第7話 いつまでも
3≪石渡秋子≫
最初は父親が作ってくれていたのだが、子どもに小さいうちからコンビニ弁当ばかり食べさせるわけにはいかないと言うかのように仕事でくたくたになりながら何時間もかけて慣れない料理をする父親を秋子は見ていられなかった。
秋子は野菜と肉の煮込まれた鍋にカレールーを砕きいれた。今日の献立はカレーだった。ルーがよく溶けるようにと、お玉で時折鍋をかき混ぜていると、制服のスカートのポケットに入れたままのスマホがメールの着信を知らせた。
父親からだった。今日は帰りは遅くなる。そういう旨のメールだった。またか。と思って秋子は嘆息する。
最近父親と一緒に食事をすることが少しずつ減りつつあった。仕事が忙しいという理由もないわけではないだろうが。
みしり。思わずスマホを強く握りしめていたのか、そんな音が鳴った。
――またあの女と会っているのだろうか。
父親には最近仲良くしている会社の後輩がいるらしい。
そんなことを秋子が知っているのは、彼女が特別敏い娘だからというわけではない。父親に紹介されたのだ。まるで自らの結婚秒読みの恋人を親に紹介するかのような風に秋子は父親からその女性を紹介された。
いくら母親が長い間単身赴任しているからとはいえ、なんて恥知らずなんだろうと思った。自分が目の前の男の遺伝子を半分も引き継いでいるということにさえ怒りを覚えた。
激怒する秋子を見て、父親は女性をとりあえずは帰らせた。それから2週間ばかり秋子と父親の間では冷戦状態が継続しているのである。
そんなときだった。どこからか甲高い女性の声が聞こえる。秋子は周囲を見回してみる。どうやらベランダのほうから聞えているようだと気付き、カーテンを開けると、そこには信じられない光景があった。
巨大な蛇のようなものが窓の外でとぐろを巻いているのだ。その身体は宙に浮いているように見えた。そしてその頭部にはまるで人間と鳥を合体させたかのような歪な顔が付いていた。
巨大な蛇はまるでそこにガラスなどないかのように窓をすり抜け、秋子に近付くと彼女の手足にその胴体を這わせる。爬虫類独特のぬめぬめとした肌触りがとても不快だった。だというのに秋子は金縛りにあったように動くことができなかった。声すらも出すことができなかった。
そして人間のような首が秋子の耳元に近づくと囁くような声で言った。いつまでも、と。
4≪七瀬≫
「それは|以津真天≪いつまで≫という妖怪だな」
ミクモが言った。依頼者である石渡秋子はしゃべる黒猫を目の前にして唖然としている。
「『太平記』なんかに登場する鳥の化け物だよ。室町時代のある秋、疫病の流行った年だったという。毎晩のように都の上空に怪鳥が現れ人々を恐れさせたという話だ。その怪鳥の鳴き声は、いつまでも、いつまでも、と聞こえたらしい。隠岐次郎左衛門広有という弓の名手によって退治されたと言われている」
「た、たしかにそんな風にしゃべってました。あの鳥は」
「同じく太平記によればその怪鳥はその怪鳥は人間のような顔、顔には曲がったくちばしとのこぎりのような歯、蛇のような身体、剣のように鋭い爪、1丈6尺――メートル法で言うと4.8メートルだ――もある翼という特徴を持っていたとある」
「その特徴も、私が見た化け物に似ています」
ミクモは秋子の反応に相槌も打たず続ける。
「のちには江戸時代の妖怪画家鳥山石燕もこの妖怪をモチーフに絵を描いている。戦後まもないころにもこの妖怪を目撃したという怪談はまとまって報告されている。
戦争や疫病が流行った年からピンと来るかもしれないが以津真天というのは死者の怨霊が怪鳥になったものだとされている。死者供養の不備なんかを嘆き親類縁者の元に現れたり、恨みのある人間の前に現れたりすると言われている」
相変わらず言いにくいことをばっさり言うミクモを前に七瀬は少し顔をしかめた。
「というわけなんですが、石渡さんは何か心当たりはありますか。近しい親戚の方で亡くなったかたがいるとか」
「さぁ、少なくとも両親からそういう話は聞いたことないです。でも、仮に親戚で亡くなった人間がいたとして、私の前に現れるのは変ですよね。だって死んだことさえ知らないんだし、普通ならもっとも近しい人間のところに現れるはず」
「そうとは限りませんよ」と伊吹。「親類縁者のなかで石渡さんだけが特別そういったものを感受する力に長けていたのかもしれません。
まあ危害を加えてくる様子はないということでしたからしばらくは普段通りに生活していてください。その間、僕たちはあなたの周囲を見張っておきますが、お気になさないように」
比翼の退魔師 ぶるぶる @buruburu1920
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