灰色の英雄

古人

目覚め

第1話 やり直し

 激しい戦いだった。


 頑強な魔界の大地は既に人魔双方の戦士たちが戦う前の面影を残しておらず、魔王城も見る影がない。


 そんな激戦を制したのは――――人類。


 異世界人である勇者が率いた魔剣士、精霊騎士、聖拳闘士、賢者、大魔導士、錬金術師。各々が【十二卦宝】と呼ばれる人類の歴史の節目を支えた至宝、その中でも特別とされる【七宝】を操ることで魔王と七武王を倒し、人界に平和がもたらされた。


 人々は彼ら、彼女たちのことを【七英雄】、【七宝人】として讃えその熱は国を超えて大いに盛り上がることになる。


 そんな死力を尽くして戦った彼ら、彼女たちは人類を救った褒美として彼らが保有する七宝から願いを叶えられた。


 ―――最愛の人をこの世に蘇らせた者。


 ―――今は亡き故郷の復興を願った者。


 ―――今後の人類の平和と発展を願う者。


 ―――己が本当に欲すモノを探し、それを満たすべく願いを保留した者。


 ―――富と名誉を求めた者。


 ―――自らの罪を清算出来る世界を望んだ者。



 それぞれがそれぞれの願いを告げ、様々な形でそれが聞き届けられる。そんな中、最強の剣士と称される魔剣士レインスは彼の七宝、彼の家に代々伝わっていた【無名の鞘】に宿る形なき先祖の霊と対面していた。


『さて、既に聞き及んでおると思うが……問おうか、レインス。お前の叶えたき願いは何だ?』


 【七宝】が生み出した何もない空間に厳かな雰囲気の声が響く。反響する物がないこの場で、レインスは不思議な感覚でそれを聞くと小さな声で答えた。


「……逆行転生です。俺の生まれ故郷があった頃の俺に戻りたい……」


 レインスは異世界人から聞いた知識を基に自らの願いを絞り出す。その表情は非常に暗い。


『ほう、何故だ?』


 白い靄(もや)のようなナニカは興味深そうにレインスへ尋ねた。それに対してレインスは周囲を一頻り確認して俯くと聞き取り辛いぼそぼそとした声で続ける。


「黒歴史が……もう、無理です……」

『黒歴史? お前が築いて来た個人史はこれから数百年は栄光の歴史として語られ「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」なんじゃ五月蠅い……』


 七宝の機能として動いており、感情がないはずの霊が不快感のような何かを示して突然奇声を上げ始めたレインスを呆れた目で見据える。それを前にレインスは独り言のようにみせかけて相手に聞こえるような声量で呟いた。


「いや、もう、ホント……無理なんですよ……勘弁してください……俺、そういうのとは違うんです……兄貴の代わりに皆の期待に応えようとして、変なのが……その亡霊が生んだ呪いの所為でこれから先にも希望はない……もう死にたい……」

『……そうか、レインス。お前はまだ兄のことを悔やんで……』

「えぇ、悔やんでも悔やみきれません……」


 レインスの発言に先祖の霊は納得したらしい。齟齬が起きているとレインスには分かっていたが、戻れるならしめたものとして彼は誤解を訂正せずに同意する。


『そうか……本来ならば、この世の理を我単独で変えるのは無理だが、これもまた運命か……』


 七宝に宿る先祖の霊がそう呟いたかと思うと彼の霊の姿に異変が訪れる。靄のようだった身体が眩く黄金の光を発し、声にエコーが掛かり始めたのだ。


『王国最強の剣士、【黒騎士】レインスよ。汝の願いしかと聞き届けた……次に目を覚ました時、その願いは達せられるだろう……』

「よし……! じゃあ消えよう!」


 思い切り蟀谷こめかみと顎を殴りつけ、王宮で騎士団長から受けた拷問に近い訓練によって身に着けた気絶する方法で意識を失うレインス。一刻も早く今の状態から逃げ出したかったのだろうが、七宝に宿る先祖の霊は別にそんなことしなくても……と思った。同時に、注意事項を言う短い時間の前にこの世から消えることを選んでしまう程追い詰められていた彼を不憫に思う。だが、当のレインスは既にこの世から意識を手放していた。








 次に目を覚ました時、レインスはまず視界の異常に気付いた。激しい戦いの最中で失われた片目に入っていた魔義眼の見せる蒼い魔力の世界ではなく、普通の立体的な世界が目に入ったのだ。


「おぉ……」


 次にレインスは身体の異変に気付いた。まず呟いた声が高い。上体を起こした時に動かした体躯が全て軽く、短い。


「戻った……ふふふふふ……アハハハハ! よっしゃ! っと、あんまりはしゃぐと変な子と思われる」


 飛び上がったレインスは喜びにベッドから飛び降りて跳ね始めるも即座にテンションを落ち着かせて大きく息をついた。もし、正しく逆行できているならこの時間はまだ幼い兄も父親も仕事に出かけており家には母親しかいないはずだ。


(見に行こ。はー楽しみだなぁ……失われた青春の味とはこんな感じだったのだろうか? 知らないけど。)


 確認のため、部屋を出るレインス。果たして、リビングには若返っている母親の姿があった。それを見てレインスは挨拶をしようとし……何も言わずに大きく息をつき、部屋に戻る。


「レインス? あなた起きたんでしょう? 手伝いなさい!」

「はーい、ちょっと待って!」


 階下から母親の呼ぶ声がする。それに対する返事だけは無垢な子どもで、元気がいいレインス。だが、ベッドの中で内心は死にたくなっていた。


(死にたい……演じてたキャラが勝手に出て来ようとした……油断した……はぁ、死にたい……)


 自宅、そして新たな旅立ちということで気が緩んでいたのだろう。魔王討伐後は貴族入り確実とされ、魔王討伐の旅の間にレインスに叩き込まれた習慣スキル【挨拶代わりの誉め言葉】が実の母親相手に出そうになったのだ。言いようのない気分のあまりに寝具に頭から包まって嘆くレインス。無意識による洗脳がこれほどまでに進んでいるということを嫌と言う程認識させられたのだ。


「はぁ……あー死にたい……まぁ手伝おうか……」


 レインスは溜息をついてベッドから出る。自身が演じていたキャラクターが吐こうとしていた言葉を脳内に浮かべるだけで過去の黒歴史が思考の海から爆釣だ。彼は選ばれし者たちの中でもエリートである勇者パーティという、リア充の中のリア充グループにいた所為でそんな二枚目を演じていたが、彼自身は無理して合わせていただけだ。独りになるとこの通り自分の言動で身悶えしてしまう。

 だが、いつまでも身悶えしているわけにもいかないのでさっさと部屋を出て眠そうな演技をしながら母親の前に戻った。すると、彼の奇怪な行動を見ていた母親からなじられる。


「あんたまさかおねしょしたんじゃないでしょうね?」

「してないよ」

「隠してたらおしりぺんぺんよ?」

「うーい」


 急に横柄な態度になったレインスに彼の母であるマドレアは首を傾げる。だが、そもそも幼少期のレインスは奇行が割と多かったため、そこまで気にされることはなかった。王国の村民としては珍しい程に朝からボリューミーな食事を出すと彼女はレインスの前に座る。


「はー……早く食べなさい」

「いただきます」


 億劫そうな母親を前に大人しく食事を開始するレインス。しかし、改めて若い母を見ると美人だと思う。それと同時に社交場で貴公子の名をほしいままにしていた自分の姿を思い出して死にたくなった。


(まぁ、見た目はいいらしいからな俺……性格は捻じ曲がった屑だけど……)


 片目に眼帯をしていても美形だ美形だと騒がれたレインス。闇の手に落ちた兄も客観的に見た場合はかなりの美形だった。記憶から薄れていた両親を今見て、さもありなんという次第だ。そろそろ帰ってくる父親もそうなんだろうと思いながらレインスは朝食をいただく。


(にしても多いなぁ……それだけ稼いでるってことはいいんだが。まぁ、今日一日くらいは世界を救ったご褒美代わりにゆっくりさせてもらいますか……)


 世界を救ったご褒美あたりの言い回しで何となく死にたくなった。だが、それは考えないことにしておいてレインスは久し振りの家族団欒の一時を過ごす。




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