第35話 ヨーク種

 一人になったレインスは少し余分なソールを使って旅支度を整えていた。


「毎度あり」


(……ここじゃ掘り出し物ってのはないか。見た感じソール通りの適正価格になっているものばかりだ……)


 商品のラインナップを見て未開の森の奥地で他の町と交流も薄いと言うのに思いがけない程豊かな暮らしをしているんだなと思いながらレインスは町の中を抜けていく。前世で来た時には町中を見て回る暇などなかった。

 今回も急ぎの用件ではあるが、今はもう夜なのでここから目的地にたどり着くのは不可能だと判断して休息をとる計画だ。


(ま、掘り出し物はなくとも普通に使えそうな武器は手に入った。それでよしとして進むとしますか……)


 旅支度を終えたレインスはそれなりに防犯施設が整っている宿を探して就寝準備を整える。それが終わると夜も更け始めていた。少年の身体を持つレインスには起きているのが厳しい時間帯だ。


(眠いな……しかし、ちょっとやっておきたいことが……)


 部屋の中で一人きりになると睡魔がレインスを襲ってきた。しかし今回の目的地に向かうに当たって、レインスはガフェインとの一件……『身ヲ斬ル覚悟』によって抜け落ちた前世のことを出来る限り思い出してから向かいたいと思っていた。


(賢者の種族、ヨーク種……絶大な術式行使能力を持つ代わりに身体能力に乏しい種族。普通の人間が得意属性1つに数種類の魔術が使えれば優秀とされるのに対して五行全ての魔術を使える状態がスタートラインな種族、か……)


 かつての仲間、そしてこれから助けに行こうとしている相手が語った自らの情報。今からことを為すに当たり必要な情報だ。


(非常に長命な種族で魔力が多いことから眉目秀麗。かなり強力な魔術行使能力を持っていた彼らが滅んだ理由……それが魔術が通らないゴーレムの進撃と彼ら自身の性質……だったよな?)


 少し自信が持てないが出来る限り思い出してみるレインス。神の加護でもなく、素の存在で賢者を生み出すほどの優れた種族であるヨーク種が滅んだのは魔王軍による進撃と彼らの精神が原因だったとされる。


(魔王軍は現時点でも北部中央山脈を越えて人間領に入って来た。既に未開の森の西側に安全地帯はないと言っていいはず……)


 自身の体験を基にレインスはそう考えた。同時に、滅ぶ原因となった彼らの性質についても思い出す。


「排他的だが一度仲間と見れば非常に愛情深く、恩義を忘れない種族。あまりの力故に魔王軍に目をつけられ、尚も独立を保とうとしたが故に魔王軍の攻撃を受け、それに反発し続けて滅んだ、か」


 かつて、旅の仲間である賢者が語ったことを思い出してレインスは呟いた。魔王軍が敵にするには惜しいとして味方に付けようと再三口説いた種族。そんな強い種が勝てない相手に自分だけが行って意味はあるのか。

 しかし、過去の自分は確かに行って意味があると……行くべきだと踏んでいた。それは何故か。それ自体は思い出せないが、少し思考を辿れば分かりそうだ。


(要するに魔術特化だったから潰された里。賢者だけはヨーク種の中でも少し体術の心得があり、奴だけが生き残った。つまり、里の危機にはどれだけ魔術が使えても体術が使えなければ意味がなかったということだ。翻って考えると俺は魔術を殆ど使えない。だが、魔術抜きならこの世界でも上位に位置できるはず……少なくとも人間の中ではそうだ。だから今回の相手は魔術抜きで戦える俺が行けばいいという話のはず……)


 都合のいい考えかもしれないが、過去の自分が考えたことだ。今の自分でも思考自体は紐解けるはず。抜けや漏れがなければこれで正しいはず。だが、その抜け漏れが気になるところだった。


(……抜け漏れが気になる。だから思い出そうとしてるんだが……何かないか? 旅の間の賢者の動向でもいい……ヨーク種の情報は……)


 ヨーク種の特性。魔術による強化なしでは悲しい程に非力。あらゆる魔術を使いこなすが故に自らが大きくなる必要はないと肉体は退化し、成人でも小柄なまま。その身に宿る魔力により長命で眉目秀麗。術式行使能力が優れているため、思考力には長けているが魔術ベースで物事を考えるあまり時々抜けている。


(……全部自分で言ってたことだからなぁ……どこまで信じていいのか。まぁ、実際に体格とか身体能力以外はあいつの特徴に当てはまるが……)


 賢者のことを思い出しながらレインスは知っている知識の殆どが自分の種族を褒め称える中での自己申告だったなと思い出す。


(くぁ……眠い。しかし、今回の目的を考えるとここは寝る前に色々と思い出して起きてから整理したいところなんだ……頑張ってくれ)


 自らの身体を叱咤して思考に努めるレインス。明日、目が覚めてから何をすればいいのか分からずに無為に時間を潰すことだけは避けたかった。


(そうだな……シミュレーションしてみよう。まずはヨーク種の里、シャーブルズに入る際に必要なのは……いや、まずはそこに辿り着くには、か。目指す場所は簡単。ここから南東に見える未開の森でも一際大きな巨木、名前は忘れたがアレを目指して一直線に行けばいい……)


 ヨーク種が神木として祀っている木のことを思い出しながらレインスは明日、一番最初に確認することを決める。そして次にヨーク種の里に入るために必要なことを思い出しにかかった。


(……入るには結界が張ってある。だが、手順を踏めば誰でも入れる……実際、誰も居なくなった廃墟に賢者と一緒に入った記憶はある。神木を右に四周、左に九周だったな……)


 入る前に忘れないようにメモを取っておくレインス。そして入ってからは排他的なヨーク種の面々とのご対面だ。彼らに自分と共に戦ってもらうために少し彼らを騙す必要がある。


(ヨーク種の死者の霊が宿るとされる歌う青い鳥。この鳥の歌に導かれるがままに神木を回っていたら迷い込んだとでも言えばいちころだと賢者は言っていた。これは覚えてる……)


 しかし、今覚えていても忘れてはいけないので一応メモしておく。そしてレインスは続きを考えるのだが、そこで睡魔が本気を出してきた。


「ふぁ……いかん。ダメだ……眠い……」


 仙氣を巡らせるのも億劫になるほどの眠気。レインスは今日は里への入り方について考えることが出来ただけよしとして今日はもう寝ることにした。






 その頃の王都。主人がいなくなったレインスの部屋に何者かの影があった。


「……どうかしら?」

「ふむ、少し見てみる……」


 一組の男女は色気も何もない仕事用の空気のまま大人用には小さいが子ども用としては十分に大きなベッドを見ていた。しばらくの無言。そして男は呟く。


「……何とも難しいところだな。判断に困る」

「あら……」


 女は残念そうな声を挙げた。しかし、彼女が何か続けるよりも先に男が続けた。


「だが、間違いなく何らかの氣を操った形跡はあった」

「じゃあ……」

「せっかちだな……ある程度の才能があれば多かれ少なかれ魔力の外に氣を操る者もいる。こいつがどうなのかは知らんが、まぁ有望株と見ていいだろうな」

「ふぅん……ユーコちゃんが言ってたことは当たってたのね……」

 

 女は少し前に自慢げにこの部屋の主のことを紹介して来た戦乙女のことを思い出しながら口の端を緩める。それを戒めるかのように男は告げた。


「待て。この程度で夜烏組に勧誘するにはまだ早い。十分に見極めてだな」

「わかってますよ。どちらにせよまだ。ということですよね? お手伝いありがとうございました。お礼にいっぱい奢りますよ」

「いや、待て。それは私が介護することになるやつじゃ……」

「行きましょ行きましょ。お酒が私たちを待ってるわ」


 冗談めかして話す二人。しかし、その声が部屋の壁に届くよりも先に彼らは扉を通る事もなく不気味なまでに静かに闇の中へと消えて行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る