候中」
「……えっ……何?」
どうやら居候の意味が分からなかったらしいメーデル。レインスは居候の意味を説明するとともに昨日、シャロから家の者に言うように言った内容を告げる。
「……私と、一緒……?」
説明を聞いたメーデルの反応は同情に似た何かだった。レインスはそれを見越していたため、内心で頷いておく。
(そうなるよねぇ……両親が魔族に殺され、知らない土地で知らない人の家に居候となると、そう思うよな……中々にハードな娘さんたちだもんなぁ……)
前の世界では後に自分も同じカテゴリーに入るのだが、今の時点ではまだ両親共に存命なレインスは同情のこもった目でメーデルを見て頭を撫でる。シャロはそれを見てこいつ……という視線を向けているがどこか寂しそうだ。
「ん……撫でないで」
「あぁごめんごめん」
子ども扱いするな。そういった目をレインスに向けるメーデル。レインスも素直にルセナ相手にやる感覚でやってしまったことを詫びた。そこに猫耳付きの別の頭が差し出される。
「……じゃあ、私」
「え? あぁ、うん」
「耳の後ろはダメ。くすぐったい。耳の間、そう。優しく」
耳を横に寝かせて細やかな指定をするシャロ。次第に目を細めて喜んでいるようだが前世の賜物かレインスはあまり気にしていない。猫人には割とよくあるが、虎や獅子のタイプには珍しいな、そう思う程度だ。それも子どもだからという理由で片付けられる範囲内。
しかし、メーデルは違った。発育の良いシャロが遠慮なく年下に見えるレインスに甘えているのを見て何とも胸がざわざわする。訊こうと思っていたことがどこかに棚上げされかける程だ。
「れ、レインス……お話」
「あ、そうだね……何?」
(撫でるの止めないんだ……)
撫でられながら横にしていた両耳の内、片側だけメーデルたちに向けたシャロの頭を一目見てメーデルはレインスの方を見なおし、目を見て尋ねる。
「……昨日のケガ、ううん。今日もケガしてる……どうしたの?」
「さっきシャロから説明があった通りだよ。シャロを追いかけ回してちょっと無理し過ぎたんだ」
「うそ」
ぽつりと漏らすようにメーデルは断じる。レインスは何も言わずに彼女が続ける言葉を待った。
「マナの抜け方がそうじゃなかった。うそつかないで」
「マナの抜け方? どういうの?」
(……傷口は見せてなかったはずだけど、末恐ろしいなぁこの子は……まぁ、確かに無茶したって言うには外傷が多いよなぁ……)
既知の内容を惚けながら訊き返すレインス。メーデルは拙い言葉で何とかマナの抜け方について説明を開始した。それを聞き終えたレインスは何かに思い当たった演技をしながら告げた。
「あ。尖った木の枝とかにぶつかったり、刺々した草や木を通り抜けたり転んで石が刺さったりしたからかなぁ……」
「……ほんと?」
レインスではなくシャロに確認するメーデル。シャロは「知らない」とだけ返しておいた。レインスから細かい部分については知らないで通すように言われているからだ。
「……うぅ、でも……」
そんな彼らの解答にメーデルは納得いかないようだ。胸の辺りで手を組んで言いたいことが言えない時のポーズになってしまう。レインスには彼女が言葉には出せないが色々と考えているのが分かった。だが、それを引き出してしまうと困るのは自分なため、手助けはしない。
すると、彼女は不貞腐れ始めた。その間、レインスは要求されるままにシャロを撫で続け、メーデルは更に不機嫌になる。そしてようやく思いが言葉となって出口を見つけたように喋り始めた。
「だったら、シャロちゃんはいじわる……レインスすごいケガしてた」
そんな怪我をしていれば助けるのが当然。心優しいメーデルはそう主張するが、シャロはつっけんどんに言い返す。
「追いかけて来たのはレインス。私、知らない」
「うぅ……レインスのばか」
今度の矛先はそんなになっても追跡を止めなかったレインスだった。急に話を振られたレインスは反射的に答える。
「だってあまりにも美しかったから。こんな可憐な少女が一人で……んんっ、一人で森の中を子どもがうろついてたんだから危ないでしょ。止めるよ」
ちょっと余計な言葉が出ていたが真っ当に聞こえる意見を取り繕うレインス。しかしメーデルには不評だった。
「……レインス、みんなにかわいいって言うんだね」
「特にメーデルみたいに本当にかわいい子には言わないとね」
「……ばか」
「あっはっは、アッハッハッハッハ……」
(いや、本当に何言ってんだ俺は。バカか?)
どうにも前世の後遺症が抜けないレインス。ちょっと自傷して正気を取り戻したいところだが体力も温存しないと割とマズい状況なのでそれはしない。
「レインスのばか。……治してあげないよ?」
「治してくれるつもりだったの? メーデルは可愛い上に優しいな」
「うぅ~……」
(いや、本当に何を言ってるんだ俺は死んだ方がいいんじゃ……あ、もう一回死んでたわ。死んでも直らないとは厄介だなこれ……)
怒りながら治療してくれるという優しいメーデルの治療を受けながらレインスはシャロを撫でる。そうしているとシャロは気が済んだのかレインスから離れて体を伸ばした。
「……レインス。手が空いたね」
「そうだね。メーデル、どうしたい?」
「うぅ……レインスはばか」
(そうだね、本当に馬鹿だね。誤魔化すという当初の目標は達成したけどこれまた別にどうすればいいかな……まぁなるようになるかな……)
適当なところでメーデルを揶揄うのを止め、彼女のことを撫でてから治療を受けるレインス。治療が終わってからはメーデルが何かを言うよりも前にレインスが家の訓練ということで連れ戻され、この話はここまでで終わることになる。
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