やがて忘れるための歌

鳥羽

1

黄昏のベールが世界を覆う。

様々な命があたたかな我が家を目指して帰路につく。

幻想的な光をその身に受けながら、あてどもなく一人の少女が歩いていた。


「お嬢さん!そこの、銀色のお嬢さーん!」


くるりと振り返れば美しい銀髪が光の軌跡を描く。

ぱちり、と瞬いた瞳はいつの日か仰いだような澄んだ空の色をしていた。


「私のこと、呼んだの?」

「そうですよ。どうやら帰り道が分からないようなので。

 旅は道連れ……どうです、また日が昇るまで我が街の宿で休んで行きませんか?」


少女に声をかけた青年……いや声からすればもう少し年上かもしれない。

彼の顔は長いローブで覆われていた。

隙間から見える服装は古めかしい貴族のようで、少女に手を出すしぐさも

どことなく芝居がかっている。


「……お願い、しようかな」

「えっ!」


こくりと小さくうなずいた少女に、青年は大げさに驚いた。


「ダメ?」

「いや、駄目ではありませんよ!

 ただ自分で言うのもなんですが、この姿は怪しいでしょう?

 お嬢さん、世の中何でも信用しては危ないんですよ。

 自分に都合の良い理由でお誘いしているかもしれない」

「でも、あなたは親切な人でしょう?」

「……我が声にかけて、親切かつ紳士的な対応を誓いましょう」


大仰な礼をした青年は「しかし……」と言いよどむ。


「どうしたの?」

「……我々の姿はお嬢さんには刺激が強いかもしれません」


ばっとローブを脱ぎ去った彼に、顔はなかった。

正しく言えば頭があるはずの部分には何もなく、黄昏の空が透けている。

透明人間……その表現が最も近いのだろう。

少女の前には服と革靴。そして白い手袋が顔であろう辺りを所在なさげにかいた。


「わぁ……」


ブルーの瞳がまんまるにきらめいてこちらを見上げる。

出会ってから一番の表情の変化だが、そこに恐れや嫌悪がにじんでいないことが

彼には嬉しい。


「お嬢さん、いまだ名もなき街へようこそ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「私……私の名前はメル・アイヴィー。どうぞ、よろしくね」


優雅な礼と礼が向かい合う。

沈む間際の光を受けて世界のすべてがシルエットに変わる。

その瞬間、2人の姿がおとぎ話のように浮かび上がった。

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