龍が見守る村

一花

第1話



 あるところに小さな村があった。

 そこでは辺境の地ということもあり古びた風習が続いていた。

 それは一年に一度龍の剣が刺さった祠に生贄を一人差し出すというものだった。

 


 その少年は父親の狩りの仕事を手伝うため山の奥深くへと付いてきていた。


「父さん」


 そんな中違和感を覚えたのか小声で父親を呼び右側を指さす。

 すると確かに山中では目立ってしまいそうな白い点が見える。

 父親が他の獲物を逃がさないようにとにじり寄るような足取りで慎重に近づいていくと少年はその後ろから勢いよく駆け出しそれの元へと近づいていく。

 父親はそれを諌めようとするが僅かに及ばなかった。


「父さんっ、子供っ、女の子だっ」

「何? 異人かっ」


 それが黒髪黒目十五才の少年ナチと銀髪蒼目、年の頃はナチと同じくらいの見た目の少女メルの始めての出会いだった。


 それから行く当てのなかったメルはナチの家に引き取られることになる。


「おいでっサツキ、……どうしたの?」


 それはいつものようにメルが洗濯の手伝いをしに行く最中のこと。

 メルに名を呼ばれたその黒髪短髪茶色目の少女はいつもの明るい振る舞いとは違い暗い面持ちでいた。


「……ううん何でもない」


 そう取り繕う様に答えるサツキだがどこかいつもとは違うようすということはメルに気づかれているのだった。

 それはメルが村に来て半年ほどのことだった。

 ナチとメルの二人に年の近かったサツキが加わり三人で共に過ごすことが増えた頃、その話題が出たのは期限が近くなったということもあり、当たり前だったのかもしれない。


「生贄?」


 丸太で作った家の中でパチパチと鳴るいろりを中心にナチの両親そしてメルとナチの四人が並ぶ中、晩御飯時に左手で汁物を持ちつつナチに聞き返す。


「……あーメルは知らなかったか。なんで今まで続いてるのかわからないけど、古いしきたりらしいからな。ほんと、最悪だよな……」


 そう答えるとズズッと自分の手にした汁物を勢いよく吸い込む。


「……そうなんだ」


 そう静かにいろりの向こう遥か遠く側を見つめるような目つきで答える。


「あぁ、多分今回は、サツキだろうな……」

「そっか、……私その今回の生贄になろうかな」

「は? ……なんで? そんなわざわざ自分から死にに行くような……」


 納得ができないから、単純に死なせたくないからだろうか、空の器を勢いよく床に置きながらメルが生贄になることを否定する。


「うん、でも私、この村の生まれじゃないから……それでこの村の人が、サツキが助かるならいいかなって」

「そんな……」

「それにね? あの山でナチに倒れているところを助けてもらってから今まですごく楽しかったから、だから……」

「もういいっ、勝手にしろっ」


 そう言うとナチはそのまま掛け布団の端を掴み、ダンゴムシのように丸まって寝るのだった。



「龍の鳴き声が聞こえるぞぇ」


 ナチの家とやや大きめの作りが同じ家にいろりを中心に団欒している中その饅頭を潰したような外見の年長者は唐突にそういった。


「ただの風だろ?」

「かか様、もうそういうので怖がる年じゃありませんよ」


 いろりを囲んでいた中の座っている一人の男性がそう言うとうひゃひゃひゃとえらく楽しげに笑い出した。

 どうやら子供たちに使う毎度の決め台詞の様なものなのだろう。


「それに龍だっているもんかっ、見た事ないし生贄だって意味なんか……っ」


 先程のセリフに続けてナチは龍の存在を否定しようとしたが、その最中に立っていた若い女性、ナチの母親におでこを叩かれる。


「どーせ、あんたが今頃になってそんなこと騒ぎ出すのはメルが生贄に決まったからでしょっ。仕方ないじゃないあの子が自分で行くって言ったんだから」

「そうだけど……」


 ナチはどうにもその自分でどうしようもない現実からもどかしさを感じその家を飛び出してしまった。


「しょうのない子……」

「うんにゃ、だが決まったもんは仕方がないべ。今日の夜メルを龍神様へと捧げにゃね」


 先程の楽し気な表情とは違い、えらく真剣な面持ちでそう言うのだった。



 その夜ナチはいろりを前にし両膝を抱え蹲るように座りぼうっと考え事をしていた。


「……っいつの間に」

「ずいぶんボーとしてたね? 私が入ってきたの気付かないなんて」

 

背後に近づきナチの肩に手を乗せたメルはナチが暗くならないようにとおどけてそう言ってみせるが表情は変わらない。


「当たり前だっ、……お前、その格好」

「あ、今更気づいたの? ……ナチのお母さんがね、作ってくれたんだ」


 それはメルのために作られた白を基調とし薄い水色と淡い紺色で染め上げられた美しい着物だった。


「どうかしら? 私こんな格好したの初めてだから嬉しくって。ていっても、どうせナチは……」

「綺麗だ……」

「……めっずらしぃ、どうしたの? ナチがそんな風に素直に私のこと褒める事なんかなかったじゃない?」

「茶化すなよ……」


 ナチはゆっくりと立ち上がるとそのまま振り向きメルを抱きしめる。


「分かってんだろ? 好きなんだ、お前の事が……」


 そしてメルの耳元へと顔を近づけるとそのまま更に言葉を続けた。


「逃げようっ、このまま二人で、そして山を越えて、どこか遠い地で暮らそうっ」

 

 その言葉は単純な幼さから出ているものでなく現実的で、何よりもメルのことが好きだから出てきた言葉だった。


「ありがとう……」

 

 メルは抱きしめ返し短くそう答え、その言葉が聞こえた瞬間ナチの頬がわずかに緩む。

 そしてメルはそのまま抱きしめた手をナチの肩まで持ってくると、優しくナチの身体から離れ目を真剣に見つめる。


「でも、ごめんなさい。それじゃ私の代わりになる子がいるでしょ? 私はそれが嫌なの。だから今は一緒には行けない」

「そんな……そんなっ」


 ナチはメルのその台詞を聞くと自分の力ではどうしようもない現実を目の当たりにし立ち尽くしてしまう。


「お見送り、来てくれるよね?」


 外へ出て行こうとする中最後に振り向き確認する。


「……行かない」

「……そっか。さよなら、ナチ」


去り際にその言葉を残すとカララっという音をたて引戸を閉めるとメルは出ていった。



 家の引き戸がゆっくりと開けられナチへと近づいていく。

 誰かが来たことは分かっていながらも膝を抱えたまま確認さえしようとはしない。


「いいの?」

「……サツキか」


 そこでやっとナチは顔を上げ、入ってきたのがサツキだという事を確認する。


「最後のお別れ、しないと、きっと後悔するよっ」

「いいんだよ……」

「メルのこと好きなんでしょっ?」


 その言葉は水面にとぷんと石をなげ波紋を生じさせるようにナチの心を揺さぶり奮い立たせた。


「……サツキっ、ありがとなっ」


 顔を上げサツキにお礼を言うとそのままナチは履き物もろくに履かず、家から飛び出し勢いよく山の中へと駆け出して行った。

 息も切れ切れにナチは山中を全力で走っていた。

 メルとの最後の別れをあのような不本意な形で終わらせたくなかったからだろうか。

 木々の切れ目から満月の光がひときわ強くなった頃村の男達がナチの目には見えた。

 そして川上の龍神の祠から川下に絶壁から流れ落ちる滝へと向かってゆっくりと一歩ずつ向かっているメルの姿があった。

 その川自体は浅いからか脛ほどまでしか水は掛かっていないが、それでも滝に近づくにつれ勢いは徐々にます。


「メルっ」


 それを目にした瞬間そう叫びつつメルの元へと駆け出すナチの姿がそこにあった。


「っナチ……」


 ナチの声に思わずメルは振り返り手を伸ばす。

 その手を取ろうとナチも手を伸ばすがその手はわずかに届かないまま、振り向いた勢いかそれとも滝に近づいていたせいか、メルは水に足を取られそのまま滝つぼに向かって落ちていってしまう。


「……くっそ、なんでだよっ。なんで……」


 そんな時だった。

 四つん這いで自分の無力さを責めるようなナチを見守るようにその青い目の龍が現れたのは。


「……龍は、本当にいたのかっ」


 それは決して驚きだけから出た言葉ではなく、龍だからこそのその純粋な目を見ることで、何かしら喜びや興奮に近いものが込み上げてくるのがナチにはわかった。



 それから月日は流れ再び生贄を差し出すべき時期はやって来る。


「今年はサツキか……」


 ポツリと食事中に呟く。


「……まだ去年のことを気にしてるのか」

「そんなこと、無いよ。ただあいつが誰かの代わりになった所でこうやって続いてくんだよなって思ってさ」


 そんなこと無いと俯きつつ否定するその顔はやはりどこか寂しげな面影が感じられ励ましの言葉を言おうとした父親も思わず飲み込んでしまうのだった。

 しかし俯いていたため気付けなかったかも知れないがその時のナチの目の奥には何かを決意した様な確かな光がともっていた。



 星々がかすんでしまうほどの眩い満月の晩。

 村の男達が山中奥深く隣は川で二、三十メートルも進めば滝から滝つぼへと落ちてしまう、そんな場所に立つ龍神を祀る祠の前に丁寧に装飾のされた駕籠を置き一礼すると離れていく。

 駕籠の引き戸がゆっくりと開けられると黒地に赤の艶やかな色彩のその着物を羽織ったその黒髪の子は祠へと近づいていく、そんな時だった。

 空より月明かりが跳ねるような白い身体の龍が降り立ちたのは。

 男達はその姿に見惚れ叫びを上げることさえ忘れ思い出したかのように村へと逃げてくのだった。


「龍の鳴き声が聞こえるな……」


 顔が見えぬようにと着物の裾で隠しつつ進んでいたナチがそう呟くと、祠を勢い良く開け、突き立てられた剣を引き抜きそのまま着物ごと身体を翻して龍の首を全力で切り上げようとする。


「……やっぱり、メルなのか?」


 しかしその剣が龍の首を切り落とすことは無く、質問に答えるためか龍の身体は発光しつつ緩やかにナチのよく知る、倒れていた頃と同じメルの姿へとなった。


「……うん」

「……メルっ、メルっ」

 

 それを思い留まれたのはすんでの所でその龍にメルの面影を思い出したからだろうか。

 ナチはそのまま押し倒さんばかりの勢いでメルに抱きつくと、優しくメルも両手をナチの腰に添えた。


「私、このまま首跳ねられちゃうと思ったよっ」

「いゃ、でも、なんで?」


 拗ねるような口ぶりでメルは言うがそれよりもナチにとっては疑問の方が大きかったのか、がばりっとメルを剥がし質問する。


「少し、話をしようか?」


 そしてメルは川辺に座るとナチも隣に座り込み落ち着いた口調で語り始めた。


「私がこの村を見守ってきたあなた達にとっての龍神……びっくりした?」

「いゃ、びっくりはしたけど、……それじゃ生贄はっ」

「私は自分からそんなことを望んだことなんかなかった……それでもそんな馬鹿げたこといずれ終わると思っていたの。でもそれは間違いだっった」


 そう語るメルの表情は月明かりのせいかそんな悲しげなものでさえ美しく見えてしまうものだったがナチはそれを聞き更に疑問が生まれたのだった。


「そうか、だからって生贄に自分からなるなんて、何の意味が……」

「それは、ナチにこの村の龍を殺して貰うため」

「は? 意味が分からないな。俺はお前を殺さない」

「つまりね、私じゃなくて村が祀り上げてる龍神という存在を消すってこと」


 メルの言葉は祀られてれる存在さえいなくなれば生贄もいなくなるという考えのもとだった。


「あぁなるほど。てか、俺が来るとは限らなかったんじゃないか」

「もう一度会いに来てくれるって、信じてたから」


 一年前の同じ場所でナチが龍の姿のメルを見た時からずっとという意味だろう。

 そしてその気持ちはナチにとっても同じだった。


「そうか、そうだな。この後は二人で一度村に戻ってその後またこの山を越えどこか遠い地で暮さないか」

「……喜んでっ」


 メルがあの時答えられなかった返事をナチにすると二人はそのまま力強く抱き合うのだった。



 あるところに小さな村があった。

 そこでは辺境の地ということもあり古びた風習が続いていた。

 しかしある時村人大勢が見ている中で龍は遠い山奥へと飛び去ってしまった。

 それからその村では古びた風習は完全に廃れてしまったのだった。

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