第36話 シャーブルズ

 デスゲルキアにて一夜を明かしたレインス。彼は目覚めると共に目的地に向かい始める。当然だが見送りは誰もいない。ただ一人の旅だ。


(……ついてくる気配もない。これでよし)


 誰かに付けられるということもなくレインスは自然にこの町を後にした。そして彼は最初にこの辺りで最も高い木の上に登る。そこで次の目的地を見つけるのだ。


(……あった。あれがヨーク種の神木……名前は忘れたが、まぁ方角さえ分かればどうでもいい。行くか……)


 そしてレインスはここから木の上を移動したり地面を進んだりとまるで野生児の如く最短経路で目的地に向かう。だが、その途中で思いがけぬものと出会うことになる。


『旅の者、旅の者、こちらにおいで』

「……何だ?」


 突如聞こえた声。しかし、周囲に人気はない。代わりにあるのは不思議な気配。それはレインスが移動している木の先にいた。


「……青い、鳥?」


 レインスの脳裏に過る言葉がある。それはかつて彼の仲間が言っていた言葉だ。そして、今からレインスが使おうとしていた言葉でもある。


(……まさか、本当に歌う青い鳥に出会うとは……)


 レインスは内心で驚く。同時に、好都合とばかりにその鳥に遅れないように移動を続けた。導かれるままに辿り着いたのは数人がかりでなければ囲むことすら難しそうな巨木。そこに着くと小鳥は地面に降りて駆け始める。


『こっちだよ。こっちだよ』


 無言で追いかけるレインス。内心で少しは疑問に思ってみせた方がいいのだろうかと思いはするが、取り敢えず気にしないことにして小鳥を追いかけていると巨木を右に四周、左に九周していた。


 同時に、視界が開ける。


 目の前にあったのは文字通り小さな集落だった。そしてそこに居る者たちは今のレインスと変わらない背丈の人間の様な者たち。しかし、青い鳥にとってはここが終着地点ではないようだ。再び羽ばたくと子ども用に作られた家としか思えない家の屋根に乗ってレインスに歌うように告げる。


『こっちだよ。こっちだよ』


 レインスは素直にその言葉に従うことにした。だが、周囲の反応が気にならない訳ではない。何やら茫然とこちらを見ていた痩せている美しい少年たちが驚愕の目で自分とそれから青い鳥を交互に見ている。気になってそちらを見ると美しい声で何やら囁いているのが聞こえ、少し立ち止まった。


「……青い鳥だ」

「人を連れて来た……」

「ぞ、族長に報告しないと……」


(……間に合ったみたいだな)


 反応からしてこの集落はまだ統率が取れた集団であることを認識するレインス。それはつまり間に合ったということだ。一先ず安堵の息を漏らして青い鳥について行こうとする。しかし、青い鳥は羽ばたかなかった。その場に残るだけだ。


「……? ここでいいのか」

『待っててね。すぐ来るからね』

「はぁ」


 気の抜けた返事を返すレインス。そんな彼の前に突如、美少女が現れた。それは前世を含めて今まで彼が見たことのない程、美しい少女だ。妖精体型とでも言えばいいのか、手足はすらりと伸びているが身長は小さい。だが、それでも子ども状態のレインスよりは全体的に大人びており、既にヨーク種としては成体らしかった。


「……あんた、誰?」

「青い鳥について来た冒険者レインだ。初めまして」

「ふーん……青い鳥、ね。私は族長代理のリティールよ」


 黒曜石のように美しい瞳でちらりと上にいる青い鳥を見てそれが嘘ではないことを確認する類まれな美少女。彼女は術者の里ということで警戒し、偽名を名乗ったレインスのことをしげしげと眺めた後に尋ねて来た。


「青い鳥について来たってことは。あんた、私たちを助けてくれるつもりがあるってことでいいのかしら?」

「内容による」

「そうね……正直、隠し事は苦手だし、そもそも隠しごとをしてる余裕なんてないから素直に全部言わせてもらうわ。【空間跳躍マキナ・エクシリア・フォルシァ】……ついて来て」


(……嘘だろ)


 いとも容易く行われた超級の魔術、しかも非常に珍しい【空】属性の魔術で空間跳躍を行ってみせる少女を前にレインスは絶句した。少し前にデスゲルキアで行使された魔術と同じレベルの魔術だ。あれは事前に準備された術式を何人かの魔力を入れることで行使しているものだが、彼女は今ここで一人で行使している。人間が使用したのであればそれだけで驚嘆に値すべきことを簡単に行ったのだ。


(これが賢者ですら及ばないと言っていたヨーク種、族長の力か……)


 賢者でも出来なかった【空】属性の魔術行使。勇者パーティでは異世界人である錬金術師が触媒を用いて使えたくらいだろうか。それを目の当たりにして絶句以外の表現が難しいレインスは黙って彼女の後に続く。


 空間を抜けた先は誰かの家のようだった。全てが少年少女のサイズに設えてある調度品。今のレインスには概ねちょうどいいサイズの物が並ぶ中、レインスは客間に案内される。


「飲み物は紅茶でよかったかしら?」

「はい」

「じゃあ少ししたら来るわ。で、悪いんだけど用件に入らせてもらうわよ」

「どうぞ」


 レインスの言葉に従って美少女は口を開く。隠し事が苦手というのは本当のようでレインスが賢者から聞いていた話とほぼ一致する話が聞けた。


(……やっぱり魔術が効かないゴーレムか。里の場所はバレてないけど食料の生産拠点や生活必需品の原料がある場所、その他諸々の重要拠点にそのゴーレムが配置されていて今は兵糧攻めに遭ってるような状況か)


 彼女の話からレインスに必要な部分だけを取り分けるとこういう内容になった。話の間、レインスは目の前の美少女のことを観察していたが彼女の仲間を失った際の話をするときの隠しきれない怒りや悲しみを見る限り、嘘をついている可能性は低いだろう。


「……私たちが置かれてる現状はこんな感じよ。何か質問ある?」

「敵の数は?」

「……里の外にある大きな畑に2体、常にそこに置かれてるゴーレムで分かってるのはこれだけよ。ただ、ゴーレムの本隊がいる魔晶石の鉱山を含めても全部で20体はいないはずだわ」

「ふぅん……」


(なら、何とかなりそうかな……)


 楽観的に考えるレインス。彼にとってゴーレムはそんなに強敵ではない。少し面倒な相手ではあるが前世でも割と戦ったことのある相手だ。


「じゃあ、まずはその外の畑にいる奴を相手にして考えてみるか……」

「……これでお願いしてもいいのかしら? 冒険者なんでしょ? 外の世界だとお仕事してもらうには何か渡さないといけないって聞くけど……」

「あぁ、そうだな……まぁ、いつかこの里の力を借りたいって言う人、勇者っていうのが来るだろうからその人に戦える人を二人くらい人を貸してあげること。その時に俺のことは絶対に伏せておくこと。これくらいかな……」


 これで自分ではない本来の役を助けたどころか、他の人を助けて勇者パーティに強力な戦力が組み込まれる。これを実現させれば本当に自分が勇者パーティに入らずとも文句はないだろう。そう考えてのレインスの提案。しかし、少女は意味がよく分からなかったようだ。


「……? どういうこと? あんたには何を払えばいいの?」

「今の約束を守ってくれれば俺はいいよ」

「そんなのダメよ。頑張るのはあんたなんだから、あんたに力を貸すならまだしも」

「……今の約束が回り回って俺のためになる。そうだな。まだ見たことない勇者っていうのを信用できないなら見てからでもいい。とにかく、彼らの話を聞いてやってくれ」


 何とも微妙なお願いにリティールは納得できない表情をする。そんな折にこの場に別の少女が現れた。優しげな瞳をした美少女だ。彼女は紅茶を持って二人に配るとそのまま一礼して退出する。


 それを見届けた後、リティールは深く目を瞑ってから呟いた。


「……仕方ないわ。私たちが選べる状況じゃないものね」


 その呟きは聞こえていたが、レインスは最終確認とばかりにリティールに対して尋ねる。


「それで、どうする?」

「その話でお願い。ヨークの先祖の霊に誓ってその約束を守るわ」

「じゃ、取り敢えず戦いに行ってみますか」


 かくしてレインスはゴーレム討伐に出かけることになるのだった。



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